2019.5.19 ツイッターから転載…日々雑感 仙覚さんの小説構想にかかって研究発表の準備を中断しています

5月16日

写真を整理してたら 地元で撮ったネモフィラがありました アップしてなかったと思うので

 

ほんの小さな舗道の一画なのですが 地元で撮れるなんて! と夢のようでした

 

字数制限○○字 とあると今までちょっと苦労していたのですが ワードを原稿用紙設定にして使うと原稿用紙何枚とすぐわかる それで打って読み直すのだけれど とても読みづらい それで原稿用紙設定をはずしてふつうの文章で読んだら推敲がすらすら と 最近こんなふうな原稿の打ち方をしています

 

5月17日

おはようございます 雪の下が咲いていました TLの方々に倣って活けてみました こんなこともTwitter効果 世の厳しい現実を突きつけてくるのもTwitterですが 自分独りの世界にはなかった豊かさに眼を向けさせてくれるのも Twitterです

 

昨日 蹴鞠の方から嬉しいご連絡を頂いたのですが それで思い出したのが中断している「花の蹴鞠」 仙覚さんの小説に取り込むことにしているのだけれど 忘れそう それに気づかせられたお知らせでした 承久の乱の時 雅経は最晩年 仙覚さんと会っていると思います 為家が蹴鞠をしているから

 

頂いたお便りの切手 牡丹のこの切手綺麗で欲しい 80円切手だから随分前の発行 でも80円というこういう消費税の端数がない切手って 結構便利ですよね 最近は切手を貼るのに計算器がないと困ること多いから

 

5月18日

おはようございます 今洗っていて気づいたのですが これ 花瓶ではなくピッチャーだったのですね 柄がついているし注ぎ口も 吉祥寺ヨドバシが近鉄百貨店だった頃 よく作家さんの試作品みたいな工芸品を廉価で販売していて ガラスの花瓶を2、3個買った時の一品だから てっきり花瓶とばかり思ってました

 

でも これからも花瓶として使います 昨日までカラーを活けていました こういう茎の長い花に便利です

 

それにしても 近鉄百貨店だった頃の生活の優雅だったこと! 京都に行かなくても京都小路という一画があって 湖月とか京の名産品が日常に手に入りました 二階のワンフロアは和紙やそういった趣きある品々を揃えていて 料紙好きな私の趣味はそこで培われました 今は吉祥寺の街全体が風情から遠いです

 

休日の吉祥寺 街はバンドが出たり賑わって 私は人混みの合間を縫ってあてどもなくぶらつく 次に書く文章の冒頭が湧いてくるまで 家にいるとどうしても日常に引きずられてしまう 義憤も悲憤慷も薄らいでちっとも浮かんで来ない そんな時 吉祥寺に出てきます

 

5月19日

おはようございます 昨日は高遠先生のプルーストの会だったのですね TLで拝見しながらそういう華やかな世界に出て行かれない自分を寂しく思いながら こういう時いつも 仙覚さんの運命がそうだったのだと 仙覚さんの気持ちを追体験している思いに捉われます 仙覚さんはずっと世の中をそう見て生きたと

 

それにしても ここのところずっと仙覚さんにかかって「文学」をしてるから 感情が物凄いゆたかなのですが 同じ年に生まれて一度も相見ることなかった二人が 一方の崩御でもう一方が呼ばれて菩提を弔う ってなんか凄いですよね 仙覚さんと竹御所のことです そしてそれが万葉集に繋がったなんて

 

私は仙覚さんをやってなかったら絶対に政治には眼が向かなかったしTLに政治ツイートをRTして流すなんてことは絶対にしなかった 仙覚さんの苛酷な人生が政治情勢によってもたらされたものだから 現代の世の中にも眼を向けるようになった かつてのシナリオの師の言葉「大切なのは洞察力」を終始胸に

 

文学は感性 とばかり思っていたから180度の転換です 目覚めた感じで仙覚さんに感謝 シナリオの師というのは東宝の企画部長だった方 もう亡くなられているけど最近よく思い出します

|

2019.5.16 ツイッターから転載…研究発表に向けての備忘録的雑感(25)

5月15日

おはようございます 白薔薇が咲いていたのを落ちていた花びらで知りました 見上げるとやはり一輪 手入れを怠ると蔓薔薇だから高いところに咲いて見逃すことがよくあります 文学に籠ることなかった以前は きちんと咲き初めから見てあげられたのに泣 もっといい写真があればいいけど過去写真です

 

研究発表のための調査を中断してべつの原稿にかかっているのですが 発想の転換で起こった構想の転換 すっかりのめり込んでいます こうしてみるとやはり文学は体質の問題 研究は小説の骨子と背景のためのものだったけれど 研究を続けているかぎり文学体質から遠のく を実感 もう戻りたくない…

 

もう少ししたらもう真剣に研究発表に向けて取りかからなければならないのだけれど 今ようやく勝ち得たこの文学体質 放り出したくないです 夏の発表が終わったら もう研究には手を出さないでおこう・・・ などと思うのですが・・・ 写真は昨年撮った桐の花 図書館に行く道にて 今頃ですね

 

そういえば令和について 先日の吾妻鏡の会でのこと 歴史の方々は吾妻鏡などで「令」を命令として読んで というよりそれしか読めないくらいに馴染んでいるから 令和 に対してよくない思いを抱いていられる 皆様が… 私は国文学と史学の両方にいるから 麗しいほうの説明をしても反論ばかりでした

 

野いばら? 自信ないのですけど そうですよね 野の花はお店にある花と違って名札がないから自信ないままずっと 玉川上水べりに咲いていました 小さな蕾がピンク色 可愛いです

 

5月16日

おはようございます 昨日の玉川上水べりの野ばらです TLで皆様が大きな花木を見上げて撮ってらっしゃるのが羨ましくて そういう環境にないものですから この野ばらが見上げて撮れるのに気がついて 嬉しくなって 何枚も撮ってしまいました笑

 

白薔薇の救出 朝から木香薔薇の枝切りを 咲かないなあと思っていたら もう咲いていて 散った花びらで知った落度 木香薔薇の繁みで日が当たらなくなっていたのでした 原稿に没頭するとこの始末 つくづく園芸失格と思います 蕾が一個折れてしまってショック 水に挿したけど咲くでしょうか

 

初めて手にするタウンニュース鎌倉版令和改元特別号 一面トップでインタビュー記事を載せて頂いているのに 記者さんからも何処からも送って頂いてなくて 今日鎌倉禅研究会でお会いしてた方から届きました 入手されてると思いますがとのお手紙付きで マーカーまで引いて下さって お心遣いに感涙です!

 

記者さんに一報すれば送って頂けるとわかっていて 私は向こうから来ないものは縁がないものと思って深追いしない質だから ずっとこのまま入手できないのかもと思っていました 執着はないけど 拒否しているわけでないから こうやって届いた人の心の温かさにはやはり嬉しくじんときます

 

タウンニュース鎌倉版令和元年特別号の記事 何が嬉しいって 竹御所 の名前を載せて頂いたこと 竹御所の生涯がなかったら 仙覚さんの万葉集はなかった でもこの史実を重要視される方はほぼ皆無だから 記者さんとのやりとりで しつこくしつこく言いました 竹御所様、良かったですね

|

2019.5.15 ツイッターから転載…研究発表に向けての備忘録的雑感(24)

5月12日

おはようございます 仙覚さんの小説は日本版『薔薇の名前』といってもいいスケールと内容を備えているのに 元号が『万葉集』出典の令和になってもまだ小説化が進まない それは仙覚さんの生涯が今まで謎に包まれていて その生涯を描くための謎の解明が終わらないから でも焦っても無理は無理と諦め

 

ているので全然自然体です 昨日 久しぶりに『薔薇の名前』のことを思い出して呟きました エーコ 久しぶりに読んでみようかな 小説の森散策

 

普通に歴史小説として書くなら仙覚さんの生涯は解明できているから もう2,3年前から執筆にかかっていたのですが 私は仙覚さんの万葉集研究の実態を描くこと=万葉集を主人公に描くことを目指しているので それがまだ 夏の研究発表もその一端です

 

ちょっと別の角度から竹御所と仙覚さんを考えてみたら まったく違った視点の小説構想が浮かんでびっくり 研究にあまりに長く全身全霊を込めていたから 成果を放棄しかねてがんじがらめになっていました それが突然目に見えるようにわかって 開眼

 

5月13日

月一回の例会 先月は新元号令和が発表された日 まだ1ヶ月なんですね 日々の進展の速さに というのと同時に遅さに なんか気持ちがついていってません

 

例会の帰りの車内で見たTLに 西本願寺本万葉集 の文字が溢れていて いったい何が起きてるの? と訝ったのも記憶に新しい というか 遠い過去 のようでもありです

 

昨夜の晴天の霹靂のような小説構想の転換 研究は仙覚さんの小説の骨子を作るためで 肉付けのためでもあり と思っていたから 研究を切り離して考えることができなかった それで行き詰まってばかりいたんですね 昨夜の違った視点から見たら 全然違う構想が の続きで なんと 西本願寺本万葉集が消えました

 

私の研究はこの西本願寺本万葉集と尾州家河内本源氏物語から始まったから これを書かなくするなんて まさに晴天の霹靂です こんなことが起こるなんて

 

籠っているから 会話についていけなくて 喋っても滑舌の物凄い悪さ 出会い鼻ににこにことありがとうとお礼をいわれて何だろうとわからなかったのですが 思い出しました 遠隔複写でコピーをとって送って差し上げたのでした 思念がもうすっぽり仙覚さん世界に入っているから たぶんもうずっとこんなです

 

今日は吾妻鏡の日だったのですが 会員は永原慶二先生から佐藤和彦先生にと学び 古文書も読める強者の方ばかり そんな中で私は孫みたいに見守って育てて頂いてきたのですが 今日痛切に感じたのはTwitterをしていないと史学界の動向に乗り遅れるということ これはもう埋められないなあと愕然

 

5月14日

おはようございます 昨日からなぜか僥倖という言葉が浮かんで 私はそれを幸福の難しい用語程度に思っていたのですが ふっと ほんとかなあと疑問が生じ 調べたら幸運を願い待つことと 有島武郎「生死の境の中に生きることを―しなければならない運命」の用例があって 凄い語なんだなあと感服

 

テイカカズラ? ってこれでしょうか 最初 スイカズラと間違えて覚えてから自信なくて笑

|

2019.5.12 ツイッターから転載…研究発表に向けての備忘録的雑感(23)

5月10日

おはようございます 懐かしい『原中最秘抄』 どういう事情でこの本に行ったのか忘れましたが 大学院の聴講生になって二年間携わりました 私の光行さん研究(鎌倉の源氏物語)の原点です とにかく片仮名表記が煩わしかった その光行さんが万葉集の片仮名訓本に関係しそうなので驚いてまた出して見ています

 

平成22年の竹柏園本万葉集展示会のリスト 西本願寺本万葉集が出ているときいて行ったのですが No.7の古葉略類聚鈔が親行筆かというので気になっていました 左側の汚い書き込みは見ながら写した花押です笑 この古葉略類聚鈔が片仮名訓本だということを田中先生のご論考で知って 改めて出して見ています

 

それにしてもこのリスト いつか何かの時に役立つ気がして 無くさないよう大切に別扱いでとっておいたんですよね 不思議

 

電話ボックスがここにあること 覚えておこうと思う@吉祥寺 コピス前のこの通りをペニーレインといいます ロフトのある通りです

 

5月11日

おはようございます ヘビイチゴ 紅い実が可愛いですね ヘビも食べる苺? 幼稚園帰りの女の子がママと一緒に摘んでいて 食べられるの? とママに聞いていました 人も食べられるのだったかしら

 

『原中最秘抄』を出したら これが一緒に出てきました(左) 文永三年の北条実時の奥書 右は尾州家本の夢浮橋巻末の奥書 文永三年のこのコピー とったことも忘れてました TLにあったけど 資料は時を経て自分が深まってから見るとまた違うものが見えてきますね

 

@吉祥寺 今日は出てくる予定なかったのに 昨日買った土鍋の蓋が割れていて交換に 交渉事の苦手な私は気が重いのに 家族は当然の権利として大丈夫だよと ビジネスの世界で生きた人と ずっと穴蔵生活だった人との違いはこんなところに出ます 私だって 文学世界では堂々とできます!笑 休日の吉祥寺は混雑

 

文化園の仔リスちゃん 帰りにまた寄ってみようかと思うのだけれど 先日行った時は連休中だったし無料日だったから リス園は初詣の参道並に人の列 リスちゃんたちも降りて来ません 前に行った空いている状態だと 寄ってきて脚に上られたりくるくる可愛い 休日の今日も混んでいるでしょうね

|

2019.5.10 ツイッターから転載…研究発表に向けての備忘録的雑感(22)

5月9日

おはようございます 突然経路が見えて思い立ったのが応募締切直前で とにかく申込み それから考え出したような見切り発車の研究発表 でもそれにかかる前に溜めていた資料をこなし それから発表準備にかかろうと思って始めた田中大士先生のご論考拝読 なのにそれが発表の思いがけない展開を示唆し

 

てくれはじめて やはり ずっとやっていた鎌倉の源氏物語と万葉集のことだから 地下茎のように深いところで繋がっていて 研究者さんも含めて私たちの眼にみえなかっただけなのが 田中先生の丁寧な解きほぐすようなご研究の成果が端緒となって見えてくる気がします 突然 本気モードになりました

 

仙覚さん研究を始めた最初の最初にとっていた西本願寺本万葉集のコピー 今になってまた見ることになるとは! 田中大士先生のご論考にある片仮名訓本です 二枚目は平安時代写本の平仮名訓本 一目瞭然の違いがやっと把握できました 文章で読んではいたのですが意味の深さを知ってなのですね

 

嫌なことを思ってしまいました この流れでいったら論文を書くはめになる… もう論文は書かないと決めたのに 発表が8月 論文に9月か10月いっぱいかかるとして… 仙覚さんの小説がどんどん遠く泣

 

それにしても 光行さんと仙覚さん 似ているなあとつくづく思います たまたま鎌倉の源氏物語と万葉集を調べていて出逢った そのそれぞれに関わった人 というだけの関係だけど 写本に打ち込む姿勢がまったく同じ 学問って そういうことなのでしょうね

 

源氏物語古筆切の世界に戻りました こちらはこちらですることに考えることいっぱい 落ち着いたらノートにまとめつつ思考を整理します

|

2019.5.9 ツイッターから転載…研究発表に向けての備忘録的雑感(21)

5月8日

おはようございます ほんとうはもう源氏物語の古筆切にかからなければならないのですが 連休疲れで万葉集の田中先生のご論考をまだ読み終えられなくて後一本 これからかかります 今はまだ関係が遠いけど きっと最後に一つになる 研究発表はそれを目指しています 写真は以前撮った梅花ウツギです

 

坪野哲久師 福島泰樹先生主宰短歌結社月光の会『月光』の今号が没後30年特集 ということで 季刊月光創刊号の巻頭インタビューで同道して撮らせて頂いた師のお写真が再掲されていました 遺影となってしまったお写真です もう30年も経つのですね 曼珠沙華のお歌も懐かしく

 

ふと紹介させて頂こうと思ったのは 坪野哲久先生のこのご風貌が 執筆中の仙覚さんの小説の玄覚のイメージだからです ジョルジュ・ブラッサンスの仙覚さんと 親子とするにはあまりに違う風貌 そこに意味があります 師は東洋哲学をなさる方でした 玄覚にぴったり

 

ウィキより ジョルジュ•ブラッサンス

 

長い長い旅をした気分で感動 国会図書館遠隔複写で得た田中大士先生のご論考8本は 写真の『美夫君志』掲載のご論考に至るまでの系譜 美夫君志掲載のご論考は拝読していたから その実証の旅でした 拝読したのはもう三年前 私もここまで深まってなかったから今にしてわかるの部分が大半 そして うろ覚え

 

だったけどやはり確かだったのは こんなところに源氏物語の光行さんが重要人物として関わってくるんですよね 旅の終わりは光行さん! という二重の感動でした つまり 源氏物語の光行さんが仙覚さんの万葉集に影響を及ぼしていたと (こんな関係あり得る? って思ってしまいました)

 

早春みたいな寒さ お花さんたちも冷たい風に揺れながら頑張っています

 

忘れないためのメモ: 光行さんが平仮名訓だった忠兼本を書写する際に片仮名訓にしたとして どうして光行さんがそんなことを と考えたら思い出しました 『原中最秘抄』 これが片仮名で私には読みづらく不満だったけど 光行さん 片仮名がお好きなのでしょうか・・・ これが河内学派と何か関係?

 

今まで注意して見たことなかったけど 万葉集の美しいあの平安時代の古い写本はみんな訓が平仮名で書かれているんですね 田中先生のご論考は鎌倉時代になって現れた片仮名訓の写本に関するもの その平仮名から片仮名に転じた一例に光行さんが関わっていると拝読して 気になりだしたことがあり 調査開始

|

2019.5.8 ツイッターから転載…研究発表に向けての備忘録的雑感(20)

5月6日

先ほどの方のメールの閉じは 「お互い世を捨て最後の仕事に専念しましょう」 こういうことを共有できるお相手のいることの幸せ

 

深紅のツル薔薇の蕾 開くと大輪です

 

連休中に国会図書館遠隔複写で得た田中大士先生のご論考を読み終わりたかったので ひと息ついたこれから一気にかかります( 連休中のなんと疲れたこと! やっと自分の時間) それにしても楽しいです この一連のご論考の年代順の拝読

 

仙覚さんがどんなふうに幾種もの万葉集写本を借りたりして得て どんなふうにして自分の万葉集を作り上げていったかの 人脈的動向はつかんだから 田中先生のご論考でそれをどんなふうな様子で机に向かっていたかの情景乃至心境が浮かび上がる その楽しさです

 

田中大士先生「万葉集片仮名訓本と仙覚校訂本」より: 仙覚は校訂に際して、訓が従来の伝本にあるものか、自らが考案したものかについて厳密に区別を行っている ← こういうところにゾクッときます 仙覚さんの姿が見えるよう

 

5月7日

おはようございます 大輪の深紅の薔薇 咲き始めの姿が好きなのですが見逃しました 薔薇は手がかかるから好きだけど植えないと女優の河内桃子さんが言われてたのが心に残っています 私も生垣に憧れるけど無理 昨日アップした蕾はまだ蕾のままです

 

ロフト@吉祥寺に来ました システム手帳の復活でカレンダーのレフィルを買いに 研究発表することになったので締切等の見落としが起きるといけないから 発表用のメモや資料を一括してシステム手帳にまとめました 持ち歩くと重くて目眩になるので止めたのだけど大丈夫そう 健康になったんだなあとしみじみ

 

スケジュールはスマホで管理してたけど システム手帳を復活させたら 今までもなんとなく使ってはいたけどいい加減だったので 筆記具もなにをもってきても決まった感じがなかった なのに カレンダーのレフィルを買ってセットしたら気分がピンとして これはもうモンブランでしょとなって出しました

 

で、早々にスケジュールを書き込んで ひとまず五月末締め切りという電子データの送付を済ませました

 

アヤメでしょうか 毎年悩みます

|

2019.5.6 ツイッターから転載…研究発表に向けての備忘録的雑感(19)

5月4日

おはようございます TLは藤の花の写真で溢れています 一生分の藤を見た というツイート そんなふうに藤に浸りたい! と憧れる思いと逆に私は仙覚さんの小説のためのご論考拝読の穴蔵の中 TLであでやかなこの世と繋がらせて頂いています 感謝です

 

田中大士先生のご論考は 仙覚さんがどの本を見てご自分の万葉集を作ったか というその本をあぶり出そうとされるもの それで 複数の万葉集の写本から 訓の付け方などの特徴を分別して 仙覚さんの作った写本と照合されています それが私には仙覚さんが訓を施す実際の映像となって浮かび上がります

 

仔リスちゃんに会いに文化園 入る予定ではなかったのですが 通り道で無料の看板につられて 走り回るからとてもスマホでは追えなくて この写真が一番可愛い目に写ってました笑

 

こんな感じ

 

とどまっているときは撮れますが

 

井の頭公園に隣接する文化園 リスの小路の近くに小さな遊園地があります 小さなメリーゴーランドも

 

駅ビルにいて出ようとしたら 外はどしゃ降り 駅ビルの通路は雨宿りの人でいっぱい 私も雨が止むまで待機です@吉祥寺 リス園ではあんなに晴れていたのに

 

5月5日

日曜美術館 ギュスターヴ・モロー 観ました (言葉にすることで失うものってあるんですね)

 

やっと垂れ下がる藤の花房を観ることができました 昨日仔リスちゃんに会いに入った文化園で 小さな藤棚でしたが私には今年の貴重な藤棚 GWも終盤 やはり疲れますね なんだか笑

 

TLでパリに住む方々のお写真で藤の花が玄関や窓を飾っていたり 塀を這わせて塀から花房が垂れ下がっていたり なんか日本と違うと思っていたら 今日やはりTLであちらでは壁面を這わせる風習があると 日本の藤棚と風情が違う訳ですね それなら我家も這わせてみようかしら など考えてしまいました

 

お近くの家では何軒か庭に藤棚を造られたのを見ていますが あまりに成育がいいからすぐ諦めて藤棚ごと伐採 一軒も残っていません 我家で壁を這わせたら 石造りのあちらの国の家々と違い 壁が耐えられないと思う

 

5月6日

いよいよ冬籠りならぬ仙覚籠りをされるようですね。仙覚のイメージは〇〇さんとか、同氏に対する何よりのご供養と思います…と比企の方からメール タウンニュース鎌倉版令和初日号をお送りした際に 鎌倉ではこれからだけれど私はもう普及活動は止めて籠ります とお伝えしたことに対してのお返事

 

仙覚さんのイメージはずっと前 CDジャケットにあったジョルジュ・ブラッサンスを見て この人! と思って人物像のモデルにしていたのですが 比企の〇〇さんは凄く似た方です お世話になっているうちにそれに気づいて 仙覚さんゆかりの方でもあるし と思っていたら急逝されて 私も供養と思います

 

写真は以前訪ねた比企の慈光寺様にて 慈光寺様の麓に晩年の仙覚さんが『万葉集註釈』を成した小川町があります おそらくしょっちゅう仙覚さんは登っていただろうということで 私も小川町ルートでの登攀を試みたかったのですが 体力的にもう山登りは無理と諦め 反対側からは車で登れます

|

2019.5.4 ツイッターから転載…研究発表に向けての備忘録的雑感(18)タウンニュース鎌倉版令和元年1日号に学僧・仙覚さんが紹介されました

5月3日

おはようございます といってもじつは徹夜明け 鎌倉の方から令和元年1日号のタウンニュース鎌倉版の写真がメールで届きました 先日TELで記者さんとお話した件の号です 仙覚さんの妙本寺様境内での万葉集研究 核心をついた記事にして下さいました ほんとうに仙覚さんの功績あっての万葉集の鎌倉

 

写真の阿見みどり先生からメールで頂きました 仙覚さんの小説 楽しみに待っています と添えられて (阿見先生は穏やかで優しい方なのですが 強引で笑 私は鎌倉の源氏物語で終わりと思っていたのに 「次は万葉集ね」と その一言で万葉集研究に踏み込むはめになり 今に至っています)

 

おはようございます という時間ではないけれど笑 昨夜田中大士先生のご論考を夜明けまでたっぷり拝読して寝たので 朝の日常がおせおせで今までかかりました 久々のご論考拝読は楽しかったの一言 これからこういう日が続きます 写真はモロー展を観に行った途中の旧新橋停車場 発掘調査の時以来でした

 

田中大士先生「万葉集片仮名訓本と仙覚が見た諸本」拝読 冒頭からしてサスペンスタッチで堪能 これはすでに私が紀州本の結末を知っている上に 昨夜の「長歌訓から見た万葉集片仮名訓本」の下敷があるから 田中先生のご論考8部を取り寄せ 年代順に拝読しているから 紀州本へ至るまでの経緯を辿ってます

 

少し前にTLで田中先生のご講演が名古屋であるのを見たけど 行きたいと思いつつ諦めた そこが紀州本を所蔵されてるらしく 展示もあった あのご講演 終わったのかしら 紀州本 見てみたい

 

お一人の方のご論考をこんなに一気に集めて発表された年代順に拝読するのは初めて 近々のご研究にはすでに接して結果を知っているから その結果に至るまでの前提となった調査の経緯を見せて頂いていることになります 結果を知っていて読む というのはとても新鮮 かつ分かりやすいです

 

拝読した二本のご論考は 2004,2005年ご発表です

 

これから拝読するご論考に古筆切が これは目下拝読中の日比野浩信氏『はじめての古筆切れ』のはじめににある「古筆切をも加味した伝本・本文の再吟味が必要であると考える」ですね

|

2019.5.3 ツイッターから転載…研究発表に向けての備忘録的雑感(17)

5月2日

元号とか皇室とか TLをたどっていて違和感がおこるのは 論旨が全部政治と結びついて語られていること 上手くいえないし 深めて語る時間もないから呟かないほうがいいかもしれないけど 私が昨夜ツイートした厳粛観崇高さは 政治とは絶対的に一線を画す TVの皇后様礼賛なども それは別の次元です

 

済みません ほんとうにこの問題はもっと大きな問題と思うから 安易に呟いてはいけないのかもしれないけど TLで違和感が絶頂に達しました 私はこれからもこの問題を深く考える余裕はないと思うけど 皇室がなかったら今の古典のほとんどは残っていない日本文化の根幹として やはり崇高さは思います

 

元号や皇室を政治利用してそれが成功するような世の中を阻止するためにこそ 古典を学び 教え 付和雷同することのない国民を作るのが教育なのではないでしょうか SNSの時代になって 付和雷同することがとても自然な世の中になってしまっているような危機を覚えています 靡きやすさは危険です

 

令和の最初のお便りは古筆切 こちらの方からのお便りは開封するのに緊張します 研究発表時に司会して下さる担当の先生も決まったそう いよいよ緊張してきそう まだ夏まで大分あるのに笑

 

ラベンダー 近隣にみつけてこんな写真が撮れるなんてと大喜びで撮りました

 

先の私の違和感ツイート 考えたのですが 私が万葉集や源氏物語の享受史をしているからなんですね 本文や内容のいわゆる一般的教養と違う古典研究 それをしていると 万葉集は〇〇天皇 源氏物語は〇〇天皇 と皇室がなかったら今の世に伝わっていない それどころか作られてもいない それを具に見てばかり

 

だから もう 私のなかでは畏怖と敬意しかなくなっていて そうした文化の継承の中で昨日の儀式があったのだ… という思いは深い感動でした 享受史は授業でしたりするのでしょうか

 

振り返って思えば思うほど平成の時代が嫌だったから 気持ちの定まりようがなく ご退位の礼を観ていても感慨がなかったのですが 令和になって即位の礼に接して心から打たれて私の中で何かが変わり 古典というものを厳粛に受け止め始めている 平成の最後の最後まで古筆切に没頭するより仙覚さんの小説に

 

かかりたくて 研究発表の夏までにはまだ日があるから 五月いっぱいは仙覚さんにかかろうと思っていました なのに 即位の礼の後 その気持ちは見事に消えて 厳粛な面持ちで古筆切の研究に取り掛かり始めました 生半可ではできない世界 それが研究 令和の時代は それを感じさせてくれる時代の気がします

 

なんだろう 新天皇ご夫妻に そういうお力を感じるのです 規範とされる過去の天皇のお一人が花園天皇ということもあって

 

令和に政府がどう関わったかなどの裏話が流れてきていますが それがどうであれ 即位の礼の崇高さはもうそんなことはどうでもいいくらいにはるかに凌駕して 古典の命がおのずとみずから屹立する 令和はそういう時代になる気がします そうなって欲しいです

 

目下の読書 日比野浩信氏『はじめての古筆切』 四月に刊行なったばかりなのですが 三月に古筆切からの源氏物語写本の研究に踏み行ったところで 飛び付いて購入しました 古筆切の読み方や利用の仕方が丁寧に解説されていて 分かりやすいです

 

はじめにより「古典は人類の貴重な経験や思想を書き留めた叡知の集積である、と私は思っています。古文・漢文を学ぶことは『日本人の叡知の集積を読み解く能力を身につける』ことであると考えています。」

 

やっと整理つきました 国会図書館遠隔複写で取得したご論考 全部田中大士先生 平成の最後 折角取り寄せたのに他の原稿にかかっていてそのままになっていました 仙覚本をやるには田中先生のご論考は不可欠 源氏物語為家本とどちらを先にするか悩みましたがこちらからまずはじめます

 

令和に政府がどう関わったかなどの裏話が流れてきていますが それがどうであれ 即位の礼の崇高さはもうそんなことはどうでもいいくらいにはるかに凌駕して 古典の命がおのずとみずから屹立する 令和はそういう時代になる気がします そうなって欲しいです

|

«2019.5.2 令和の時代になりました