2018.9.23 ツイッターから転載…10月の講座「鎌倉と蹴鞠」の準備に入りました

9月18日

寺院揺曳の校正が 第一章佐々目遺身院が終わり 第二章冷泉為相に行きたいのだけれど じつは今朝PCが不調になり 無事に立ち上がるかハラハラしました なので大事をとって 来月に控える講座「鎌倉と蹴鞠」のパワポにかかることにします パワポができなかったら大変だから

 

まだデザイン確定ではありませんが とりあえずタイトルを作ってみました 腰越学習センターの講座「鎌倉と蹴鞠 ~京・鎌倉の文化交流」 鎌倉に蹴鞠をもたらした飛鳥井雅経を中心にたどります 募集は『鎌倉萌』10月号掲載です

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蹴鞠の祖の雅経の祖父(誰でしたっけ 名前忘れて・・・)が清水寺の欄干の上を蹴って歩いた というエピソードからはじめたいから 清水寺の写真を背景にしようとしたら 雨の日 暗いので諦めました

 

9月19日

おはようございます RTさせて頂いた焼岳 梓川を歩いているときに見たこの山ですよね 上高地の大正池は この焼岳の噴火で梓川がせき止められてできたそう 地球の神秘にふるえます

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上高地帝国ホテルの背後から梓川沿いの散歩道に出ると 赤い建物が雑木林に映えて素敵でした 長い鎌倉の源氏物語普及活動と家の事情が重なって 自分らしい旅をどれくらいしていなかったでしょう 山への憧れはずっとあって 先日の上高地は ほんとうに魂の甦りでした ちょっと懐古に浸っています

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天理ギャラリー様の蹴鞠展図録で 蹴鞠の復習

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蹴鞠は点を競うのでなく 如何に長く鞠を落とさないで続けられるかだそうですね 現在行われている各地の蹴鞠では あまり四隅の木々が重視されていませんが 鞠の名手になると 蹴り上げた鞠が枝を伝って落ちる間に 枝の満開の桜がはらはらと散りしきる そういう妙義の美しさ 私はそういう蹴鞠を見たい

 

四隅の木は   柳だったかな それと鶏冠木 すなわち楓 絵巻を見ると 木は植えられていて それが鞠庭なんですね 鶏冠木とあえて記したのは 金沢文庫の資料で何の木かわからず しばらく四苦八苦した思い出があるからです そういう四苦八苦が今となっては懐かしい

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2018・9・20 ツイッターから転載…『寺院揺曳』の校正にかかりました&100分で名著『薔薇の名前』のこと

9月17日

おはようございます 昨日から寺院揺曳の校正に入りました 鎌倉の源氏物語が終わったらと思っていたのが 仙覚の小説が終わったらになり 仙覚の小説自体終わりが見えてこなくなった今は 先に終わらせて ほんとうに心置きなくなるまで 徹底的に古い作品をまとめようと 終活みたいですが これ必要

 

寺院揺曳の校正 とりかかったら かつての気分そのままに すらすら文章が入ってくる 第二章の最後の文章です 結構お気に入り笑:佐々目遺身院は鎌倉時代中期の建立だから、頼朝の時代の武人である義盛の時代にはまだなかった。実時や泰盛がこれから執権時頼のもとで活躍してゆくことになるという

 

年齢のころ創建なった。それは、佐々目遺身院が、時頼の兄経時が第四代の執権職にありながら早世を遂げ、佐々目の地に葬られたことを契機としてできたからである。

 

経時の墓所から発展した佐々目遺身院 こんなことから経時周辺を探って 松下禅尼のことも調べ そうした経験が タウンニュース鎌倉版コラムの第四回で「ファーストレディ松下禅尼」を書くことになる下地になっていたのだなあと 今更に 自由自在 天衣無縫に 書かせて下さっていた歌の師に多謝です

 

新潮社漢字講座で頂いた常用漢字表を初めて使う イタルの漢字 至と到のどっちか迷って でもこの表では判断できず検索 すると どちらもイタルの意味だが 常用漢字表でイタルと読むのは至だけと 見直したらたしかにそう 到は到着到底周到しかあげられていない 表の使い方も これから慣れていきます

 

寺院揺曳第一章佐々目遺身院(3)の結び: 寺院には、私的な規模の仏堂にはじまりそれが寺院に延長していったもの、そして、最初から国家規模で時の施政と密着して造立されたものの、二通りのなり方がある。佐々目遺身院の場合は前者ではないかと私は思う。

 

短歌の同人誌にこの連載をはじめて 短歌だけでなく 歴史 国文学 仏教 といろんな分野の先生方に見て頂いていたのですが 三回目のこの結びに 「僕もそう思う」 との感想を皆様から頂きました 専門家の方のこういうご反応が 書いていてとても自信になりました

 

上高地の帝国ホテルにあったオルゴールです

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上高地の帝国ホテル 前から行きたかったので やっと願いが叶いました この裏手に梓川沿いの散歩道があり 歩き始めたら 白樺林のなかに覗くホテルの建物が素敵でした

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吉祥寺 ヨドバシに紙を買いに出てきました 上高地の写真も 今頃になって やっとゆっくり見ています 何を生き急いでいるのだろうと 自分でも思うのですが 仙覚さんの小説はとにかく完成させなければ

 

9月18日

おはようございます 昨夜100分で名著薔薇の名前を堪能 私は小説は読んでいて それで惹かれてもいたのですが いつの間にかエーコという作家のありようや手法への関心に移っていて それはこの番組の和田忠常氏の解説への魅力にも虜になっていて はじめて記号論に有機的な 血が通った意味を見出しました

 

今更ですが 記号論 読んでみようかと でも エーコの小説論に特化しておいたほうが 無難でしょうね

 

記号論は 私が小説作法を学んでいた時のブームだっかかな それとも その直後? 取り組みそびれて 歴史に移りました

 

手が空いて TLを眺めると 素敵な写真に 素敵なコメント の方々がいて それに比べて など卑下してしまうけれど どう考えてもそういう世界にほど遠くいる昨今(ゆっくりカメラを向ける精神的余裕がないという意味)だから せめてRTで我がTLを飾らせて頂くこの習性 いつかどうにかなるのでしょうか

 

なまじ写真を撮っていて なまじ文学の世界にいたりしたから どう考えても今が自分の世界ではないんです & それで必死になって仙覚さんの小説と取り組んでいて これが完成した時にやっと 自分の世界! となるのだと思う 遠いなあ……

 

『源氏物語と鎌倉』の出版社様から 何かと思ったら オーナーの阿見みどり先生が 鎌倉芸術祭で 妙本寺様で万葉の花の原画展をされるので その会場で本を販売して下さるのに作られたチラシ 阿見先生のお父様は万葉学者山口正先生 はからずも源氏物語の出版で出会って万葉集もとなって 今に至っています

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2018.9.18 ツイッターから転載…深夜に映画「スワンの恋」を観て&『寺院揺曳』の校正にかかりますなど

9月15日

おはようございます 昨夜は映画スワンの恋を熟視 堪能ではなく 熟視 ずっと思っているのですが スワンのような 恋に落ちたらもうどうにもならない状況 あれを書いたプルーストは凄い 延々とどうしようもなさだけで進んでいく 周囲の呆れ果てた眼がいわゆる正常 馬車の音とか馭者とか みんな好き

 

kindle読書がこれからスワンだから 映像が身になって 楽しみ それにしても 私は忘れやすい 映画館で観たのに ほとんど覚えていませんでした それから 点描のように一瞬現れたジルベルトの生きていること! やはり失われたの基底には 花咲く乙女たち の眼差しが横たわっているなあと 感じました

 

昨夜の映画スワンの恋 映像がずっと頭から離れないのだけれど 映像としてあの映画完璧なのでは? いい映画は他にたくさんあるけれど みんなドラマの一端 スワンは心理描写の流れのなかで スワンが行ったり来たりするだけだから 場面場面がみんな詳細で緻密 いいな ああいう映画って と今堪能

 

じつは 観ているあいだは熟視だったから ずっと姿勢が凝り固まって 途中目眩っぽくなくなって危険を感じたのですが 今朝家人に肩凝ってるよと指摘され それくらい集中したんだ~となりました 馭者さんが好きなのは たぶん光源氏の惟光だからです 見透かした眼差しが可笑しくて

 

そうっか スワンみたいな狂った恋を描くのは至難の業 と思っていたのだけれど 冷静かつ黙視の脇を入れればいいんですね (と 滋子さんの短編に指南)

 

タウンニュース鎌倉版コラム最終回から一日経って その間にプルーストの映画を見て ようやく今気がつきました 人物風土記で取り上げて頂き 金沢文庫の展覧会で尾州家河内本源氏物語と出逢った件 私はただ漫然と展覧会に行ったわけでなく その間に小説の新人賞を受賞し 大手の出版社さんから出版して頂

 

くことになったのに その編集者さんが病気になられてたち消えて文学に挫折 その苦しみから逃れるために遺跡発掘に従事したから 歴史に目覚めて 金沢文庫に通うようになったのでした でも文学の感覚は戻らなくて やっと鎌倉の源氏物語に出逢ったことから 論文は書けるようになったけれど 小説の感性には

 

程遠くいました 最終回に際し 記者さんとのインタビューで いろいろな思いが掘り起こされて そこに スワンの恋の映画 文学に挫折した時 失われた時を求めてが 最後の見出された時で 主人公が書くことを見出して終わる ということが私の心の中にあって 私もいつか という思いでどんなに救われたでしょう

 

最終回とスワンの恋が重なった偶然 奇しくもの流れですが これは私にとっての見出された時になるのかも とそんな気がしたのでした 失われた時を求めては 私にとって希望の書だったのでした そんなことをこの夜中に起きて考えています

 

先の連投 失われた時を求めてが希望の書だったということ 漠然と頭のなかにはありましたが というか ずうっと片時たりとも忘れていないのですが こうはっきり自覚したのは今が初めてです

 

編集者さんが病気になられて出版が頓挫したことを 私は忘れていて ただ文学に挫折した ということで今まで通していたのですが それをお話した時の記者さんの絶句したような驚かれ方で それでそれがそんなに大変なことだったのだと 今更に自覚したのでした 自分ではわからないことってあるのですね

 

9月16日

NHK BSP ナポレオン街道を観ています 標高1000メートルの岩山を行軍 途中で大砲を運ぶのをあきらめました

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ナポレオン街道 観てしまいました 高い岩山の魅力と ナポレオンの孤高な歴史 思いがけず強烈な朝になりました

 

いろいろ終わって気が軽くなると思ったら これからはすべて自己責任 みたいなかえって重圧がのしかかってきて 知らず知らずのうちに緊張しているみたい 目眩があり 昨日から自律神経の乱れによる見知った肩の痛み これはいけないと思ってまたヒーリング音楽を復活 終活的に作品をまとめなくては

 

しばらくこれを進めます

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100分で名著薔薇の名前のテキストを読んでいたら 修道院内部の描写が引用されていて 『ウンベルト・エーコの小説講座』でもエーコがその架空の修道院が実際にあるかのように作中人物がふるまえるくらいに把握していたと読んだのを思い出し 私も最勝光院をそれくらいまでしたいと思う

 

引用されたエーコの文章 素敵でした 著者の和田忠彦氏の解説は 私のツボを押さえてくれていて 満喫

 

それにしても エーコの 主題に集中すれば文章はあとからついてくる の語 いいな! 書くことの醍醐味 早くそこに戻りたいと思う(如何に私がずっと散漫だったかが思われて)

 

『寺院揺曳ーまぼろしの廃寺を訪ねて・鎌倉佐々目遺身院ー』はじめにより:佐々目遺身院は、今は金沢文庫に残る古文書のうちの指図に名前が残っているだけで、正確な所在地は知られていません。ただ、発掘調査によって、おそらくここだろうという場所がわかっているだけです。それは、鎌倉大仏がある

 

長谷から鎌倉の中心部に向かう道の途中、現在の地名でいう笹目のあたりで左折してはいって行った奥……、今はすっかり地元の人の記憶にもない寺院ですが、鎌倉時代には京都から亀山天皇の皇子、益性法親王が下向され、住していられた、建物も寝殿造風のとても雅な寺院でした。

 

よく鎌倉時代は新仏教の時代といわれますが、佐々目遺身院から歴史をたどっていくとそれは一面の問題に過ぎず、旧仏教が変わらず勢力を張っていたことがとてもよくわかります。単純にはじめた古典探訪の随想ですが、思いがけず、鎌倉時代の鎌倉における仏教のありようを見直す結果になりました。

 

佐々目遺身院はおそらく安達泰盛がパトロンの寺院なのだけれど、この指図、金沢文庫の安達一族展に出展されていたでしょうか。結局安達一族展には行かなかったし、図録も完売したそうですね。図録は、今度行った時に図書室で見ることにしています。

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2018.9.15 ツイッターから転載…タウンニュース鎌倉版コラム最終回と人物風土記が掲載になりました

9月14日

タウンニュースの紹介記事 インタビューして頂いたのは先週土曜日 話が弾んで延々2時間 予定の倍 膨大な量と内容を 記者さんがどうこなされるのだろうと 暗に同情してたら すっきりまとまってびっくり さすが! と感動 存分以上に意を汲んで頂いて 締めの文章では 思わずうるっとしました 

https://www.townnews.co.jp/0602/2018/09/14/448859.html

 

【タウンニュース鎌倉版】鎌倉と源氏物語〈最終回〉 鎌倉幕府滅亡と「尾州家河内本源氏物語」

https://www.townnews.co.jp/0602/2018/09/14/448468.html

 

吉祥寺 いろいろ終わって ぼうっとした頭で 今何をすべきか思い出せない感じで出てきて 書店の前を通ったら 何か買う本があったと思い出し それが何かわからないまま入ったら平積みされた100分で名著 薔薇の名前のテキスト これだ!と購入して 珈琲店に入って読んでいます

 

昨日 スマホで撮った写真と デジカメで撮った写真の 整理している時の気持ちがあまりに違って スマホの時はもう写真は止めるとまで思い デジカメになったら爽快感に止められないと思い 写真へのイラつきは 重たいからとデジカメを持たずにスマホに片寄ったせいだったよう もうデジカメを離しません

 

私は 源氏物語も薔薇の名前も 物語それ自体よりも 作家としてのありように牽かれていることのほうが強い 先日記者さんに源氏物語のどこが好きなのか訊かれて 四苦八苦して浮かび上がった答えがそれでした

 

ウンベルト・エーコ: 主題に集中すれば言葉はあとからついてくる← ほんとうにそう 仙覚さんの小説に戻るにあたって 最高の祝辞(今まで如何に集中できなかったかの思いが込み上げてきました)

 

帰ったら届いていました タウンニュース鎌倉版コラムの紙面 最終回です 写真の称名寺反橋は初代のもので 現在かかっているのとは違います

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参考までに第一回の紙面をアップ この写真の反橋が現在かかっている二代目です 称名寺は発掘調査するまで鬱蒼とした茂みで 称名寺には鎌倉時代の結界絵図が残っているのですが 誰もそれを信じていなかったそう 発掘したら橋脚が出て 景石まで出て それから阿字池の現在の苑池を復元したのでした

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ネットより 称名寺結界絵図です 鎌倉幕府滅亡の直前の称名寺境内です 

https://pbs.twimg.com/media/C-eR92mVwAAOoEu.jpg

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2018.9.14 ツイッターから転載…上高地の写真から山への憧憬・思い出など

9月13日

おはようございます ずっと旅といば学会か歴史のロケハンを兼ねてだったのですが ほんとうは長瀞を歩いたり 糸魚川静岡構造線を辿ったり の地質系旅行が好きでした 昨日はやっと念願叶っての上高地 気分一新して また 頑張ります

 

スマホの写真の整理をしたいのだけれど それをしていると 他に手が回らない もうパワポで仕事をするのを止めるから そんなに写真保存に気を回さなくてもいい とも思い始める 写真と文学と 二兎を追うのを止めないかぎり 仙覚さんの小説に専心できない とわかってきている たぶん いろいろ切らなければ

 

倒木 むかし 歌会で 苔むした倒木にはらはらと桜が散りしきる歌を詠まれた方がいて なんて官能的な歌なのだろうと感動 以来 倒木を見ると思い出します 歌の力

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折れた木の幹に 苔が新しい世界を創りだしていて 一瞬 森林タイプの桂林のようなミニチュアかと 思ってしまいました

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流されてきたらしい白骨化した倒木 無の世界

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穂高に 物資を運ぶヘリ

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デジカメで撮った写真を整理しています これくらいズームを効かすと まるで自分も登山していたかのよう というか 穂高ならズームでこういう写真が撮れると思っての上高地への憧れ 昨日アップしたのはスマホだからどうということないけど やはりきちんとカメラで撮った写真は捨てがたいです

 

ズームで撮った穂高

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心洗われました

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文学と写真の二者択一 やはりまだどちらかひとつは無理 と思います 写真の取り込みがこんなに胸がすくのに 止めるなんて無理

 

そういえば 取材とかロケハンでしか撮っていなかったから こういう写真へのフラストレーションが 溜まっていたのかも

 

上高地の秋(1) 梓川沿いの散策路で撮った植物を何枚かアップさせていただきます

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上高地の秋(2) 紫苑ではないですよね この花をよく見かけました

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上高地の秋(3)

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上高地の秋(4) 全体にこういう感じでした

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上高地の秋(ラスト) ナナカマドでしょうか ここだけにありました 赤が周囲の秋めいた樹木のなかで 映えていました

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はじめての登山が大日岳 大日小屋に泊まって 早朝の剣岳を拝しました 当時はまだ密教を知らないから 大日って変な言葉 という馴染みのなさ それが今では滋子さんの短編で大日如来を書いていて しきりに大日岳との因縁を思う 後年 密教を学んだ時から いつかこの日が来るという気がしてたので

 

立山曼荼羅も 大日岳登山の入口が立山だったので その時は知らずに登っていたのに 密教の先生が立山曼荼羅に関わられていて それでなんか不思議な因縁を感じていました 立山 その後も何回か観光で行ったけど また行ったら印象が違うでしょうか

 

白馬の雪渓も お花畑の手前まで行ったけど また行きたい・・・ と「山」がしばし私のなかに籠りそう 本格登山の経験はないけど 山男だった研究者さんや企業戦士さんを見ていると ふつうの人と違う 今なお強い脚力 精神の若々しさを思うと 山って 凄いと思う 山には神秘ななにかがあります

 

ズームで撮った穂高 白馬の雪渓に行った時はフィルムカメラの時代で 今はもうどこにしまったかもわからない もう一度行って撮りたい というのは こういう昨今の かつてだったら超々望遠の重たいレンズを持参しなければならないところを 小さなカード型のデジカメで ここまで撮れてしまうから

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ウィキで穂高を読んだら 噴火でもたらされた火砕流が原因の 溶結凝灰岩で形成されていると 峻厳な岩山の山が好きというのは 崩れやすい岩石でできた岩山なのでしょうか 昨今の地滑り・山崩れ を見ていると 大きな岩盤がパカッとはがれ落ちて岩肌が剥き出しになる そういう知識も増えて

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2018.9.13 ツイッターから転載…9.11の17年目&タウンニュース鎌倉版コラム最終回に思う&上高地に行きました!など

9月11日

おはようございます 9.11から17年なんですね あの夜 私は翌日横須賀の夢窓疎石庵跡を撮りに行こうと 鞄にカメラを詰めていて 脇についていたTVから 久米宏さんの声がして 飛行機がビルにと 見ると まさに撮りに行こうとしていた横須賀の米軍基地ゲートが映し出されていたのでした

 

連載していた歴史随想「寺院揺曳」 夢窓礎石と冷泉為相の関わりを書いていて 横須賀に庵だ泊船庵を訪ねようとしたのでした 目下諸々算段中なのですが 感情をつぎ込まなければならない滋子さんには行かれないから 何をしようと考えていて 寺院揺曳に? と昨夜浮かんだところ 暗示だったのかも

 

雨上がりの雑木林@井の頭公園

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今はヤブランの紫が綺麗

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涼しい吉祥寺 昨夕のふらふら感は薄らぎました 一難去って雨降って地固まる 油断はできないけど 人は一人で生きてるわけでないから 自分以外のことでも 心配事が絶えない でも そうやって悩んで乗り越えて 人間万事塞翁が馬 で生きていくんですね

 

これで最後だけれど 最後だからなお最終回として配慮を と記者さんが頑張って下さっている タウンニュースのコラム 自分の原稿なのに今は記者さんが文章を見て下さっていることのお電話 なんか不思議 原稿は手を離したら自分だけのものでなくなるんだ~と お電話で 自分より深い解釈を示されて

 

最終回は 私にとってでもあったけど 記者さんにとっても 終わり なんですね そう感慨を持っていただける記者さんと出会ったのも 冥利に尽きるのでしょう 14日号掲載だから 今日が追い込み

 

9月12日

シルトの岸辺

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水が綺麗@梓川

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冷たくて とても澄んで

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夕暮れの諏訪湖 もうずっと前 岡谷にある寺院で 早朝 独り 月見草が咲く野辺の道を歩いて山門にたどり着き 月想観を修させて頂いた 思い出の湖 その方も遷化されて久しくなりました

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聳えるというのではなく 覆い被さる のしかかってくる というような山が好きだから いつか行きたかった上高地 やっと念願叶って行ってきました これで心置きなく原稿にかかれるかな(そうしなければ!)

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本当はヒマラヤに行きたいのだけれど それはもう無理だから上高地 やはり高い山 剥き出しの岩盤も露な岩山は いいです! 峻厳 嶮峻 孤高 といった言葉が使える世界

 

奥に見えるのが穂高 為兼の山また山のその奥の峰終日浮かんでいました

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*新しいスマホのカメラで撮ったから、画面サイズがみんな横長(笑)

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2018.9.11 ツイッターから転載…インタビューや諸々雑感

9月9日

おはようございます 今日は重陽の節句 ちょうど昨日 インタビューの記者さんに鎌倉文学館講座室をお借りしての連続講座の話をしましたが その初回が9月9日でした 2014年のこと それがタウンニュース紙の記者さんのお目にとまって コラムの連載を頂きました そんな経歴を振り返った昨日

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連続講座のタイトルは「隠れた鎌倉の歴史を掘り起こす 鎌倉の歴史を楽しむ会」 鎌倉の源氏物語活動を応援して下さっている鎌倉の方々に企画して頂いての講座でした 佐々目遺身院 金沢文庫歴代当主 とはずがたり 十六夜日記 万葉集仙覚 仙覚と国宝慈光寺経 の計六回行いました

 

図書館にて 家の庭だったらいいのに この風情好きなので

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先日の同志社女子大学の京のほんまもん 着付けが終わった後 モデルの方がするりと抜けて 残った斎王代の衣装 空蝉です すると年配の男性が手をあげて たくさんあった紐はどこいったゃったんですか?と 知らないとそう思いますよね

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着付け完了後の斎王代の方の後姿です

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京のほんまもんの時の写真を何枚か揚げましたが SNSに揚げていいですか? と伺った時 いいですよ そして同志社大って入れて下さいねと半ば笑いながら言われたのを思い出して 今さらですがそうしました  そんな投稿のついでに 人の顔の写っていない何枚かをアップしました

 

ただいま《朔》です

 

9月10日

おはようございます 三日連続の外出だったための日常の山積 昨日はその解消に終日費やしました 三日間の内容も濃かったし 鎌倉禅研究会FBのまとめもしなければならないし そんなことで気分がすっかり滋子さんから離れてしまいました 来月の蹴鞠の講座が迫っているし パワポにかかるべきかも

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写真は2005年に訪ねた時の たぶん京都御所 蹴鞠をする鞠庭ができていました パワポはこの四隅に立てる木のことから入ろうかと思ったり・・・

 

今日は 100分で名著「薔薇の名前」ですね! 夜1025 忘れないかはらはら

 

先日の建長寺様では女郎花が咲いていました 今日は鎌倉禅研究会FBを済ませてしまうことにして 目下写真選択中 そうしたらこの写真がありました 方丈の脇に花塚や茶筅塚があり その一画に

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先週行われた鎌倉禅研究会のようすをFBにアップしました 国際日本文化研究センター・榎本渉先生の「建長寺10世一山一寧の来日に関わる古文書」は 今まで読み解かれていなかった史料を解読され 従来の一山一寧の来日の状況を裏付ける貴重なお話でした

 

雨の吉祥寺 もうすっかり外は暗い なんとなく 目眩ではないけれど ふらふらしている 忙しすぎたから? このふらふら感 過去に知っている あの時はほんとうに人生の岐路だったけど 今もなにかあるのかしら など思う 人は意識の外で動かされている

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2018.9.10 ツイッターから転載…新丸ビルにある京都アカデミーで講演と十二単の着付けを鑑賞&タウンニュース鎌倉版コラム最終回に向けていろいろ

9月7日

RTの明月記一筆箋 持っています とちょっと自慢 冷泉家展で買いました この時の展示で宗尊親王の中書王御詠を見て そのサイズが尾州家河内本源氏物語と似た大型本なことに 尾州家本の宗尊親王制作者説のヒントを得たのでした

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中書王御詠は宗尊親王が更迭されて 帰洛してからの制作 です 鎌倉の人の意向は入っていません その時のキャプションは 長く鎌倉にいたから 野暮な武士文化の大型本 といった内容でした ひとりプンプンして帰宅したのでした笑 私は大型本は親王の権力の誇示と思っています

 

その尾州家河内本源氏物語の制作を巡ってのタウンニュース鎌倉版コラムも この14日号が最終回 校正が届いています 宗尊親王制作説を 私説として書きました 挿入の写真は鎌倉滅亡まで尾州家本が収められていた金沢文庫の称名寺 我ながら気に入った最終回になっています

 

今日はお上りさん 昨夜帰宅してから目眩が再発しないかはらはらしていましたが なんとか出てこられました 私などが心配してもなにも動かないけど TLで世の中を見ながら やはり必死にいろいろ考えてしまいます せめて皆様ご無事に

 

新丸ビルにある京都アカデミーは 京都の大学が交代でご自分の大学の知の文化を講演して下さる 今日は同志社女子大学から吉海直人先生の葵祭のご講義と 風俗博物館館長井筒様解説による 葵祭斎王代の着付け 本物を使っての大盤振舞でした モデルも実際に斎王代を務めらた方でした 触らせても下さって

 

写真が添付されてませんでした この素材は  触らせて頂いたら固かった 感動でした

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これで二日目の所用を無事に終え あと明日 無事に終えられますように

 

とにかく 綺麗でした 橘の重ね

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ビルを撮るのが好きで ついつい撮ってしまいます 左手に赤レンガの東京駅があります

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前のスマホのカメラがズームボタンがあったのに 新しいのにはなく ズームはどうやるのだろうと思ったまま 調べないでいて 今日斎王代の着付けにズームで撮ろうとしたら わからない! 忸怩たる思いで そのうちに 指で画面を触ればいいだけとわかったけど もっと早く気づけば襞のアップとか撮れたのに

 

十二単は江戸時代から言われた言葉だそうですね 葵祭も昔はただの「祭」 それが十二単も葵祭も一般になって どうやら私たちは源氏物語を江戸のフィルターをかけてみているようです とのこと 井筒様もそれはご存じでいられて では十二単をそれ以前の呼称で言おうとすると 通じない なので十二単を黙認と

 

ただいま《白露》です

 

9月8日

おはようございます 昨夜は源氏物語葵巻を読みながら就寝 勿論例のごとく中野幸一先生正訳で 先日の源氏物語絵巻を見よとの夢告以来源氏物語づいています 昨日の京のほんまもん講座もある方の代理 珍しく年配の男性が多いと思ったら 専門の研究者さんがいらしてたんですね TLで今納得 さすがほんまもん

 

吉海直人先生のお講義を踏まえて読んだ葵巻 今までと違いました 今まで苦手な巻だったのですが

 

これ、ほんとうの斎王代の方が 着られる衣装 なのに こうやって無造作に回して 触らせて下さって 井筒館長様の凄い太っ腹 そうだから 専門の研究者さんもいらしてたのでしょうか

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先程のも これも まだズームの仕方がわからないとき なので目前に来たときしか 人が入っていないこういう写真を撮れませんでした

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今見たら 奥で斎王代の方の着付けが始まっていました モデルの方が来ていられる袴の色を 濃き というそうです

 

どうやら3日連続の最後のミッション(大袈裟 ) 目眩なく無事に果たせそう なにより 嬉しい 今日はインタビュー 最終回なので紹介して頂けるそうです なので鎌倉 一昨日行ったばかりなのに

 

記者さんと打合せをしていたら 考古の方とお会いして 頂きました 大倉幕府のシンポジウム

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お昼頃の鎌倉に向かう時の車窓の雲 上辺がカナトコ雲になっていくような雲の 地上からの発生する部分が見えて 撮りました それほど大きくはならなかったようです 横浜付近で 車窓左手

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鎌倉の帰り これで一応滋子さんの短編にとりかかれるかな という状況 記者さんには仙覚さんの小説に と語ってきましたが

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2018.9.9 ツイッターから転載…建春門院滋子さんの短編雑感&鎌倉禅研究会に行く

9月5日

おはようございます 台風被害の各地のようすを見ながら心痛めています 我家では強風にどうなるか夜中心配でしたがひとまず無事 と思ったら井の頭公園では木が倒れ 八王子で屋根が飛び とのこと やはりあの強風はただごとではありませんでした 復旧にかかられている皆様お気をつけられてください

 

引き続き建春門院滋子さんをみています 建礼門院右京大夫集も読みました 高倉天皇中宮の建礼門院徳子さんのもとに 建春門院滋子さんが来て そこに時子さんも来て 集うところ こうしてみるとほんとうにこの短編は源氏物語絵巻そのもの 寺院と法会から入ったので思わぬ展開 (うかつでした笑)

 

平安時代が好きな方には周知のことでも 私のフォロワーさんはそうでない方が半分以上いられるので ここで捕捉させていただくと 建礼門院徳子さんは平清盛の娘で 母が時子さん 建春門院滋子さんは時子さんの腹違いの妹です だから徳子さんは滋子さんの姪 三人で結束して清盛を引き立てたのでした

 

透明感ある上品な夕焼けでした じつは目眩を再発していて たぶん講座が近づいている緊張と思うのですが 気味が悪いから出かけたくないのだけれど 明日から三日続きの外出 二日だったのに さっきお電話でどうしても今週にとなって お受けしながら 目眩が起きたらどうしよう などと 危ういです

 

私は決してあがり症ではなかったし 鎌倉で源氏物語の活動をはじめたときも よくあんなことができたなあと 自他ともに認めるほど大丈夫だったのに 経験を積んで 講演も講座も自分ひとりの力でなく 準備に奔走して下さる方々の労力を見て それで失敗が許されないという緊張が生まれた気がします

 

9月6日

おはようございます 関西の台風災害のこともまだ収まらないのに 北海道の大きな地震 西と北で大停電中 考えられません 日本はほんとうに全島をあげての危機管理の時代に突入したのでしょう おそらく今度はその中間の中部・関東 行政の 事前の 事後の 危機管理 重要課題と思います

 

おごれるものは久しからず これだけ自然が真摯に取り組めと攻めてきているのに どこ吹く風 の何方かたち 古代だったら いえ 鎌倉時代でも 引きずりおろされるか 抹殺されるのに まだ目が覚めないなんて 中世では みずから責任をとって辞めた方さえいられるのに

 

こういう時ですが 今日は鎌倉禅研究会 彭丹先生の現代語訳と 榎本渉先生の一山一山寧です 1時から建長寺様で お気軽にいらして下さい 流暢な彭丹先生の中国語を聞くために来られる方もいるくらいです

 

災害用グッズ 常備しててもどんどん埋もれて 危機意識が慢性化していました 今度は中間と思ったら怖くなり 帰ったら家族動員で見直しをしようと思う この際小型発電機等は出して玄関に置いておこうかと

 

大船どまりだったので 思いついてバスで鎌倉へ 常楽寺様を通って 北鎌倉駅 そして建長寺様

 

今日の道中のお供はたまきはる 建春門院のところをコピーして持って出ています あれほど読めなかったたまきはるが 法住寺殿の配置や間取りがわかったら すらすら 心理描写がないから苦手だったけど これは実際にあった記録として役立ちそう 源氏物語は心理描写ですものね

 

たまきはるには 建春門院滋子さんの生の声が記されている 今まで滋子さん自体のイメージが湧かなかったから 読んでも高倉天皇の母君のセリフ 程度にしか思わなかったけど 傍に置いて離したくないほど可愛い女性と思ったら セリフが俄然なまめいて感じられてきました

 

けっこう おちゃめ 深窓の姫君でなく 女房あがりだからと思う 感覚がある意味庶民

 

駅の売店 タブロイド紙の見出しに インフラ壊滅 事実か大袈裟かはともかく 印象はそう こんなときに いまになってもまだ トップの なにがなんでも国民を守る の顔が見えないなんて インフラは個人が頑張ればできる話ではない その人たちにしかできないことなのに

 

あのときは エダノネロ のハッシュタグができるほど 顔が見えてたんだよ と思う

 

今日の(6日)建長寺様 今年最後の一輪でしょうか 唐門前で白い蓮の花が静かに咲いていました 北海道で早朝に大地震のあった日

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2018.9.6 ツイッターから転載…100分で名著『薔薇の名前』&建春門院滋子さんの短編雑感、夜居の僧のこと

9月3日

100分で名著 薔薇の名前 面白かった 言われてみると読んだそのままなのだけれど 私が惹かれているイメージと全然違う 源氏物語の原文と現代語訳の関係みたいで 解説するとみんなこうなるのですね

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理論化できないことは、物語らなければならない。ウンベルト・エーコ 100分で名著より

 

最勝光院滋子さんを書くことになったのが もっといえば 仙覚さんを小説化しようと思ったのが そういうことだった気がする (昔書いていた小説と 全然立ち位置が違います)

 

年譜に 今まで必要ないと思っていた 滋子さんの出仕年と 高倉天皇誕生年を入れました 出仕してすぐ 滋子さんは高倉天皇を身ごもったようです これは後白河院にとって 大きいかも

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建春門院滋子さんは 源氏物語の姫君のうちの誰? とずっと考えていて適応する方を思い浮かべられなかったのですが 桐壺更衣だったのかも 光源氏に匹敵するのが高倉天皇 違うのは桐壷更衣が悲劇に終わったのに対し 建春門院滋子さんはこの世の栄華を昇りつめることができた

 

9月4日

台風の進路を気にかけながら 源氏物語桐壺巻に眼を通していました 桐壺帝と桐壺更衣を 後白河院と建春門院滋子さんに重ねて 違和感なく重なりました 更衣が亡くなる前後の人々の状況は まさに法住寺殿にあっての滋子さんの崩御がそうであったかのよう 命婦が亡き更衣の母を訪ねる場面 やはり圧巻です

 

もう私はたぶん原文を読まない 今夜も中野幸一先生『正訳 源氏物語』で 中野先生の訳は現代語訳でないから 時々原文を読んでいるかの錯覚に陥って わからないところがあると 注を見るつもりで対訳に眼をやり かえってそれが原文なのに気がついてひとり苦笑 というおかしな現象になります

 

(命婦は)泣く泣く、急ぎ参る。(原文です)」のあとに続く文章が「月は入方の、空清う澄みわたれるに」と続くこの転調が紫式部の文章の特徴で好きです

 

三人の年齢を書き込んでみました 青が高倉天皇 緑が後白河院 赤が建春門院滋子さん

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昨夜 薔薇の名前を観て思ったこと そうっか 引用をしたらいいんだ! なんとなく出典がわかる文章を忌避していて そういうのは書かない と内心頑なに思っていて なのでたまきはるもギリギリまで読まないでいて 読んだ後も書かれている逸話は使わない頑固に レベルの違う話として 引用はいいんですね笑

 

こちらでは風雨が強くなってきました 関西の方々を心配しながら 終日夜居の僧について調べていました 清涼殿の天皇が休まれる夜御殿と妻戸一枚を挟んで二間という部屋があり そこで僧侶が夜中天皇の安泰を祈る 時には天皇が二間に入って一緒に祈祷したり話したり そんなふうなら親密になりますよね

 

源氏物語図典で間取り図を見たり 源氏物語薄雲巻の夜居の僧の箇所を読んだり なんとなく場と雰囲気がつかめました 東寺の僧の時に掛ける仏画のご本尊は普賢延命菩薩様 松尾寺の国宝の仏画がそのイメージとあったので 検索してスマホに 美福門院得子さんも持仏だったそう 荘厳かつ華麗です

 

研究から文学へ 自分でスイッチを切り替えればできると思っていましたが 先日の夢告で源氏物語絵巻に接して以来 研究肌から抜けるのは容易ではないことが 実感されています 夜居の僧の件で源氏物語を読んでいたら 研究体質ではこの感覚で読めない ということが 覆い被さるように実感されいっそう

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