2019.1.19 ツイッターから転載…鎌倉禅研究会で円覚寺様に

1月15日

小川町立図書館HPに講演の募集が 明日から電話で応募だそうです http://www.lib.ogawa.saitama.jp/newslist#post-1347  私は2月19日と3月5日ですが 2月5日に高島敏明氏(比企で御手杵を復元された方)の「比企一族の大河ドラマへの挑戦」があります 図書館からすぐの所に佐佐木信綱博士建立の仙覚律師顕彰碑があります

 

また身辺整理 ではないけれど すっかり気分が入れ替わって仙覚さん態勢だから 行こうと思っていた展覧会も 申し込もうと思っていたシンポも 来月の会も みんな止めて 行かれない分のお願いの資料を作ったり 今日はそんな事で結構時間が過ぎてます 読みたいと言って下さった方に送る原稿のコピーとか

 

1月16日

おはようございます 朝の光はまだ届かないからアロマライト 精油はラベンダーか白檀 これを買った時はまだディフューザータイプが出てなくて 今はどこに行ってもディフューザー とても爽やかないい匂いです あの香りが精油でも出るのかなあ ブレンドタイプの精油を選べばいいのでしょうか 今度挑戦

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朝の光が届きはじめました 連絡事項をしたためようとして やはり朝の光はいいなあと 机に向かって手紙を書くと 母方の祖父を思い出します 屋敷の奥の自室で 窓際の文机に端然として座って書いていました 窓の下には小川が流れていて 涼やかで その光景が私には手紙を書く原風景 よく思い出します

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長期休暇ではないけれど 講演準備にかかって気持ちが絞られ あれこれとお断りとかお約束を果たすとか なんかとても日常のことに急いて落ち着かない1日でした 夕刻やっとこなし終えて 届いていた実朝歌碑の校正を見たらほっとして なんかしみじみ 校正を送ったら晴れて仙覚さんに専念です

 

夕刻 せわしなくざわついた心を落ち着かせようと読んだのが 雪国 気持ちよく入っていけて どこにも突っかかるところがない ずっとある意味衒学的な世界にいたから 衒学的でないことの心地良さ 不思議だなあ 普通なら自分以外の文章に対して排他的になっている時期なのにと思いつつ

 

1月17日

徒労だね そうですわ のここにきてドキッ 美しい徒労 と小説の講座で繰り返し師が話された 雪国だったのかと改めて思う 美しい徒労 この言葉 好きでした 鞄が思いから書籍は持たずに道中のお供はスマホでkindle 昨夜芥川賞が発表されたけど 文学はどうなっていくのだろう 川端はなど思う

 

大船観音と湘南モノレール駅 最近発見したのですが 建長寺様に行くには 北鎌倉まで行かずに大船で降りてバスが便利 駅から歩かないですみます

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鎌倉禅研究会1月例会が終わって 北鎌倉駅前 私は仙覚さんに籠るから 二次会に行く方々を見送って 鎌倉駅へ

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鎌倉駅に行くバス停から 鎌倉に繋がる道 途中 建長寺様を通ります

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鎌倉駅に向かうバスの車窓から 若宮大路 段葛沿い 鳩サブレーの豊島屋さんが見えてます

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今日の円覚寺様1 北鎌倉駅改札を出てすぐです

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今日の円覚寺様2 石段を昇ると奥に山門が見えてきます

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今日の円覚寺様3 山門です

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今日の円覚寺様4 山門の奥に仏殿

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山門の脇の坂道を上がると 夏目漱石が修行した帰源院があります

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仏殿脇の梅 こじんまりとした枝振りのいいこの梅が好きです 季節毎に  咲いている とか まださいてないなあ などいつも思います

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座禅会をする居士林

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居士林の隣 空地みたいな庭に鎌倉らしい光景が

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やっと最後の路線 今日の鎌倉禅研究会は凄かった 円覚寺様管長横田南嶺老師様のお話だったのですが もう気迫で 拝聴していて禅に というか 横田老師にそのまま帰依してしまいそう というか 帰依したかった 禅の激しさ 始めて見ました

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2019.1.17 ツイッターから転載…日々雑感、仙覚さんのパワポ準備に向けて身辺整理など

1月14日

タウンニュース鎌倉版に連載したコラム【鎌倉と源氏物語】 鎌倉禅研究会にいらした方が通しで読みたいと仰られて 今週 今年最初の例会があるから持参しようとプリントしました 本になさらないの? と訊かれたのですが その内に

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鎌倉禅研究会 1月例会は17日(木)今週です 13時~16時半 於・円覚寺大玄関二階 第一講「漱石の公案ー父母未生以前本来の面目ー」駒澤大学教授小川隆先生・第二講「無学祖元・鎖口訣(さくけつ)をめぐって」円覚寺派管長横田南嶺老師 予約不要です https://www.facebook.com/kamakurazenken/

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ただいま《上弦》です

 

お土産 百合の図柄と 孔雀のグッズ 集めている訳でなくても集まって 蒐集

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1月15日

おはようございます 暮れに買ったクリスマスローズ セールで2鉢500円でビックリ 植え替えて増やすのが楽しみだけれど 寒いから今は夜室内に 園芸は好きなのだけれど 執筆にかかると疎かになるので自粛しています なのにセールの誘惑笑

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今はどうか知らないけど 私が中世の歌壇史に踏み込んだ時は 暗黒の中世といわれてたほど 中世研究が進んでいなかった(西洋史の暗黒の中世にかけてだったのかも) 参加させて頂いた機関が短歌の結社だったから それではと取り組んだのでした 今はツイッターを見ていると中世の歴史・歌壇史も

 

メジャーになっているようだけど それは私の嗜好が入ってのTL 一般にはまだまだと思う 仙覚研究をしていると 鎌倉時代の学僧とか万葉集に偉大な貢献をした人といっても 頂く反応をみるかぎり普遍には程遠い だから私は論文でなく小説で仙覚さんを普遍にしてさしあげたいと頑張っています

 

写真は以前作ったパワポのスライドです 不思議なのは 柳田國男のご兄弟でいられる井上通泰氏が 比企氏系図から比企能員孫のあたりに仙覚さんの可能性を探っていられるというのに 学界ではまだ古い「仙覚は常陸の人」説に固執していること 私は井上氏のご論を進めて自論を展開させて頂いています

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2019.1.15 ツイッターから転載…仙覚さんの講演のパワポにかかります

1月13日

二月と三月に仙覚さんのお話をさせて頂く比企の小川町立図書館様から書類が届きました 鎌倉時代のロマンにふれよう! いいですね その方向でパワポを作ることに

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実をいうと 小川町で仙覚さんの講演をすることは恐ろしいことなんです なぜって 写真のように 教育委員会から「『万葉集』と仙覚律師と小川町」 笠間書院様から『万葉うためぐり 学僧仙覚ゆかりの武蔵国小川町を歩く』のような冊子や書物が出ているほど仙覚さんの聖地なのです ネットも充実しています

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そこに私が「乗り込んで」いくなど 普通の神経ではないですね パワポにかかろうとして 改めて普通ならビビるのに と思ってしまいました とにかくせめて私ならではの説の展開を心してかかるほかないです笑

 

午前いっぱい 玄奘の本を借りに図書館に向かいたい思いと格闘 午後は書類の整理をしたりして 少しずつパワポに向けての集中態勢に入っています 精神の統一 まるで修行みたい笑 書類が届いたのでやっとその気に

 

都立図書館でコピーしてきた本命の上西門院関係の資料 野口実先生「後白河院と清和源氏」を拝読してたら 光能が以仁王と身内関係にあると エッ?となって調べたら たしかに 頼朝の旗揚げに関与した文覚にも光能の意志が入っていると う〜ん ただの取次ではなかったんですね 光能は… 遠元とは?と思考

 

上西門院関係で見ていたら すべてのはじまりは熱田神宮としたくなってきました 頼朝の母が由良御前でなかったら上西門院に伺候することはなかったし 捉えられた時伊豆に流されるだけで済むこともなかった 鎌倉幕府ができなかったかもしれないし 仙覚が鎌倉で万葉集をすることもなかった… 遡り過ぎ笑

 

1月14日

梅原猛先生ご逝去 心に残っているのは どの本だったかのあとがき たしか高野山だったと思うけど 宮坂先生に案内された時の会話で 宮坂先生に対してとても謙虚でいらして 真摯な方なんだなあと感銘を受けました

 

宮坂先生も もう遷化されていられるから あちらでまた対面されるのでしょうね

 

先ほどこのツイートをした時 一瞬思い出せなくなってしまって書けなかったのですが 思い出しました 宮坂先生は周囲の八葉に巡る連山を指して すべてが曼荼羅なんですよと仰られ 梅原先生が そうなんですか〜 と感銘を受けていられる 私のなかで素敵なツーショットです(曼荼羅という言葉を忘れて)

 

仙覚さんのパワポ 以前に作ったパワポを下敷きにしようと思い この二つのどちらかにと考え中 どちらも2013年 たまたまの偶然なんですけど この年に集中して仙覚さんをしていたのでしょうか もはや遠い昔になって今再び仙覚さん 仙覚は誰かの研究発表は2016年だから 内容がぐっと深まっています

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2018.1.14 ツイッターから転載…広尾の都立図書館に行きました&行基について瑜伽師地論を拝読

1月10日

おはようございます 中国西安にオープンした書店の壁面グラフィックを担当された黒田潔氏をRTさせて頂きましたが 私は黒田潔氏のファンで 氏の作品が背景のNiftyブログのテンプレートを使わせて頂いています 無料テンプレートなので申し訳ないのですが お陰で好評です 

 

素敵なお便り 海外で長くお仕事されてたからでしょうか この方から頂くお便りはいつもカード 今日のお便りはちょっと意味深 微笑んでしまいました

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お年賀状の返礼とスケジュール管理など 当面するべきことをし終わったら気が抜けて 仙覚さんの原稿気分まで吹き飛んで どうせ今執筆にかかったって じきにパワポを始めなければならないから中断だし と気持ちが宙ぶらりん  こういう本を眺めています

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こんなにすっかり気持ちが抜けるってあるのですね いつもなにかしらに追われていて 強迫観念や責任感や怠惰なのかと自分を責める思いとかでいっぱいで 何をしても落ち着かなかった ただ執筆にかかるしかないと思ってました 執筆は講演が終わるまで無理とわかっていても

 

もしかして これって ヤル気がない ってこと? TLで見てビックリ

 

宵の三日月 @吉祥寺 (正式には三日月とはいわないのかもしれませんが、細い細い月)

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1月11日

おはようございます 昨日花屋さんの店頭に啓翁桜を見ました 冬の桜 一足早い春ですね 昨日の無気力はなんだったのでしょう 一瞬方向性を見失ったかのようでした笑 回復して今は元気です でも いいリセットになりました 今日は行けたら図書館に 図書館は活力の源になります

朝の光のなかでアロマオイルを 久しぶりです 源氏物語千年紀の年に鎌倉の源氏物語の写真展をして その時に会場で焚きました その後『源氏物語と鎌倉』の執筆にかかって放置 目に入ってもスイッチを入れる余裕もなく やっと昨日オイルを買ってきて

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逆光がいい具合

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有栖川宮記念公園から見る夕景

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有栖川宮記念公園内にある都立図書館からの帰り 日比谷線車内の網棚が麻の葉模様の透かしガラスでした 何回も乗っているのに気がついたのははじめて いつから?

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通る度に気になっている花屋さん カフェもあるらしいから入ってみたいのだけれど 勇気なくて@広尾

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この花屋さん 夜になると電飾が たぶん一年中 木にも たぶん一人ではいつまでたっても絶対入れない@広尾

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1月12日

おはようございます 深夜に行基についての連ツイをしましたが 行基開基を行基開山と誤って記しましたので削除して そこだけ直してコピーした同じものをまた連ツイさせていただきます

 

今日は都立図書館に院政期の女院関係のコピーに行ったのだけれど 最近行基について書かれた方とお話して 行基開基の寺院が関東でもどこでもある謎を教えて頂き その方のご本も拝見 それで瑜伽師地論が気になってそれもコピーしてきました 行基は眼にする割には実態を知られてませんね

 

仙覚さん関連で見る寺院も行基開基があり でも私は中世からの歴史だから行基まで遡って考える必要はないと決め込んで 行基を役小角と混同して誤ったイメージでいたことが判明 びっくりしています だからといって私が今古代まで遡る必要はないけれど 志水庄司氏「『瑜伽師地論』検証」をコピーして

 

それにしても 図書館に行けば仙覚さん関係の執筆気分が刺激されるかと期待したのですが 行基に気持ちがいくなんて と??? いつもならこういう時 いくら行基が目の前に現れても排他的気分で取り込みません 結局私は仏教の学問が好きなんだなあ ということでしょうか 行基その人より瑜伽師地論

 

前から気になっていたから・・・

 

冬の雑木林@井の頭公園

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志水正司氏「瑜伽師地論検証」拝読して目から鱗 今まで無着からしか読んでいなかったから その無着のよってきたる根本がここにあったのでした 玄奘が持ち帰って翻訳したもので 日本には玄奘に師事した道昭がもたらし 道昭から行基にと 日本に玄奘に師事した僧がいらしたことにも驚き

 

お正月の鹿島神宮以来 なんか古代づいている だから行基にも違和感なく入っていかれたのかも なんか意味があるのでしょうね この流れ なんか そんな気がする

 

1月13日

おはようございます 昨日オリンピックの費用を復興に充ててたら復興はもっと進んだのにというtwRTしてから それが頭から離れなくなって 行基はこれをしたのだ〜!と 瑜伽師地論は大乗仏教の根幹で その菩薩地に人々を利益救済し ともに仏道を成就しようとする利他行が説かれているという 志水氏論文

 

に「利他を重んじた菩薩行を説く瑜伽師地論は、奈良時代に盛行する慈善事業の思想的支柱となった」とあり なんか やはり仏教の根幹はここにあるのであり そういう仏教国であったはずの日本の今の現状のあまりの真逆さに震撼としました 取り戻さなければいけないのは そういう支柱

 

それにしても この瑜伽師地論を得るために玄奘は命を賭してあの西遊記の旅に出たのであり この瑜伽師地論がなかったら その後の無着世親もなく 玄奘はどうやってこの瑜伽師地論を知ったのだろうとか もう私の興味は玄奘のその奥に行きそうで 遡る習性のここに極まれりの感です笑

 

ウィキで玄奘をみたら 玄奘はすでに出家した状態で唯識を学んでいるから 玄奘が仏教史としてそう根幹な訳ではなく 瑜伽師地論の存在をその学びの中で知り 西遊記の旅に出たのは自然 以前 長沢和俊先生のご著書に感動して浸ったというのに すっかり忘れてました 再読したい

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2019.1.13 ツイッターから転載…武士の家系かも&東山道から北関東がなぜ栄えたかについて&クラムスコイのことなど

1月8日

今日は三日月 やっと今日から日常が カレンダーにまだスケジュールを書き込んでないし 頂いたお年賀状の整理もできていない なんでこんなに怠惰になってしまったのだろうと思うけど すとんと呪縛から解きほぐされたかのような昨今 義理をかくとか失礼とかの強迫観念からも解き離され自然体でいくことに

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頂いたお年賀状に 花の蹴鞠を読んでいますとあり  読んで下さっているんだと嬉しくなりました 昨秋 蹴鞠の講座にきて下さった方です その後ブログを見て下さって 途中まで載せていた花の蹴鞠に興味をもって下さったのでした その完成を目指したいけど 仙覚さんの小説に組み込むことで 目下改修中です

 

カレンダーに祖父母や両親の命日を書き込んでいて初めて気づく 小さい時から母方の祖父の名前が気になっていました 武士だったんですね 一般人につける名前かなあって不思議だったのです 最近吾妻鏡の会で官位表などを習ったから やっとハッと そういえば母の実家になんかありました 武士っぽい名残が

 

母は知っていたのだろうか 気づいてなかった気もする 母の納骨で訪ねた時にお寺様から地域の歴史をお話頂いて この地域は武士の一帯と伺い ふ~んとその時は他人事で ただ戦国時代の武士と農民の世界を彷彿しただけでした 地名をいえばわかる人も なんかお正月早々 ルーツ探しっぽく笑

 

でも 祖父その人は江戸時代の人ではないから武士ではなく その家系ということ

 

そういえば 祖父は赤ちゃんの時に両親をなくし 養子として育てられたというから 祖父自身が知らなくて母に話してなかったのかも でも 知ると知らずとにかかわらず 風格というのは生まれつき備わっているものですね 母の実家に行って祖父の風格を見るのが好きでした 今思うとさながら時代劇の場面のよう

 

行くと 床の間を背に 祖父が正座して座っていて 母と私たちはその前に横に一列に並んで座ってご挨拶 そして 祖父がゆっくり急須からついでくれるお煎茶の美味しかったこと それは湯飲みの底が見えるくらいにほんの少ししか注がれてなくて だから今 湯飲みになみなみ注がれたお茶を頂いてもあまり…笑

 

スケジュールやお年賀状 こういう整理は時間がかかる上に疲れるから 早々にスロークッカーに豚バラ肉の角煮を仕込んで タイマーは6時間 お夕飯頃にはちょうどできる加減 そろそろ煮えてきて いい匂いがしてきました

 

疲労が溜まっているのと 日常に戻った時間帯に体がついていってないのとで スケジュールや年賀状管理に根を詰めたから寝るしかなくて 起きたらこんな時間 スロークッカーで角煮を仕込んだのも これを見越して 頂いていてまだお返事できていないお年賀もあるけど もう急ぎません こんなふうにこれから

 

お年賀状情報です 東京都大田区の昭和のくらし博物館で特別展「映画 この世界の片隅に ~すずさんのおうち展」を開催中です 5月6日まで 片淵監督が映画の制作にあたり度々足を運んで昭和のくらしを体験されたそう ここは館長小泉和子先生がご実家だった昭和の建物をそのまま博物館にされました

 

1月9日

おはようございます 3日に初詣に行った香取神宮です 鹿島神宮に行く前に参拝したのですが スマホで撮ってなくて挙げられずにいました 綺麗なお社でした 鹿島神宮の神様を奈良の春日大社にお送りする舵取りの意の香取だったんですね 鹿島神宮は常陸一の宮 香取神宮は下総一の宮だそうです

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今 ウィキで確認したら 鹿島神宮も香取神宮も 宮中で1月1日に行われる四方拝で遥拝される神社でした 今年は現天皇陛下 来年から現皇太子さまが という節目の年に参拝したのもなにか心に残ります

 

高知県香南市で 奈良時代の幹線道路「南海道」の可能性ある遺跡発見 の記事をRTさせて頂きましたが 関東での古代道路は東山道 私が遺跡発掘調査に携わっていた時に 東山道武蔵路遺構が発見され 私も興奮して見に行きました ちょうど先日武蔵国衙跡を訪ねたばかりなので写真がありました

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東山道は近畿から陸奥までの古代道路 北関東を通ります その為に中世にあって 関東では鎌倉よりも北関東が栄えました それで埼玉に関東最大の天台宗寺院慈光寺があり 日本で三つしかない戒壇院の一つの下野薬師寺があり 最澄が東国を巡錫した際に大乗戒の授与を行った大慈寺があります

 

下野薬師寺です 奥の赤い列柱で復元されている回廊があり 右側の六角堂が戒壇院跡です 立派な寺院で立派な修行僧がたくさんいられたそう 称名寺の初代長老審海様もここから呼ばれて鎌倉に

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大慈寺は幼い円仁が修行した寺院 ここから比叡山に上りました 円仁誕生の寺院が近くにあります 円仁の父は東山道の美香保の関の豪族でした 美香保は三毳 順徳天皇『八雲御抄』にあります 円仁を慕ってライシャワー大使も訪れています 写真は大慈寺境内のライシャワー大使記念碑と三毳山

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執筆中の小説の仙覚さんは 慈覚門人仙覚と記すほど円仁を敬愛しています 小説化を思い立った当初 万葉集を志した13歳の年にこの大慈寺を訪ねて そこから京都へ上らせようと考え 簡単に完成すると思いました なのに今は仙覚誕生どころか 頼朝が伊豆に流されるところまで遡ってしまっています笑

 

 ポストに この方からこの言葉を頂きたいとずっと頑張ってきたその言葉の書かれたお年賀状が 小説頑張って下さい あなたならきっといいものが書けると思います署名 署名をこんなふうに付して頂いたのも初めて 小説が完成するまでこれはないと思っていました 泣きそうです

 

連絡を頂いて 昨秋投稿の実朝の文学碑めぐり 掲載して頂くことが決まりました 掲載誌が届いたらこちらにもアップさせて頂きます

 

昨夜のぶらぶら美術館 忘れえぬ女 面白かった 画家クラムスコイはトルストイの肖像画を描いていて それで忘れえぬ女のモデルがアンナ・カレーニナとされるそうだけど 画家はあえて特定せずに 原題は見知らぬ女 けれどアンナ・カレーニナの中には忘れえぬ女に特定してもいい文章が散見されるそう さらに

 

クラムスコイがトルストイの肖像画を描いている時 クラムスコイがトルストイを観察したように トルストイもまたクラムスコイを観察していて アンナ・カレーニナに登場する画家はクラムスコイがモデルなのだそうです

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2019.1.10 ツイッターから転載…大國魂神社参拝と武蔵国府跡を訪ねて

1月7日

カレンダーにスケジュールを書き込んでなかったから 新年の予定の感覚がなく 家族のことで振り回されながら あれ もしかして私も? と確かめたらやはり今日 車内です 暮れのうちは年が明けたらあれもいこうこれもと思っていたのに 鹿島神宮参拝ですっかり気持ちが絞られて 集中モードに入っています

 

読む本も 気持ちがすっかり変わって 自分の中の調査に関係するものしか読みたくない このわがまま 仕方ないけど 頂戴しているご本に対して申し訳ないです

 

帰る前に

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雲に隠れていますが窓から富士山が見えました@府中

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大國魂神社に向かう途中に

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大國魂神社@府中

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参道はまだこの賑わい 今日までだそうです 日本の風景だなあって思いました

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大國魂神社本殿です

 

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たしか大國魂神社の近くだったはず と思って探しました 武蔵国府跡の史跡

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武蔵国衙跡

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塀の向こうの木立が大國魂神社境内です

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周辺案内の地図

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そのアップ

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復元図

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発掘された柱穴

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発掘された列柱

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周辺の地図です 古代ではここが東国の文化の中枢でした

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疲れがたまって脱力感 眠くはなかったのだけれど一瞬睡魔に負けて 危うく乗り過ごすところでした まだ1週間の始まりなのに

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2019.1.8 ツイッターから転載…初詣に鹿島神宮に行きました

1月2日

川端康成のノーベル賞選考経過のRTをしましたが 先日TLにあった高村光太郎のこととか 目下私には太宰なのだけれど 従来の文学がほんとうにそれであっていいのか というしつこい疑問が私のなかにあって ふとこのニュースで川端は私も許せると思ったのはどう違うのでしょう 川端は私もそう思う

 

川端康成学会があって拝聴したことがあるけれど 川端の文体には源氏物語の文体が同化していると それはもう血肉化しているもので だから川端も源氏物語の現代語訳を試みたのだけれど その必要はなく途中で止めてしまったと 川端 また読みたくなりました

 

もう寝なくてはと思うのに 川端が気になって寝つけない いっそバッグに雪国を忍ばせて と探したけどみつからない 途中まで読んでいた本 どこにいったかしら 読みたい場面をほうふつとして これが文学 と思う 仙覚さんの小説にこの妖しさを忘れていました この気づき 貴重 心のなかで星が降っています

 

1月3日

文庫がなくて諦めたのだけれど そうだ kndle と思いついて購入 車内で雪国を読んでいます

 

念願の鹿島神宮参拝 仙覚さんが訪ねてきている神社です 原稿に書くにはまだまだですが 一度訪ねてきておきたかった

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1月3日の夕景

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日没間近

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あ、スヌーピー と思ったのですが すぐに形が崩れて

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鹿島神宮 本殿の横面です 正面は三が日の初詣の参拝で賑わって とても撮れる状態ではなかったです 鹿島神宮は 仙覚さんで調べていてわからなかったものが 運慶の円成寺大日如来像を読んでいて ふっと進展 不思議でした

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1月4日

おはようございます 昨日念願の鹿島神宮参拝を果たしての朝 現地に行くとやはり何かを感じてつかむもの多しです 行っているあいだはそれはわからない 時間がたってじわじわ感じてきます 今日からまた調べもの再開 写真は筑波山遠望

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鹿島神宮のこと 小川光三氏「春日信仰と円成寺」『魅惑の仏像 大日如来』より 藤原氏は三笠山麓の聖域に春日神社を創立。常陸国から鹿島の武甕槌命と香取の経津主命の二座を。河内国から天児屋根命と比売神の二座を迎えて、氏神とした。

 

武甕槌命と経津主命は国譲り神話の主神。鹿島と香取は太平洋に面した本州の東端。そしてヒタチとは、日の立ち昇る日立のこと。それを常陸と書くのはここが常世国に近いところだから。藤原氏が常陸国とかかわりをもつのは、不比等の子、宇合が常陸国司となって以来のようだが、宇合編纂とされる『常陸国

 

風土記』には、鹿島神宮について「天の大神の社、坂戸の社、沼尾の社、三処を合わせてすべて鹿島の天の大神といふ」とあります。

 

つまり日立(常陸)から天空に船出した天の大神は、舵取(香取)の神に導かれ、天の神山である三笠山に影向というのが春日の神の鎮座の次第。やがて鹿島という名称から奈良の鹿は神鹿として大切にされるようになりました。

 

鹿島神宮に関心をもつのは 仙覚さんに関わるからもあるけど 真観が奈良から直接鎌倉を無視して鹿島に行って滞在しているのが謎で どうもこの時代 中世にあってもなお 鎌倉はただの東国で それよりも鹿島とか 東山道経由の北関東のほうに大きな文化圏的意義があるのではないかという疑問を拭えないから

 

中世は 源氏と平家という面だけの推移で 頼朝や鎌倉幕府中心で歴史を教えられ 小説やドラマでそれを染み込まされてきているけど そこから省かれた文化や宗教の面での事実のほうが大切な気がします なぜ北関東に当時東国で最大の天台宗別院慈光寺があったか なぜ日本で三個しかない戒壇院があったかなど

 

1月6日

ただいま《朔》です

 

RTばかりで久々のツイート といってもなにもありません 明日で日常が戻るけど 今日はまだ我が家はお正月体制 家人のリクエストでお雑煮からの仕切り直しでした 街はもうお正月用品の半額セール たまたま昨日買っていた有頭海老を焼いたりローストビーフを切ったり おかげで時間がどんどんなくなって笑

 

半額セールといえば 銀だらは普段あまり出回らないけど お正月になると店頭に並んで 来客があった往時は西京漬けを作って好評でした もう止めて何年もたつけど 昨日半額セールで八切れ買って 久々に漬けようと思っています 今回は酒粕漬け 酒粕を頂いたので

 

もう侘助がたくさん 伐って飾りたいけど

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今日の月齢カレンダー 旧暦の121日で 新月で小寒

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2019.1.5 遅ればせながら、あけましておめでとうございます

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あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。

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2018.12.30 ツイッターから転載…孔雀経のこと&kindleダイレクト出版のことなど

12月26日

おはようございます 平治物語絵詞を繰り返し見ています 不思議ですね 大嫌いだった合戦絵 なのに三条殿が紅蓮の炎に包まれる場面を飽かず見ている ここが院の御所だったり 上西門院がいらしたり 頼朝が出仕したり 夜襲をかけた義朝が描かれていたり を知って見ていると リアル感が壮絶 絵って凄い!

 

今迄も見てはいたんですよ 何度も でも自分には関係ないと思っていつもそのまま通過 もっと早くに真面目に読んでおくべきだったとは思わず 今だからこうして血肉化して見ることができるのだろうなあ と思います なんでも私はこうして遅い いつも最先端の思考が先にあって 淵源を探る旅だからでしょうね

 

出していたゴミを全部持っていって頂いて気分一新 今年最後の不燃物の収集日 この日に向けて先週から掃除や片付けもののたびに 不要な諸々を一かたまりにして置いていたから それが無くなって空間も広々 母の時代から使い慣れたものは 時代遅れでも思い出から捨てられなかったけど それも無くしました

 

片付けものをしたら出てきました 他愛ない蒐集ですが 孔雀が好きなので 孔雀の絵があると買ってしまいます グリーティングカードも大分集めました Facebookに蒐集ページをいつか作ろうかなあ など夢見ています

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ふと思った クリスマスは終わったけれど 毎年街がジングルベルに浮かれるこの時期を嫌いでした でも今年は違った TLで世界の本物の重厚で敬虔ななかでのクリスマスの準備や教会を見せて頂いていたから クリスマスが商戦でなく 信仰に根ざし文化に根ざしている事を共有させて頂いてたからなのですね感謝

 

来年二月と三月の比企での仙覚さんの講演 提出していたテーマが通ってそれでいきます 二月は仙覚律師の生涯と万葉集 三月は仙覚律師と鎌倉 ちょうどいいので目下の関心事の頼朝と平治の乱 三条南殿のあたりを綿密に入れます 比企尼が背後で見守っている時代 仙覚さんの講演でのこれは本邦初公開です笑

 

昼にたまたま孔雀の絵のツイートをして そうしたら孔雀が思考から抜けなくなって 孔雀の絵に見せられた究極の原因は仁和寺の孔雀明王像だったなあなど思っていたら 金沢文庫印のある孔雀経の件を思い出し そうだ これをお伝えしておかなければ ということに気づき これからそれをします

 

私がブログにしょっちゅう孔雀経孔雀経と書くものだから 孔雀経で検索して私のブログにたどり着いた方から 金沢文庫印のある孔雀経の件でご質問があったりしたことがありました 当時ご相談した方がもう退官されているから これを知るのは私だけということになってしまっていることに 今気がついて

 

三条南殿で頼朝が初出仕した時の状況が描かれているならと 平治物語を読みたいと思い 図書館に向かう途中 ふと思い直してジュンク堂に そうしたらこの本があって 三条南殿の項を立ち読みしたら 出典は山槐記と もう本は買わないと決意しているのに やはりこのご本は買ってしまいました このご本 楽しみ

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おはようございます こんなところに孔雀明王様が ふだん気がつかないところに ひっそりと飾ってあるのですが 今家人を送り出して振り返ったら目に入って どこかの展覧会で買った絵葉書を 雑貨EXPOで気に入って買った写真立てに ちょっと異質の組合せですが笑

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メトロポリタンの源氏物語展 やっと情報が 昨秋金沢文庫の内覧会で名刺交換した方が これを仰ってらして ご存じですか? と言われたのだけれど その時点で何方からも聞いてなくて 私の情報網の小ささを思ったのでした

 

気持ちは急いているのだけれど お便りを書こうとしたらこの光景 金銀砂子の便箋に焚きしめたお香の匂い せめてもの暫しのくつろぎ

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これも孔雀笑 写真を同封するので四角い封筒を出したら……

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12月27日

角田文衛氏『平安京散策』を拝読しているのですが 内容と関係なく本の紙の話 私この本に使われている紙が好きで 『源氏物語と鎌倉』も多分これ 出版社さんに無理を言ってこの紙でとお願いしたら研究書だとこれを使うとか 小説の単行本によくある紙が嫌いで 私がいいなあと思う本は大抵これなのだけれど

 

薄くて硬質のつるつるした感じの黄色っぽい紙です 陶磁器もそうだし 仏画もそうだけれど とにかく硬質のシャープな感じがないと関心外になってしまうし  これ と思うと大抵硬質のこのタイプ 感触の好みって直感ですね 陶磁器はだから絶対中国陶磁 仏画は宋画

 

角田文衛先生との出逢いの最初は『椒庭秘抄』だったけど 先生のことも歴史も何も知らずに図書館で棚にみつけた背表紙のタイトルに惹かれて借りたのだった 今日『平安京散策』の三条西殿の項を拝読して こここそが璋子さん懐妊の舞台と知り 今迄宙に浮いたことのようだった椒庭秘抄の世界に俄然現実味が

 

12月28日

今日の夕焼け雲

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これも今年の記念として恥だけれども残します笑 年賀状は毎年手がまわらなくて期日投函できませんでした 今年は余裕で刷っていたから 余裕で宛名印字をしようとしたら 住所録アプリが無い! 昨年使ったから無いはずないのに消えてしまっていました PCも変えてないのに 仕方ないからPCに入って

 

いる筆ぐるめを使って住所入力から始めて 昨日宛名印字が終わり 今朝になって追加を二枚刷ろうとしたら なんと 入力した筆ぐるめの表示が0件 ? と思って開いても入力0 保存するんだったんですね 前の住所録が一々保存しなくてもよかったから保存しないで閉じてしまって ショックというより

 

昨日宛名印字が終わっていてよかった… とほっと で 今日は一言ずつ添えて切手を貼って投函 の予定 結局毎年と同じになりました 一覧表を刷ってあったから 来年はまたそれを見て住所入力からです笑 年賀状はこういう辛苦があっても 年賀状がなかったら音信が絶えてしまう方も多いから大切です

 

12月29日

今年もあと二日で終わるけど 今年の収穫はし残した仕事 に気づいたことかもしれない もう仙覚さんの小説に専念するだけと覚悟したら それまでに書いたものは? となりました もっと早く仙覚さんの小説が本になっていたら その後続けて書籍化するつもりでした でも仙覚さんの小説はこれから数年

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かかりもう間にあわないです それに気づいたのが たまたま新潮社さんの校閲講座に通っていた時で 練習に始めた自分の創作への校閲 少し続けていたら これを完成させたらこのまま書籍化できる? となり そうしたらkindleでしてみようかという気になりました そして たまたま先日平治物語の本を

 

借りに行った図書館で 大型本の平治物語絵詞の隣りにあった棚が電子書籍の棚で kindle出版の本が…… なんか不思議な縁繋がりで借りてきました 来年の挑戦はkindleのダイレクト出版です(と 公言して自分に枷を! です笑)

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2018.12.26 ツイッターから転載…仙覚の小説覚書(130)平治物語絵詞のことなど

12月23日 

@井の頭公園の雑木林 紅葉は残っているけどもう冬へ

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不夜城 というのでもないけれど笑 報道出身だから 知らせる意味のある写真しかとれなくて 綺麗な写真をどうしたら撮れるか悩んでいたけど TLで沢山写真をRTさせて頂いてたら 意味がなくても撮りたいものを撮ることができるようになりました 多謝

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12月24日

おはようございます 頼朝と上西門院の関係を追って夜明かし 頼朝が女院に仕えたのが平治の乱直前の2年間 建春門院滋子さんが上西門院に仕えて後白河院に見初められたというその出仕もその頃 直後の乱で女院は出家にまで至るから 滋子さんの出仕と頼朝出仕の時期は重なる? 双方知っていた可能性が

 

そうっか~ 滋子さんも三条南殿に出仕していたなら みずほ銀行は滋子さんを偲ぶ場でもあるんですね いっそ 頼朝が院庁始の宴席に出仕した場でみんな合わせてしまいましょうか笑 清盛はいたし 光能経房に 頼朝と滋子さん 直後に乱が起きるから直前の2年間は可能性が濃密

 

平治の乱あたりに浸りたいのに家の用で手がまわりません 心穏やかにとはまったく別世界 しばらく続きますね こういう生活 年末だから と諦め

 

南東の雲 午後です いつもの気象性の雲と違ってギラギラした質感 そして肉厚 発生方向に地震が? と思って撮ったのですが RTの小笠原M6規模地震の余波だったんですね 気になりました

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12月25日

おはようございます 既になくなっていますが 新潟にロシア村があって行った時 ホテルのディナーで出された帆立のステーキの大きかったこと! 目を見張って今でも語り草です  近所に業務用のスーパーがあって 家人が帆立の冷凍の大きなのを見つけて買ってきて 昨夜はそれをステーキに 語り草と共に

 

もう一品は ビーツが手に入っていたので タブレットでロシア人の先生に習ったボルシチの作り方を見ながらボルシチを テーブルがさながらロシア! というのも TLで流れてきたモスクワの雪の動画のあまりの美しさに 多分 そこはかとなく勧誘されて だと思います

 

友から 思わず涙ぐんでしまいました 仕事を縮小してはじめた俳句 難しいのといいながら頑張ってた 私を書いたら小説になるね というほど波乱万丈だった彼女のやっと掴んだ平静 五句載ったの 贈るねと よかったね 素敵なクリスマスプレゼントをありがとう

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保元の乱まで遡る年譜は花の蹴鞠しかないから それに上西門院と頼朝の事象を書き込んで このたった二年間から頼朝の人生も 建春門院滋子さんの人生もはじまったのだなあと思い ぎゅっと凝縮したこういう時期があるのだなあと感慨(書き込みの字は酷いです笑)

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吉祥寺に出たついでに平治の乱の本を借りようと図書館に入ったら 大型本の棚からこの絵巻が数センチ張り出していて 絵巻を借りるなんて思いついてなかったから これも何かの縁と思って借りて喫茶室で見ています 平治の乱ってこんなだったんだあと 大河清盛がこれだったんだあと 本より分かりやすいです

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三条殿は平治の乱で紅蓮の炎に包まれて焼失するんですね これって上西門院の南殿も? そのあたりまだ把握できないけど 上西門院も後白河院とともに幽閉され 頼朝は伊豆に流される 晴れの宴席の舞台からたった10カ月後 これからミネルヴァ九条兼実を読みます

 

吉祥寺の夕暮れ

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ちょっと絵巻を見ただけですが なんか今迄の淵源がここに って感じ 後白河院が法住寺殿を建てたのは それまでいらした御所が焼失にあったからだったけど それが三条殿だったのですね 肝心なところがわかってなくて 歴史家さん方からは苦笑かも でも自分でみつけるから感動も深いし血肉になります

 

大型本は寝て読めないから嫌ですね

 

大型本! 絵巻を見るなど気がつかなかったのですが 棚からさながら私を借りなさいとばかりにはみ出ていたので借りてきました でもこれが正解 これを古典全集とかの文章で読んでも この光景は浮かばない 古典は絵巻で読むべき といえるかも

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