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7. 十九世紀的人間の楽しみ・・・

 「風」と題する詩を一篇、載せさせていただきます。

   それは格子のあるガラス戸の向こうにあった
   積み木を積んでいた
   積み木は
   格子の枠に嵌った
   日だまりのなかで崩れないでいた
   そのときから時は
   止まってしまっていたようだ
   窓を叩いたものがある
   顔をあげた
   積み木が崩れた
   窓をあけると
   ピリッと切る
   風が通った
   立ちあがったものがいる

 現代詩を荒川洋治氏と清水昶氏に学びました。荒川洋治氏からは先鋭さを、清水昶氏からは深さを身につけさせていただいたといったらいいでしょうか。冒頭の詩は、現代詩とは何かが長くわからず、四苦八苦した挙句の、はじめて荒川氏に認めていただいたときの作品です。

 徹底的に言語を切り詰めて書いていますから、これだけでは何がなんだかと思われる方に、ちょっとだけ説明させていただきますね。これは、孔雀がいた公園の近くにあった、幼児期を過ごした家の廊下での描写です。昭和初期の家ならどこでもあった格子の嵌ったガラス戸。そのガラスを通して射しこむ陽だまりのなかで、私はよく積み木をして遊んでいました。

 現代詩は破壊です。いえ、書くことそれ自体が破壊という行為にほかならないでしょう。自分を破壊しなければ現代詩は書けない。それが徹底した荒川洋治氏の教えでした。詩といえば島崎藤村にはじまって中原中也。そして、リルケにランボー。そういう体験しかなかった私にとって、現代詩との遭遇は衝撃的でした。

 冒頭の詩を提出したとき、氏はじっと原稿に見入ったまま、しばらく無言でした。やがて、顔をこちらに向けられて、「できてますね」と、ニタッとされました。それまでの私の暗中模索、悪戦苦闘ぶりを知ってらいれるからこその、同士のような「ニタッ」でした。

 現代詩の旗手たる荒川洋治氏に認めていただいた記念の詩です。私は詩集をだしていないし、同人誌にも載せなかったので、今まで活字にしたことのない詩。ふっと思いついて、そうだ、ここに載せておこうと紹介させていただきました。

 その後、氏には個人で発刊されている『柿の葉』という雑誌に、エッセイを書かせていただきました。あるとき突然電話がかかってきて、「書いてみませんか」といっていただいたのです。初回のタイトルが「十九世紀的人間の楽しみ」でした。このときも最初は駄目で、書き直しを命じられました。苦しんで、書けないどん底に陥ったとき、ふっと閃いたのがこのタイトルの内容でした。これも、ある意味で自分自身を「破壊」しました。原稿をお送りしたとき、「いいですね。この調子です・・・」といって頂いたのが今も耳に残っています。

 荒川洋治氏の言葉に、とても響いているものがあります。それは、「人にとりいって出してもらおうと思っている人が多いけど、あれは駄目ですね・・・」ということ。「僕はデビューするのに、それはお金を使いましたから・・・」。何も賄賂を使ったとかの話ではありません。デビューしたいなら、それなりに自分で苦労し、出費も覚悟しなさいということです。

 最近知ったのですが、宮沢賢治の最初の詩集『春と修羅』も自費出版だったとか。売れなくて、神田の古本屋さんの店頭に山積みされていたのを、中原中也がみつけて、これはいいとばかりに何冊も購入して、「いいぞ、いいぞ」と、知人に配ったのだそうです。中也だって、そんな余裕はなかったはずなのに、そうしなければいられないくらいに、中也はひと目でその詩集に魅入られたのでした。歌人の福島泰樹氏のコンサートで、氏自身の言葉で伺いました。

 自費出版というと、生涯も終わりに近づいた方が自分史をだすものといったイメージが強く、今まで避けてきました。今回、執筆中の原稿をどうしてもこの夏までに仕あげなければならないリミットを抱えて、仕方なく自費出版を決意したのです。でも、天才方はとっくに、それも、文学者としての最初の時点で、決行されていたのですね。

 荒川洋治氏の「お金を使いましたから・・・」の言葉の背後には、ご自分で紫陽社という出版社を立ちあげられている自負がお有りです。詩集をだそうと思っている人には憧れの出版社です。名前も素敵です。詩集だったら、もしかしたら私もお願いしていたかもしれません。

 たった一冊の紙本と、たった一冊の電子書籍しかないかもしれないネットの出版社を立ちあげようと奮闘をはじめた今、荒川洋治氏の紫陽社が、心の奥の深いところで強烈な印象として残っているからでは・・・という気がしないでもありません。

織田百合子Official Website http://www.odayuriko.com/

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