2008.1.30 王朝継ぎ紙と『王朝美の精華・石山切』展のこと
昨日、王朝継ぎ紙の講師をしていられる近藤陽子先生から、「王朝継ぎ紙だより」が届きました。そういえば、昨年は私のなかで、ちょっとした王朝継ぎ紙のマイブームだったと、懐かしく拝見させていただきました。
王朝継ぎ紙というのは、陽子先生のお母様でいられる近藤富枝先生がはじめられた世界で、『西本願寺本三十六人家集』に代表される料紙を現代に甦らせたものです。
料紙というのは、古今集や家集などで、歌が書かれた紙のこと。色とりどりの和紙に金銀の箔が押されたり、砂子という手法で砂のような細かな粒で金銀が吹きつけられたりしている綺麗な紙。日本人なら誰でも見ているあの紙のことです。
継ぎ紙は、それら料紙を手でちぎってつなげたもの。その繋げ方の精彩さ、斬新さには目をみはるものがあります。私は『西本願寺本三十六人家集』がたまらなく好きで、展覧会に出展されるとかならず観にいっていました。そして、富枝先生がはじめられた「王朝継ぎ紙」も好きで、一冊の本になったときにはもちろんすぐ購入させていただいて、眺めては、あまりの美しさにため息をついていました。
今回、源氏物語に関係する本をだそうと準備していて、原稿も終わりが見えてきたと思ったころ、そろそろ表紙も考えなくては・・・という気持ちになったとき、ふっと、「あの継ぎ紙を、私の手でできないかしら」と思ったのです。去年の八月末のことでした。
それには、原稿の内容が、思いもかけず、源氏物語よりも平家物語に近くなってしまい、それで平家納経を何度か目にすることになったのが大きかったと思います。「平家納経」のような、絢爛豪華なあの色合いを出せたら・・・などと、今考えるとぞっとするのですが、そのときは、やってやれないことはない!くらいの意気込みでした。それは、陽子先生の教室に足を踏み入れた最初の一瞬で「とんでもないこと」と悟りましたが・・・
ネットで検索すると、近くの荻窪の読売文化センターで、陽子先生が教えていられる講座がありましたので、何も考えずにすぐ申し込みました。というのも、あとで、しまった!!と慌てるはめになってしまったのです。それは、授業の日が、聴講に通っている大学院ゼミの曜日と重なっていたのですが、夏休みだったので、うっかりそれを忘れていたのでした。二回目に、陽子先生にそれを告げて謝って、9月末までの三回だけ、受講させていただきました。
でも、たった三回でしたが、とても豊かな世界でした。今でも、原稿の執筆や刊行から手が離れたら、また通わせていただこうと思っています。
こういう教室に通うといいのは、その世界の情報が逐次つかめること。そのときは、名古屋の徳川美術館で、『王朝美の精華・石山切』展が10月6日からはじまるということを紹介されました。陽子先生とお母様の富枝先生は、前日の内覧会からいかれることになってられ、陽子先生は残られて、翌日の記念講演会を聴いてから帰る、というようなお話をされました。
石山切というのは、『西本願寺本三十六人家集』のうちの、「伊勢集」と「貫之集」下の断簡をいうそうで、私は今回のこういう経緯のなかで、ただ好きで見ていた『西本願寺本三十六人家集』を、きちんと把握できました。『西本願寺三十六人家集』は、藤原公任撰の「三十六人撰」に選ばれた三十六人の家集で、白河法皇の六十賀の贈物としてつくられたものだそうです。それがあるとき西本願寺に贈られたので、現在「西本願寺本」の名称で呼ばれているものです。
話がそれてしまうのが心配ですが、この白河院の周辺の文化の雅さといったらないですね。一説には、国宝『源氏物語絵巻』も、この仙洞でつくられたといいますし・・・
このあたりにこだわってしまうと、途方もなくひろがってしまうので、止めますが、その徳川美術館の『王朝美の精華・石山切』展に、私も行きました。せっかくなら、陽子先生が聴かれるという講演の日に。受講しなければ、こういう展覧会があると知っても、名古屋まで行く情熱は起きなかったでしょうし、陽子先生のお話を聞かなければ、初日にかけつけて講演を聴くという配慮もできなかったでしょう。陽子先生に感謝!!です。
ご講演は、福田行雄氏。祖父に、源氏物語絵巻や平家納経の復元をされた田中親美氏をもたれる方で、料紙作家。石山切の分断にまつわるエピソードなど、興味深いお話を伺うことができました。
料紙作家でいられるから、氏のもとには、もうたくさんの料紙がおありです。もちろん、ちょっとした失敗作も・・・。氏は、「皆さん、こんなものでも差し上げると喜んでくださるので、今日も持ってきました」とおっしゃられて、その「失敗作」を5センチ四方くらいに切った唐紙(からかみ)の束を取り出され、聴衆の私たちに配ってくださいました。
唐紙というのは、色の料紙に、雲母で刷った模様の紙のことです。この雲母の温かみのある鈍い銀の輝きが、またたまらないですよね。みんな、思いがけないプレゼントに、わあっとどよめきが走り、会場は一気にどことなく目が血走った雰囲気に・・・。だってせっかく頂いて帰るなら、少しでも綺麗な図柄の紙が欲しいでしょ・・・
福田氏はにこにこと笑まれながら、壇上で「選んじゃダメですよ。上から順にお取りになって、後ろへ回してください・・・」と。
でも、そんなこと、守られませんよね。私は後ろのほうに座っていたので、見ていると、紙がまわってくると皆さん、隣どうしで肩を寄せ合いながら、ひそひそと、選びあっているごようす・・・。でも、そうしたくなって当たり前と、許せてしまうほど、綺麗なのが料紙の世界です。私も選びたかったのですが、どれがいいかもわからないし、上にあった一枚をいただきました。渋草色の地にすすきのような草の模様が押されている紙でした。
日本人て、他愛ないかも・・・。たった一枚のこんな小さな紙で、究極の幸せを手にしてしまえるんですから。
見れば一瞬の世界を、文字で語ろうとすると、とりとめがなく、もどかしいかぎりですので、展覧会のアドレスを付記しておきますね。
http://www.tokugawa-art-museum.jp/special/2007/05/index.html
夏休み明けの大学院ゼミに、三回の受講で作り上げた「料紙の葉書」を持っていきました。印刷物で見ているだけでは、継ぎ紙は単に色塗りした紙にしか見えないから、貼り合わせたものという認識がなく、院生さん方は驚いてました。2ミリの糊代をつくって貼り合わせるわけですが、葉書の糊代の厚みを手でさすったりして確かめて。が、さすが、源氏物語を研究される学生さんだけあって、持っていった『王朝美の精華・石山切』展の図録には、熱心に見入ってられました。
織田百合子Official Webcite http://www.odayuriko.com/