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2008.2.12 飛鳥井雅経と蹴鞠の桜・・・

 そうだ、写真があったと思い出して準備していたら、すっかり時間がたってしまいました。今日は「飛鳥井雅経と鎌倉の蹴鞠」と題して書こうとはじめたのですが、蹴鞠会場を撮っていたことを思い出したのです。私はまだ実際に蹴鞠をするところを見ていないので、この写真を撮ったときが最初で最後の蹴鞠体験です。それでも、「わあ、ここで蹴鞠をするんだァ・・・」と感激しました。いつか、行事の日程を調べて見に行きたいですね。

 HP【古典と風景】に「京都御所と蹴鞠の庭」として写真を載せました。春の秋の二回、一般公開される京都御所。それを訪ねて行ったら、敷地内の一画に蹴鞠の会場がありました。四隅にマンホールのような鉄格子の嵌まった穴があります。プレーをするとき、そこにそれぞれ柳・桜・松・楓の木を植えます。それを懸かり(かかり)といって、鞠を蹴り上げるときの高さの目印にするそうです。詳しいことは、http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%B9%B4%E9%9E%A0でご覧になってください。

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 今日はもう時間がありませんので、予定を変更して、「蹴鞠の名人」飛鳥井雅経ならではの歌が『新古今集』にありますので、それをご紹介させていただいて終わりにします。鎌倉の蹴鞠も、語りはじめたらとめどもなくなりますので・・・

 『新古今和歌集』雑歌上より
    最勝寺の桜は、鞠の懸かりにて久しくなりにしを、その木、年経りて風に倒れたる由、聞き侍りしかば、男(おのこ)どもに仰せて、異木(ことき)をその跡に移し植えさせし時、まず罷りて見侍りければ、あまたの年々、暮れにし春まで立ち馴れにける事など、思い出でて詠み侍りける
    馴れ馴れて見しはなごりの春ぞともなど白河の花の下陰

 最勝寺は白河の「六勝寺」と呼ばれる、六つある「勝」がつく寺院の一つです。現在の平安神宮の南一帯がその地だそうです。雅経は、ここにあった最勝寺の境内で蹴鞠をしていたんですね。しかも、度々。それが、「馴れ馴れて」の言葉になりました。
http://homepage1.nifty.com/heiankyo/heike/heike40.html

 その最勝寺の「懸かり」の桜が年を経て風に倒れたので、別の木に植え替えることになりました。歌は、長く自分の蹴鞠を見守ってきてくれたその桜を悼んで、その前に訪ねて名残りを惜しんだという内容です。懸かりの木と一体になって長年プレーをしてきた、雅経ならではの素敵な歌と思って好きな歌です。

 でも、平安神宮のあのあたりで、雅経が蹴鞠をしていたなんて・・・

織田百合子Official Webcitehttp://www.odayuriko.com/【古典と風景】「京都御所と蹴鞠の庭」をアップしました。

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