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2008.2.3 雪の庭の萩と称名寺の浄土式庭園

 朝から積もった雪で、ふとガラス越しに庭を見ると、萩が雪の重みで先端が地面に届くほど大きくしなっていました。折れたのかしらとドキッとして庭にでました。見ようによっては折れたとしか思えない状況で、半ばあきらめながら。

 この萩は「木萩」といって、木の萩です。紫がかったピンクの花が咲きます。萩には、木萩と草萩があることを、この木を購入して知りました。萩が好きで、とくに源氏物語の「野分」の場面を思い起こさせるような、草になびく感じの萩が欲しくて、緑化センターで探しました。そうしてこの木をみつけて買ったのですが、それは、夏だったから。

 じつは、私が欲しかった「野分の庭」のような感じのでる宮城野萩は草萩で、それは秋にでるもの。夏だったので、「木萩」しかなかったという事情です。夏に花が咲きます。その後、宮城野萩も購入して、それも茂って、今年白い花をつけました。それは秋に咲きました。

 幸い、木は折れてなくて、雪を払うとピーンと勢いよくもとに戻りました。ほんとうは、木萩は花の終わったあと、かなりの枝を切り詰める剪定作業をしなければならないのですが、去年は『紫文幻想―源氏物語写本に生きた人々―』のことで目一杯、手一杯でしたので、気にはしていてもできませんでした。それで、枝が伸び放題に伸びていたのです。そこに雪が積もって、重みで潰れてしまったのでした。ちなみに、草萩は剪定というより根元から一切を刈り取ってしまうのだそうですが、これもまだしていません。

 こんなことなら、一日くらい庭作業をするのだったと後悔したのですが、でも、雪は夜まで降り続くという予報なので、鋏をもってきて、雪のなかでの枝切り作業となりました。

 久し振りです。庭木をいじるのは。この庭がお気に入りになってきたのは、ほんの最近です。というのは、最初にこの萩が、そして次に白山吹と黄色の山吹とが来て、しなしなと枝が風に揺れる風情を醸しだしてくれるからです。最初はいろいろと試みましたし、一度は万葉調にと思ったこともありましたが、「萩を植えたい」と思ったときから明確に、「源氏の庭」を志しています。それも、紫の上の「春の庭」や中宮の「秋の庭」といったような豪勢な美を競うものでなく、「野分の庭」のような庭。源氏物語絵巻の影響が強いのでしょうか、風になびく草むらの風情が好きなんだと悟りました。

 で、ちらつく白い雪のなかで作業しながら、ふと、「庭って、やはりいいなあ」ということ。そして、ふと、「貞顕もこうだったのかしら・・・」と思ったのです。すぐに、「まさか・・・」とは思いましたが。

 金沢文庫に隣接する称名寺は、北条実時創建です。梵字「阿」字のかたちの池を有する「浄土式庭園」として知られています。

 称名寺自体は、実時の別業を寺院にしたものでした。庭も、発掘されて復元されている現在のかたちより少し小さかったといいます。でも、小さくても、私は、実時の別邸で、のちに阿弥陀堂となった建物が建っていた広場に立って、池をみおろすと、実時もここで『源氏物語』のことなどを考えながら窓から池を眺めていたのだろうな・・・という感慨に浸ります。広場は、池より一段高くなっていますので、優雅な気分でみおろせるのです。

 貞顕は長く六波羅探題として、京都に暮らしていました。それで、鎌倉幕府のなかでは最も京の雅な文化を吸収している人物の一人です。『増鏡』のなかでも、六波羅探題として凛々しい姿が描かれ、「こんなところに貞顕が・・・」と驚いたことがあります。

 その貞顕が、鎌倉に戻って手がけたのが、苑池の整備でした。現在、称名寺を訪れて見ることのできるのは、この整備された庭園です。

 この時代、鎌倉の中心部では、時頼の建長寺、時宗の円覚寺というふうに、禅宗様の寺院が中心に建てられていました。貞顕のめざした「浄土式庭園」は、少し時代が古いのですが、あえてそうしたことに、文化人金沢北条氏たる所以といわれます。いかめしい禅宗様と対照的に、京の雅な文化をほうふつとするのが浄土式庭園です。あまり残っていませんが、宇治平等院、平泉毛越寺、いわき市白水阿弥陀堂などがあります。

 貞顕は京都に滞在しているあいだ、法勝寺などたくさんの寺院の庭園をめぐって歩いたことと思います。その蓄積が称名寺の庭園に生かされているのだろうと思って見ると、またひときわの思いがします。

追記: 白水阿弥陀堂浄土式庭園苑池です。
Siramizu07_3Siramizu09   

お詫び:貞顕が登場する古典を『とはずがたり』と書きましたが、『増鏡』でした。2月12日訂正

織田百合子Official Webcite http://www.odayuriko.com/

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