2008.3.31 しばらく前ですが、「さかなのうた」という動画が・・・
2月末のこと、ある女の子の卒業制作の動画が評判になっていると紹介されました。たまたまついていたテレビだったのに、ふっと興味をもって見てしまいました。
「犬尾」という名前で作られたその動画は、なんだかジブリの映画を見ているような完成感。大学に提出したあと、動画のサイトに投稿したら、あっというまに人気になったそうです。
しかも、添付されたコメントが、「みんなのうた的・自主制作音楽アニメーション。アニメどころか映像作ったこともないくせに、血迷って卒業制作に選んでしまい死ぬ思いをしました。
アニメと音楽とうたと、ひとりで孤独につくりました」というもの。動画制作のみならず、作詞・作曲から歌手まで、全部自分でこなしているんです。一人で作ってこの完成感!!! と誰しもが驚異を覚えて当然のできごとでした。
卒業制作というからには、美大か、アニメの学院か、そういう関係の大学です。番組では大学の名前に触れなかった(最初から見てなかったので見逃したかも・・・)ので、ネットで検索しました。なんと、彼女は私の学校の後輩だったんです。
画面に映っていた彼女は細身のとても清楚な人。卒業後は医療関係の事務につくことが決まっているといいながら、動画の人気で関係各所から問い合わせ殺到とか。技術を生かせるところに就けたらいいなあと思いながら、あまり急激に才能を求められて押しつぶされないようにして欲しいなとは切に思いました。フランソワーズ・サガンみたいに18歳でデビューして生涯ととおして成功した作家は珍しく、早い成功はきっとその後苦しみます。久保田早紀さんの「異邦人」という歌が大好きでしたが、あまりにヒットしためにプレッシャーで次ができずに苦しんでられるドキュメント番組を観ました。私にしても、新人賞をいただいた作品を「誰もが生涯に一作書ける小説」なんていわれて、平気で次が書けそうな気持ちにまで回復したのは15年もたってのやっと最近です。苦しみが人も作品も強くし、深くもしてくれますが、潰されてしまったらお終いですものね。
彼女がいた大学は東京工芸大学ですが、私がいたときは東京写真短期大学でした。地下鉄丸ノ内線の中野坂上にありました。当時、写真専門の大学は日大の芸術学科と、千葉大と、そして、私の大学でした。短大ですが、学科・学部というのでなく、写真だけの大学は唯一でしたので、通称「写大」でとおっていました。私が卒業した翌年か二年後かに厚木に四年制の大学ができて、中野坂上校舎も中野キャンパスとして健在です。学部の写真だけでなく、コンピューターからデザインからアニメまで多彩。「さかなのうた」の彼女が在籍されていたのは「メディアアート表現学科」というらしいです。
http://www.t-kougei.ac.jp/
厚木ができて随分変わったのだろうなあと思っていましたが、二年前、大学院の聴講に卒業証明書が必要でとりに行ったら、新しい校舎にはなっていましたが配置は変わらず、ああ、あの辺に学食があったんだ・・とか、懐かしんできました。ギャラリーとかできていて、卒業生としてここで展示できるくらいになりたいなあなどと思って帰ったのですが・・・。
東京工芸大学の今は大きいかもしれないけれど、短大のころは「小さな大学」でした。でも、細江英公さんとか、立木義浩さんとか、先輩にはそうそうたる方がいられますし、自信と自負にあふれたキャンパスでした。ただ、私は、女子校出の文学畑の少女でしたから、活気についていけず落ちこぼれ。技術だけは父がカメラマンだったので身についていて卒業できましたが、挫折のほろ苦い思い出いっぱいの場所です。
でも、「さかなのうた」はいいです!! 「死ぬ思いで」つくることは制作者なら誰もが経験すること。そんなところにも共感しています。是非、ご覧になってください!!http://zoome.jp/inuo/diary/2/
織田百合子Official Webcitehttp://www.odayuriko.com/