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2012.6.2 ツイッターの呟きを転載…プルーストの文章とユベール・ロベールのこと、雪舟「山水長巻」のこと等

5月22日
久しぶりにプルーストを読みました。今まで何回も読もうとしては入っていけなくて中断していたもの。原稿が終わって思考回路が修復されたらなんでこれが読めなかったんだろうと。光行の件がぎっしり詰まっているあいだは物理的に他が入る隙間がなかったみたい。この世は結構物理なんだと思います。

で、今日印象に残った文章は「小説家の着想がすばらしいのは、魂が入り込むことのできない部分を、同じ量の非物質的部分、つまり、私たちが同化しうる部分に置き換えることを考えついたという点にある」。結構プルーストも物理的思考をします。だから好きです。スワンの恋はまだ入るには余裕が足りず…

5月24日
実人生であれば、そのうちのいくつかを知るだけでも何年もの時間が必要だし、最も強烈な幸福や不幸などは、あまりにゆっくり形成されるために私たちには知覚することすらできず…今日のプルースト「第一部コンブレー」より

↑ そうなんだなあ~って、しみじみ思いました。この前後で風景についても同じように語られるのですが、作家によって切り取られた風景が現実の風景より「はるかに大きな影響を私の思考に与える風景」と言っています。先日のユベール・ロベールの絵が私に与えた強烈な印象と相俟って納得しました。

そういえば、ユベール・ロベール展以来、私が見るあたりの景色は、ロベールの絵のような切り取り方で認知されています…。これってとても不思議です。

風間賢二 ?@k_kazama
今日はユベール・ロベールの誕生日。18世紀フランスの画家。廃墟や古代建築物のある風景画で有名。彼に関するドキュメンタリーを発見。監督は名匠アレクサンドル・ソクーロフ。廃墟の監督タルコフスキーに見出されたソクーロフらしい内容と映像だ。英語字幕http://www.google.co.jp/url?sa=t&rct=j&q=hubert+robert+a+fortunate+life&source=web&cd=3&ved=0CGYQtwIwAg&url=http%3A%2F%2Fwww.youtube.com%2Fwatch%3Fv%3DxagQeWt12lQ&ei=EF27T5DsFOaDmQWwlJ3XCQ&usg=AFQjCNHnJljKyPYydPYSLcYrA9kPtaw_6w

5月25日
それぞれの庭では、月光が、ユベール・ロベールの絵のように、崩れかけた白い大理石の階段や噴水、半開きの鉄柵を撒き散らしているかのようだ。月光は電信局をも破壊してしまった。もはや、半ば折られた柱一本しか残っていない。だが、そこには不滅の廃墟の美しさがあった。(第1部コンブレーより1)

駅前大通りは、そっくりコンブレーの公園として造り直されたときに、犬の鳴き声の間に身を潜めたに違いない。どこにいようと、犬が吠えはじめ、それが反響して互いに吠えあう声が聞こえてくると、すぐに私は駅前大通りの姿を認めるのだ、月光に照らされたあの菩提樹の歩道とともに。(コンブレー2)

↑ この美しい文章に逢うために読み進んできた…と絶句するような文章。遠いどこかに響きあうものがあるような広がりあるプルーストのこういう文章には、ほんと、どきどきします。

雪舟の山水長巻を観てきました。会期が原稿の締切と重なってたので場合によってはと諦めていたのですが、今日無事に。16m一挙公開、しかも見逃したら山口県まで行かなければなりません。行けて良かった…

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雪舟の破墨山水図は小品だから展示しやすく何回も観ているけれど、山水長巻はそうはいかなくてはじめて。これを観たいと思ったきっかけの文章が何だったかどなたのだったかどうしても思い出せないでいる。でも、その文章のお蔭で山水長巻が私にとって特別のものになっている。その文章に感謝!です。

破墨山水図が好きで等伯の松林図が好きでそれが水墨画と思っていて山水長巻図を見るとその荒削りにびっくり。でも購入してきた別冊太陽の「不合理なところも腕力で乗り切る。それが雪舟」で納得。先ほどの忘却の彼方の文章も絵画論でなく人物論だった。さらに水墨画関連でなく何かの継承者として…

5月26日
@Thouartmore 恐縮してしまいました。ありがとうございます。そしてパリの空も嬉しいです。ロベールの空の水色が忘れられなくてそれが能裡にあったものですから、先日の引用のあとPCを閉じてから気がつきました。プルーストはロベールの絵のようといいながら月下の光景なんですね。

それをずっと引きずっているのですが、ロベールの絵の抽象性は時空を超えた遺跡が描かれていること。対して失われたでは現実の散歩道だから現実を超越するのに月光が必要だったということ?など考えています。どちらも素敵です。

あれほど入っていけなかった失われた時を求めて…、再開して今はすいすい進んでいます。といっても時間の合間合間をみてなので僅かずつですが、それでも文章につまづくことはなく、というより、長い長い文章の息継ぎに歩調を合わせてたどれるくらいに。プルーストは余裕回復のバロメーターみたいです。

6月1日
たぶん知的生活というのは、私たちのなかで少しずつ進展している。生活の意味も見かけも変えて」しまい、私たちに新たな道を開いたのが真理だとすれば、私たちはそうした真理をみつけ出すべく、久しい前から準備していたのだ。ただ、私たちはそれに気がつかなかった。(続く)

真理が私たちにとって真に意味を持つのは、それが目に見えるものとなった日、ないし瞬間からである。当時、草の上で戯れていた花々や日の光に照らされて流れて行った川の水――(今日のプルースト「第一部コンブレー」より)

かくして現在まで運ばれたそんな光景の一片は、ときとして他とまったく孤絶しているために、私の思考のなかでは、花咲くデロスの島のように定めなく浮遊するばかりで、それがどこの土地から、その時期から――あるいは単にどの夢から――来たのか言うことができなかった。さりながら、(続く)

私は、自らの精神の土壌の奥底にある鉱脈や、私が依然として自分の基盤を置いている鞏固な地層に思いを馳せるように、メゼグリーズのほうとゲルマンとのほうのことを考えているはずなのである。(今日のプルースト2 同じくコンブレーより)

↑ ずっと以前ドキッとした文章というのはふたたび読んでもドキッとするものなんですね。文章に好きな質感というのがある気がします。久しぶりにこんな時間まで起きてしまいましたが、堪能。贅沢な気分で少し就寝します。

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