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2012.6.14 ツイッターの呟きを転載…『家庭画報』で特集のクリムトのこと、『週刊新潮』にあった鳥葬の写真からチベットのこと、ダ・ヴィンチ展「ほつれ髪の女」を観たことなど

6月5日
家庭画報発見! クリムトの時代にカラー写真もあったのです! http://twitter.com/san_minamikawa/status/209822837324787714/photo/1
織田百合子さんがリツイート

クリムトのベター・ハーフ、エミ―リエ・フレーゲが着る彼女自身のディザインによるドレス。 http://pic.twitter.com/2iOiVr2z
織田百合子さんがリツイート

6月6日
@san_minamikawa フォローして頂きありがとうございました。まさかと驚きました。『景徳鎮窯のやきもの』以来たくさんのお仕事を見させていただいています。クリムトの時代にカラー写真があった…、面白いですね!

@odayuriko 徳川時代末期、ヨーロッパでは”黄金の国ジパング”ブームで、公私にわたって各界の人々が長崎の出島を経て日本各地に旅行し、その記録を残しています。ちょうどこの時代に写真が発明されたので、冒険者たちはそれぞれお抱えの写真技師を帯同して日本各地を旅行したのです。

@odayuriko しかし、まだその時にはカラー写真というものはなく、モノクロームだけでした。ヨーロッパの人たちは、これまで見たこともなかった日本の美に魅入られ、美しい光景を乾板に焼き付けて、帰国後それに彩色を施したり、三色の色に分けて版を重ね刷りしたのだと思います。

@san_minamikawa めくるめくようなお話をありがとうございました。聞いたこともないような色彩論にわくわくしました。平安時代の襲の色目に魅せられ色彩こそ日本の美、世界で唯一の文化の国のように浸っていましたが、すでにそれが流出してクリムトに至っているとはと驚きました。

@san_minamikawa たったこれだけのツイートでもう南川様のこれまでのご業績の絢爛たる文化の色彩がはじけわたったかのようです! 凄いですね。目の覚めた思いでこれから学ばせていただきます。まず、今日は家庭画報を購入に…

時間のまどろみ…昨日小川町の男性からいただいたメールの中の言葉。何気ない話のなかにこんな言葉が使われる…。さすが仙覚さんの町の方と思う。先程のヨーロッパ美術を撮り尽くされている南川様のツイートで衝撃を受けましたが、やはり人は浸っている文化でゆたかにも貧しくもなる。文化は大切です

@odayuriko 日本は沖縄を除いて外国から侵略されたことはなく、純粋に日本独自の文化で栄えてきた国と思います。織田様がお書きになっている日本の中世の文化がもう少し海外に紹介されるようになれば、もっと深淵で神秘的かつ高貴な日本文化にびっくりすることでしょう。

@san_minamikawa 有難うございます。さらにびっくりしています。どうしてフォローして頂いたのかふしぎでした。まさかお読み頂いてるなんて。白状しますが私は南川様の後輩です。写真に挫折して籠って今の文学に至ったのですが、写真家だったからこそ見えた世界を書いています。

@odayuriko  え!写大で学んでいらしたんですか?織田さんの目に、心に映ったものを文章で表現する・・・素敵なお仕事です。心よりのエールを送ります。フレー,フレー!!

@san_minamikawa それからもう一つ白状しますと、逃避で逃げ込んだ小説講座の講師の先生が仏文のヌーボーロマンの日本の旗手のような方でした。なのでいつも中世を書いていても仏文の視野が私の中にはあります。その方はもう他界されましたが私の小説が翻訳されてフランスの書店に

並ぶのを夢見ているとおっしゃって下さっていました。ご自身で翻訳されて…。それはもう叶いませんが、フランスの書店に並ぶ夢を私は見続けています。海外の方の日本文化への関心の深さは国会図書館にいたときにも実感しました。マイナーとは思っていず頑張ります!

@san_minamikawa 今家庭画報を買いに出てきました。良妻賢母育成の女子高から家の事情で写大に行ったものですから馴染めなくて大変でした(笑) 入試の面接で穂積先生に卒業したらいいお嫁さんになるんだね、なんて。そんな二年は辛かったですよ。でも挫折したから今があります。

6月7日
今朝から店頭に並んだ週刊新潮の巻末グラヴィアに、先にベルリンに行って取材・撮影した国立美術館展(6月13日から、国立西洋美術館で開催)の見どころを紹介しています。
織田百合子さんがリツイート

レオナルド・ダ・ヴィンチ展《ほつれ髪の女》を観てきました。午前中に行ったのですがなんていうのでしょう、それから言葉がでないでいます。何も呟きたくない、というより思考そのものをまとめる気にならない…。ただ頭のなかにほつれ髪の女と岩窟の聖母とダ・ヴィンチ自身の肖像画とがあるだけ…

夜になれば言葉が戻ってくるかな…と思っていたのですがまだ…。ダ・ヴィンチが描く女性で好きな絵はみんな俯いている。そんなことが目に焼き付いて私まで上を向きたくないような。思考を深める絵ですね、ダ・ヴィンチ。今日はこのまま何かに浸って過ごします。

6月8日
@san_minamikawa 家庭画報のクリムトを拝見した後ですから可愛らしいこのお写真に思わず微笑んでしましました。家庭画報、堪能させて頂きました。クリムトは観ていましたがそれは展覧会で展示されていた単独の作品でしたから、ウィーンでそんなに大きな作家だったとはと驚きました。

@san_minamikawa 「特設の足場が設けられ、眼前に展開する“クリムトの美学の粋”を彼と同じ目線で見る」…、凄いですね。それから絵はがきのページは素敵でした。愛とパッションを頂きました。日本の古い歴史のなかに埋没していますが人間の生き方という意味では共通と思います

Facebookページを整理しました。今まで使い方を絞れずに放置状態でした。が、これからは『源氏物語と鎌倉』をテーマに据えていこうと決めました。まずは25人の方のいいね!を頂いてオリジナルURL取得を目指します。よろしくお願いいたします。http://www.facebook.com/pages/%E7%B9%94%E7%94%B0%E7%99%BE%E5%90%88%E5%AD%90/188841407807114

@odayuriko クリムトが活躍した時代は美術史美術館のフリーズに見られるとおり、ちょうどハプスブルク帝国の終焉の光に輝き、新興勢力が力をつけてきて『接吻』などに見られる、新時代の幕開けの時代でした。クリムトはその”ゼセッショーン”の旗手となって活躍したアーティストです。

ショッキングな写真を見ました。一瞬目にしただけで何の写真かわかったので慌てて閉じて、でも見なくてはいけないと自分に言い聞かせて静かにそれとなくあまりはっきり見えないよう目をそらしながら見て…。鳥葬。チベットの青い空の下、大きく羽根を広げ群がる猛禽たちの下で何が行われているか…

鳥葬は文章では読んでいましたが写真を見るのははじめて。たしかキャプションにもはじめての写真とあった。目をそらしたくなる光景だけど、それはなんと敬虔な印象だったことか。そして美しかった。空が美しく猛禽の羽根が美しく見守る番人の顔がたんたんとして美しく…。荘厳としかいいようがなく。

チベットに憧れていた時期があって鳥葬という儀式自体にも関心をもち読んでいました。風化という言葉と相俟ってとても自然なことに思えるのです。今日の写真でも決してそれは残虐でなく自然で美しかった…。たぶん私のなかでの理想…とまで思います。宗教や経済と無縁の自然のままの崇高な儀礼だから…

鳥葬の写真は週刊新潮6月14号に。南川三治郎様が巻末に「先どり ベルリン国立美術館展」を載せてらしてそれを拝見するために購入した雑誌。お蔭で鳥葬のような貴重な写真を見ることになりました。この号、大切に保存します。

南川三治郎様のお仕事は今更私が言うことでもないけれどどうしてこんなにと驚くことばかり。でもこの週刊新潮は美術展の完璧な紹介でなく「先どり」だから、日本へ美術品を発送する直前のあちらのキュレーターの方々のヒューマンなお写真にあふれていて素敵でした。最初の一枚が最後の一枚に呼応して。

@dkusunoki チベットに行かれたんですか。そして鳥葬の見学?びっくりしました。河口慧海師はチベットに入るのにそれは苦労されてでしたよね。私もいつかチベットにと思いつついつかしら忘れていました。心が風化して…。強烈にそれが蘇りました。

@dkusunoki 嬉しく拝読させていただきました。つい先日もこのTLでチベットへの入国はまだ駄目と読んだばかりなのにと不思議でした。映画「Seven Years in Tibet」も思い出しました。ラストのシーンで涙が止まらなく…。あの青い空の世界…、ですね。

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