« 研究会《大阪城を解剖する 地下・石垣・建物―新技術による復原の試み―》のお知らせ | Main | 2012.6.14 ツイッターの呟きを転載…『家庭画報』で特集のクリムトのこと、『週刊新潮』にあった鳥葬の写真からチベットのこと、ダ・ヴィンチ展「ほつれ髪の女」を観たことなど »

2012.6.11 ツイッターの呟きを転載…ランボーの詩、プルーストの鐘塔、そして満月とアラジンの魔法のランプ

6月4日
おはようございます。久し振りに井の頭線に乗ったら沿線の紫陽花がもう咲いています。

プルースト、弍を持ってきたつもりが、いざ読もうとしたら壱。折角今日からスワンと覚悟を決めて出てきたのに…

6月5日
満月とアラジンのランプ…これを撮りたくて買ってしまいました。ユベール・ロベール展のときの会場で売っていた飾り用のランプ。満月の下でどう写るか、今夜を待っていました。

Aujkkc6cqaeeeao

@YUMIX_free 素敵なコメントをありがとうございました。

@fskipft りな様にそういって頂くとほんとうに素敵なんだって、嬉しいです!

人との交流は素敵だし楽しいけれどそれは一種のざわめきだから波が鎮まるまで本質が見えてこない。小川町の印象がまとまらなくて困っていたのだけれど昨夜の満月に照らされて鏡面のようになった心に浮かんだもの。それは仙覚の万葉集も慈光寺経も一級なんだということ。一級の文化だから私は…と。

昨日いつも応援して頂いている先生とお会いすることがあったらあちらから近づいていらして「頑張りましたね」と。光行の鎌倉下向を書いた先日の論文を見て頂いていたから。私の中でもこれで光行関係の追及は成就と思っている。昨日の満月…、頂いたお言葉がしみじみ嬉しく満願の気分でした。

夕焼けが凄いです@武蔵野市

20120605

6月6日
青き夏の宵や…。毎年この時期この時間になると浮かぶ詩句。ランボー。高校の教科書にあった…。こんなにも沁みて覚えている。教科書の影響って凄いとその時々に思う。なほ冴ゆるの永福門院もそう。偏差値の教育ではこんなゆとりは育たないでしょうね。とりあえず、これからやっと自分の時間です。

6月7日
@Hirosh_athene 古典を古典としてでなく文学として感じたいと思います。たぶん、キーン先生も、高遠先生がプルーストのあとがきに引用された吉田秀和先生も、源氏物語は文学だったのだと思います。そうすると時空を超えた高みの世界で精神の高揚を楽しめますものね。

やがて、鐘塔の輪郭線や表面が、まるで何かの皮のように破れ、その中に秘められていたものが少し私に見えたこともあって、一瞬前には存在していなかったのに、いまや言葉で表現しうる、ある考えが浮かんだ。そして、つい先ほど鐘塔を見て感じた喜びが…(今日のプルースト 第一部コンブレーより1)

ますます大きくなったので、陶酔に包まれた私はもうほかのことを考えることができなかった。そのときである。すでにマルタンヴィルから遠く離れたところで振り向くと、もう一度鐘塔が目に入った。日が沈んだあとだったので、今度は鐘塔は黒々として見えた。ときどき、道を曲がると(プルースト2)

見えなくなった。それからもう一度姿を現し、ついにはまったく見えなくなった。(プルースト3

↑光文社古典新訳文庫『失われた時を求めて』壱を終わり弐に入ろうとして、先日間違って壱を持って出かけてしまいました。実はこの鐘塔の部分、ツイートしたくてたまらなかったのですがおこがましいからとひそかに見送っていたもの。間違ったお蔭で改めて読み直してやはりと引用させて頂きました。

『失われた時を求めて』弐は、スワンの恋。壱と違って文章の引用など悠長なことをしていられそうにありません。この小説が時間をテーマに書いていて、壱と最終章が呼応しているなら、それがどのような文章になっているのか、途中を飛ばして早く見てみたい気も…

6月9日
@odayuriko 大学二年の村上菊一郎先生の授業で最初に覚えたランボーの原詩でした。Par les soirs bleus d'été, j'irai dans les sentiers.Picoté par les blés, fouler l'herbe menue...
織田百合子さんがリツイート

@Thouartmore 息がとまるかと思うほどびっくりしました。RTありがとうございます。この呟きのあと丸善で他の方の訳をみて同じ詩とはとうてい思えず何度もほんとうにこれ?と読み返したほど。如何に翻訳が訳者の方で違うかを思ったのでした。この詩、ほんとうに好きです。

|

« 研究会《大阪城を解剖する 地下・石垣・建物―新技術による復原の試み―》のお知らせ | Main | 2012.6.14 ツイッターの呟きを転載…『家庭画報』で特集のクリムトのこと、『週刊新潮』にあった鳥葬の写真からチベットのこと、ダ・ヴィンチ展「ほつれ髪の女」を観たことなど »