9月1日
たった今閃いたこと。『北条時頼と源氏物語』の原稿。わかりやすい文章に書き直す作業に入っているのだけれど、副題がないなあと思ってました。それが今「源氏物語・陰の司令官時頼」と。史料には出てこないけれど、原稿を書き進んでいたらそうとしか思えなくなってきました。
9月2日
源光行が育った六波羅の地。現存する平家の遺構として旧武田病院敷地内にあった積翠園のことを書いていて、そういえばどうなったかしらと検索。私が訪ねたのは2011年。その年の暮れに病院が閉鎖になりました。現在は工事中で外資系のホテルになるそう。庭園はもとのまま保存されたのでしょうか。
六波羅の積翠園。現存する重盛の小松邸跡というので訪ねました。中島もある回遊式の庭園。平安時代の庭園はゆったりしていいですね。舟遊びもできそうな広さでした。
重盛邸跡という積翠園を書いているのですが、そういえばあの時鳥が前を横切って慌ててシャッターを押したのだけど上手く撮れなかったのがあったなあと。平家の公達が舞い降りたみたいと不思議な気がしたのでしたが改めて見たら縹色。アオサギでした。

2016年完成予定フォーシーズンズホテル完成図を見ると優雅な平安風。「敷地内には800年の歴史を持つといわれる積翠園がありますが、ホテルの庭園として保存します」とのこと。宿泊しなくても見られるなら素敵。
http://www.kyoto2.jp/entry/2015/01/10/200028
外に出たら黄金色の雲が綺麗でした。ズームして撮ればよかった。

詰まって気晴らしに吉祥寺。わかりやすい文章で書き直しているうちに、だんだん副題を昇格させて、タイトル自体を『源氏物語・陰の司令官北条時頼』にしたくなってきました。やっと主題が見えてきた気が。原稿は四苦八苦して最後まで書いてやっとということもある。(と、ひとり納得)
9月3日
鎌倉のある方からメールが。時頼と源氏物語の原稿第八章宗尊親王を読んで下さってのご感想。鎌倉文化の発掘、本当に有り難く感謝とありました。こういうふうに受け止めて下さる方がいらして、そういう方に巡り合えたから心強く進めていけます。こちらこそ感謝の朝です。陰の司令官時頼の章です。
9月4日
予定って重なるものですね。来週の鎌倉行き、久々で楽しみにしてたら別件でやはり鎌倉。こちらに行くしかないと思うけどいずれにしても鎌倉だからと楽しみに。なのに今朝の電話でついに鎌倉ではない予定が。やはりこちらに行くしかないと気持ちを切り替えつつ流れは今は比企・・・を確認。
9月5日
「以降」と書いて「それから」と書き直す…、先日仙覚についてコラムのような文章を書いてから何かが弾けてきています。今日それを読んで戴いた方からお葉書。「実にすっきりとしてよい文章」と。その方も現在ご執筆中で「一般の人に判るように編集の方から注文がついて」いるので参考になりましたと。
書き直し中の時頼と源氏物語の原稿、ようやく意識の深い扉が開き埋もれていた書くべき事柄が浮かび出てきました。ここに来るまでが大変。第一稿では書き飛ばしてました。二稿目になってやっと本質が見えてくるなんて。埋もれていたものはすでにこなれたものなので、気づきさえすれば書き進められます。
突然、第一章の書き直し作業終了。第一稿の書き飛ばしていた事項を埋めるのが大変でした。けれど、それをしてみるとあとは第一稿のままでいける。それで突然すとんと終了。呆気にとられました。埋める作業に二、三日四苦八苦していただけに。
9月6日
玉簾が咲きました。本当はじっくり向き合って撮りたいのだけれど今は無理でスナップショット。文章もじっくり繰り出してからいいものが書ける。写真も同じ。今もまだ向き合ってねばってようやくシャッターを押すスタジオ写真の世界に戻りたくなります。
