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2016.3.22 ツイッターから転載…鎌倉文学散歩「中世の鎌倉を歩く」~『十六夜日記』と浄光明寺周辺

3月10日
鎌倉文学散歩、はじまりました。

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寿福寺様。ガイドさんが丁寧に説明してくださってます。

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英勝寺様は太田道灌の子孫の女性が徳川家に嫁ぎそのゆかりの尼寺で、門の飾りが葵に桔梗。桔梗は太田道灌の家の紋とか。今日のコースに英勝寺様は入ってなかったのですが通り道なのでガイド協会の方が説明して下さいました。

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浄光明寺様裏山に登る階段の途中で立ち止まって見た凝灰岩の岩山の切岸。ビャクシンが延びています。これはガイド協会の方に教えられて見た光景。一人だったら気がつきません。

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冷泉為相卿墓の宝篋印塔は網引地蔵が安置されている岩山の上にありました。

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冷泉為相卿のお墓の宝篋印塔です。

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為相卿のお墓がある場所の下を横須賀線が走って行きました。その線路脇に母阿仏尼さんの供養塔が建っています。大変な人生だった遠い京都から鎌倉にいらしたお二人。為相卿は母の死に目に会えてないんですよね。こうして相対して今は寛いで。

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為相卿のお墓から降りてきたからか、梅の木の綺麗な枝ぶりに心惹かれました。

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為相卿のお墓がある裏山から浄光明寺様本堂に降りる道筋の脇では椿が満開。ほんとうに山道の紅い椿は映えます。

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浄光明寺様の岩山。ブラタモリで高橋慎一朗先生が説明せれてましたが、惹かれます。

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浄光明寺様阿弥陀堂。仏殿は古いです。

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こちらは海蔵寺様の薬師堂。先の浄光明寺様阿弥陀堂ともども古い建築で、鎌倉時代まで遡るかどうかは記憶が不確かですが、鎌倉時代の寺院の光景はこうだったのだという感じでした。

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以上連続ツイートさせて頂きました。ガイド協会の方のお話で、建長寺様のある山ノ内は北条家の本家の寺院群。源氏の寺院は鎌倉の東にあって金沢街道沿い。対して今日のコースは北条家の分家の寺院地帯ということでした。

ガイド協会の方の資料によると、廃寺になっている新清涼寺の釈迦如来像は現在横浜市にある真福寺に客仏として祀られているそう。検索したら年二回の御開帳で4月8日がその日。まもなくというのも偶然です。いい機会だから参拝したです。鎌倉では清涼寺式釈迦如来は他に称名寺と極楽寺にあります。

先程ツイートの浄光明寺様は鎌倉時代よりももっと重要な歴史に関わっています。それを書いておかないと。足利尊氏が後醍醐天皇から謀反の疑いをかけられて苦悩し、戦いを決断するまでの一時期蟄居していた寺院と伝えられているそうです。直義も篤く信仰し、念持仏という地蔵菩薩様が安置されています。

多摩の講座の最終回に向けて卒業記念のような意味で企画した鎌倉文学散歩も無事に終わりました。13名のご参加。多摩の方を鎌倉にお連れするという私の夢が叶いました。ガイド協会の方も昨年の鎌倉文学館での講座で知己になっているから「お待ちしてます」と言って下さってそれも嬉しかったです。

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2016.3.21 ツイッターから転載…鎌倉かるた大会のこと、親鸞の最初の結婚玉日姫のことから親鸞伝の不可解について

3月3日
冬に植えた球根のミニアイリスが咲きました。モネのアイリスに衝撃を受けてアイリスファンに。でも家であんなふうには育てられないからミニアイリスをと思ったら、ほんとうにミニでした。

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3月5日
今日は暖かい予報ですね。でもまだダウンのコートで大丈夫。街で短い革ジャンの人を見かけるようになったから昨日私も着て出たら、帰りが寒くてヤバイと思って帰宅早々暖かくして本格的に休みました。お陰で疲れがとれ風邪もひかずに無事に今日の始動です。3月初旬は慌ただしく気が抜けません。

今日は鎌倉かるた大会@建長寺でした。4人一組で、今年の参加者は100組。トーナメント方式で争います。今年の優勝チームは準優勝を4回もとってるのに優勝はまだ。というわけで悲願の挑戦。大学生になってました。写真は開会式の様子。

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かるた大会からの帰りです。お手伝いは審判。緊張したからいささか疲れ果ててます。でもこういう機会だからこそのお付き合いも。去年一緒に審判した方からお手製のマーマレードを頂きました。一年前を忘れずわざわざ持ってきて下さって。それから知らない方からブログ読んでますよと言われたり。

メモ: 書こうとして中断している仙覚・玄覚の論文。先日ある方にその話をしたら、それは成り立つと思うけど今書くのは早いと言われたからでした。待ってればきっと他に資料が出てくると言われ、まさかと思っていたのですが、今日の会場で何気なく頂いた情報が俄然今頃になって結びついてきています。 それは川島町の金剛寺について。その方は先日の妙本寺様密葬儀の場でそれをご入手と。

メモ:試案【万葉学者「仙覚・玄覚」と比企一族】

3月6日
鎌倉文学散歩の資料作りに必要な本を借りに図書館に行ったら仏教の棚にこの本をみつけて借りてきました。佐々木正氏『親鸞・封印された三つの真実』。これは親鸞が九条兼実娘の玉日姫と結婚していたかが歴史の真実か否かを知りたい私には見逃すことのできない本。そう直感して。比企に兼実ゆかりの月輪神社があり、それを地元の人は玉日姫の屋敷があったからといいます。が、玉日姫の存在は今まで否定されてきました。が、その後松尾剛次氏『知られざる親鸞』で実在を確認したのですが、佐々木氏のこの本はさらにもっと深くそれを読めそう。仙覚・玄覚の論文に気が向いてきた今親鸞とはと我ながら…

一日で読めそうと思って親鸞の本を持って出たのだけれど疲れが溜まっているからすぐ睡魔に引き込まれて進まないでいると、出先で戎光祥出版『足利尊氏』を戴く。鎌倉文学散歩の浄光明寺は尊氏ゆかりの寺院だから読まなくてはと思っていたからこちらを先にとの啓示かも。親鸞の本は後回しに。

3月7日
吾妻鏡を読む会の帰りです。親鸞本はともかく文学散歩の為の資料用に、多摩の講座では徒然草、実時奥書のための尾州家本関係、そして降って湧いた仙覚の論文…、とこれを数日単位で切り替えて読むのはきつい。出先で本の企画が決まったからよろしくとのお話も。糸が切れた凧みたいな迷走気分です。

いつもすぐにお返事下さる先生からなかったから変だなと思っていたら戴いたご著書に挟んであって、先月の会に私が風邪で休んだものだから教室の一人が借りて帰って先に読みましたと。道理で新著にしてはピリッとした感じがないと思ったのが納得。細かい事を気にしない先生らしいなと微笑ましく。

外に出たら霧が出ていました。いつもの街がまったく違って素敵でした。それとは別に、霧の中を歩くのは不思議だ、どの木も他の木が見えない、というフレーズを久しぶりに一人でつぶやきました。

結局、やはり、親鸞本が気になって、読み始めたらやめられなくなって、途中どきどきまでして、拝読中。たぶん、読み終えるまで突っ切るでしょう。

メモ: 比企では建久七年(1196)の兼実失脚を記す勢至堂があるのを玉日姫の館があったからと説明するけど、親鸞との結婚は建仁元年(1201)だから、失脚当時まだ親鸞と玉日姫は結婚していなかった…

3月8日
昨日帰宅したら届いていました。清水亮編著『常陸真壁氏』(戎光祥出版)。昨日の会のお一人が(私とほぼ同年)学生時代に書いた原稿が突然発掘されて載ったそう。「私の手元にさえ残ってないのに」とご本人が驚き。後輩が真壁氏を調べていて発掘したのが掲載に。素敵な大学だなあと。拝読が楽しみ。

ここはもうすっかり春!@井の頭公園西園

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ヒヨドリが嬉しそうに群れてます。

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吉祥寺の古本屋「よみた屋」さんに谷崎源氏物語の一式が出ています。和綴じ本ぽい、茶色く古ぼけた全集です。先日のシンポのご報告で「である」調は旧訳と教えて頂いたので中を見たら旧訳でした。一冊100円。全13冊。よほど買いたいと思ったのですが?

親鸞にとどまっているわけにいかないので駆け足で梅原猛『親鸞「四つの謎」を解く』拝読。これは私が読んで惹かれた三つの書、松尾剛次『知られざる親鸞』、佐々木正『親鸞・封印された三つの真実』、石丸晶子『式子内親王伝ー面影びとは法然』を総まとめにした内容。玉日姫の実在説派です。

親鸞の伝記の不可解についてわかったこと。それは親鸞の曾孫覚如『親鸞伝絵』と妻の手紙『恵信尼消息』が絶対的史料とされてきた為。でもこれは「東西本願寺・日野氏」の史料で、抹殺された史料に覚如の子の存覚『親鸞聖人正明伝』がある。こちらは仏光寺・九条家。玉日姫は九条兼実の娘だから、親鸞の

最初の妻が玉日姫だったというのでは日野氏側が主導権がとれないための抹殺。恵信尼は日野氏のゆかりらしいです。江戸時代までは両方共に受け入れられていたのが、明治以降決定的に潰され、玉日姫の実在までが疑われてしまったようです。九条家ゆかりの寺院には木造の玉日姫の彫刻が複数。

スケジュール表を見るのを忘れていて先程確認したら比企万葉幻想の締切があったのに気づき、何も書くことがない…と焦りました。が、じきに玉日姫を書けばいいと思いつき、もともと親鸞の最初の結婚にこだわったのは比企につきのわ駅があるのを不思議に思ったからだったのだと。親鸞本が役立ちました。

3月10日
多摩の講座の準備に取り掛からなくてはならない時期だから徒然草を持って出ようと思ったのですが気が乗らず、机上にあった岩坪健氏のご論考のコピーを持って出て車内で拝読していたら、兼好が青表紙本を書写したことが書かれていて俄然奮起。兼好と源氏物語の関係は楽しい! なんか不思議な展開と。

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2016.3.9 ツイッターから転載…尾州家河内本源氏物語の実時奥書自筆問題、少し時間をかけて取り組んでみます。と、都立有栖川宮公園にできた光の道など。

2月20日
横浜。雨はまだ優しいけど夕刻から荒れる予報。『筆蹟のテツ』を出された佐藤文子さんの鎌倉ペンクラブでのご講演です。無事に帰る事ができるか、一応懸念して用意してきたけど、と思案しています。

鎌倉の帰り。でも雨はまだ大丈夫。荒れ予報のせいか車内がいつもならラッシュなのがゆるゆる。久々にペンクラブの方々と席を囲んできました。早く越して来て心ゆくまで話そうとか早くマンションに一室を借りなさいとか有難いご配慮。タウンニュース鎌倉版コラムも浸透していてその影響は大きいです。

たぶん、また連載を頂ける。明日の編集会議にかけてみますと。タウンニュース鎌倉版と侵食し合わないといいのだけどとご心配頂きましたが、それは大丈夫。同じ鎌倉の同じ時代を書いても主人公一人ひとりに別の時間が流れていますから。というわけで、竹御所を書こうかともうきもちがうごいてます。

2月21日
春蘭。開いたらしいのに下を向いているからカメラで覗いたらやはり。左の白いのは薄皮を被っている蕾。三個咲きます。春蘭って、名前が素敵ですよね。

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白い椿がまだ咲いていると思ったら、隣の木の根元に紅い椿が落ちています。隣の椿は紅い花だったよう。なぜか白い椿が一緒に落ちています。誰かが運んだのでしょうか。

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2月23日
先夜頂いたお電話で気持ちが定まってきています。尾州家河内本源氏物語の実時の奥書問題。私は専門家でないし資料を読む訓練を受けてないからここまできたら後は専門家の方に委ねてと思っていました。が、お電話でそれではいけないと。これから本を書こうとしているなら貴方の中に確固とした自信がなければいけない。今の貴方にはそれがないんでしょと。私がするより専門家の方に任せた方が安心とある意味投げやりな境地だったのを完全に見透かされました(笑)。実時の資料をあたる処から始めなさいというご助言をこれから実行していこうと思います。何よりそこまで言って頂いた事に感謝して。

時頼と源氏物語の原稿は最後の大詰めにきています。これは従来知られている武士の世界だけが鎌倉ではないことをもっと知って頂きたい一心で書いてきました。でもタウンニュース鎌倉版のコラムでその役割は果たせるので今は別の次元の本にしたくなっていた処です。尾州家本の件はタイムリーでした。

満月@井の頭公園 今夜は空がクリアでないのでかえって満月が風情あります。携帯では出ませんが。

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ゆっくりと、夜、三脚を構えて、絵本の中の森のような形の樹木の枝越しの満月を、一眼レフで撮りたい。今だって、そうしたければすればいいのだけれど、魂に余裕がない…。絵になる光景は身近にありいつだってそれを掴めばいいだけのこと。絵になる光景は魂の中にあり、ただそれを取りだすかどうか。

2月24日
今日はこれから通親の高倉院厳島御幸記をパワポで作ります。とはずがたりは鎌倉で一回しているからそれでいいのだけど、二条が通親の曾孫のことは入れてなかった。高倉院厳島御幸記にある源氏物語世界と二条が経験した源氏物語世界。それが具平親王まで遡る家系の話というのはどう考えても凄いです。

2月25日
日が射してきました。欅の枝ぶりはほんとうに好きです。

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多摩の講座五回目終了。あと一回。というもののその一回が徒然草。まだした事ないから一からパワポを作らなければなりません。でも新説が出てそれまで合わなかった辻褄が合いそうだし、ちょうど実時の奥書の件で金沢文庫に回帰するところだし、たぶんタイムリーなのでしょう。散歩は無事何人かご参加。

2月26日
桃の花。昨日頂きました。

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そういえば昨日は夕陽のオレンジ色が強烈でした。たぶん空が絵画のように綺麗だったと思うのですが、京王線が夕陽を隠すように最後尾を夕陽の空に向けて走っていて、見えなくて、残念でした。

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TLに高一族の話題が流れてますので、以前行った足利の写真を出してみました。名草地域の金蔵院は一族の高南宗継の館が寺院になったと伝承されています。高師直の指揮下に入った方だそうですね。

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金蔵院の近くにある清源寺は宗継の建立だそうです。少し離れた山中に宗継を中心に五輪塔が数基安置されていました。

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2月27日
オレンジ色の夕陽@都立有栖川宮公園

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光の道@都立有栖川宮公園 嵐のCMにヒントを得て、もしかしてできてるかしらと探したら、出来ていました! ちょっと小さいけど、東京の光の道です。

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光の道をもう一枚。といっても、これは光の階段かな?@都立有栖川宮。 嵐のCM素敵ですね。こういう見方、はじめてです。海上で朝日が昇る時の光の道は見てますが。

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都立図書館でたっぷりコピーしてきました。尾州家本奥書問題に戻っての始動です。多摩の講座の最後の徒然草にかかる前に見当だけでもつけておかなくてはと。八木書店様の影印本が完結してはじめて。十巻揃えて書庫から出して頂いて1ページ1ページ丹念に見ました。これからこれをしていきます。

メモ:来月の講座の『徒然草』。鎌倉篇・源氏物語篇・兼好篇の三つの構成にしようと思いつきました。鎌倉篇はもう普及している話だからご紹介程度。源氏物語篇は兼好への源氏物語の影響に絡めて尾州家本との関係を。私は兼好は尾州家本を手にしていると思っています。兼好篇は研究篇ともいえるかな?

2月28日
桃の花が一輪、開きました。もともとの大きな束の花瓶に活けたほうでなく、こぼれて捨て難くてカップに挿していたもの。可愛いです。

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2016.3.2 タウンニュース鎌倉版コラム第三回【同い年 北条実時と第四代執権経時】

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ツイッターより転載

2月19日
タウンニュース鎌倉版に連載のコラム第三回【同い年 北条実時と第4代執権経時】です。鎌倉のあまり知られていない歴史、でも表舞台の重要な歴史に踏み込んでいきます。よろしくご高覧ください。
http://www.townnews.co.jp/0602/2016/02/19/320855.html

第4代執権経時は時頼の兄。早世して時頼が第5代執権になります。その経時と実時が同い年ということが歴史の鍵になっています。今回はそれを書きました。「尾州家河内本源氏物語」奥書に名を残した実時の執権家との関わりの始まりです。昨夜のある方からのお電話も私が実時を書いているから。

それほど実時は金沢文庫に重要な人物なのです。なにしろ創設者ですから。実時を軸に「尾州家河内本源氏物語」の成立までコラムを続けたく思いますが、その途中、歴史では宮騒動・宝治合戦・宗尊親王下向・更迭等、大河「時宗」の時代が展開していきます。尾州家本の成立まで気の遠くなる長さです。

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