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2017.12.1 ツイッターから転載…詩吟の会の講演【源氏物語の歴史と鎌倉の文化】於鎌倉市生涯学習センターを終えて

11月27日

BS-TBS後白河上皇。観ましたけど通史のおさらいで新味がぜんぜんなくて面白くありませんでした。小林泰三氏がツァラトゥストラとまで言っている人物なのに。結局歴史を学問的に事象だけでみるとああなるんですね。

 

小林泰三氏が「絵巻物で武士に勝った帝」で井上靖の『後白河院』と五木寛之の『親鸞』に登場する後白河院を、棚橋光男氏『後白河法皇』の出版前と後と位置付けていられますが、それくらい研究の進展は文化に変革を及ぼします。今日のBSはなぜ未だに出版前? 親鸞の後白河院、凄い!です。

 

今日はパワポをUSBに入れてバッグに詰めて出かける支度さえすればいい日だったから、マニキュアをしながらテレビを見たり、衣服にアイロンをかけながら後白河院を見たり、結構終日テレビを見ていた気がする。たまにはこんな日があってもいい。

 

11月28日

戸塚駅ホーム下を流れる川に白鷺が二羽いました。

 

生涯学習センターでの講演は無事に終わりました。今は今日の予定の2つ目。鎌倉歴史文化館での永福寺の講座に来ています。まもなく開始。安達氏の菩提寺無量寿院跡に建つ会館。夜の光景は貴重です。

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鎌倉の帰り。まもなく地元の駅に到着です。

 

11月29日

おはようございます。生涯学習センターでの講演を無事に終了。素敵な会でした。詩吟の会主催だから皆様情緒というものを知っている方達で講演を楽しみにして下さっていて、講演中も目をきらきらさせて聴いて下さってました。仙覚が訓点の最後に残った152首に付けた功績をお話したら拍手される方も。

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会場は280名入るのですが立見を余儀なくされた方も多く、主催者さんが「会員だけでは満席にならないからどういう方がいらしたのかしら」と謎がってられました。Twitterからいらした方にお一人ご挨拶を頂きましたが、私の発信でいらした方が他にもいられるなら、ありがとうございました。

 

昨日はさすがに疲れて夜の鎌倉歴史文化交流館での永福寺の講座は拝聴しながら時々眠りそうに。鎌倉の講演は2010年11月に初めて昨日がちょうど七年目。最初の活動から支援して下さっている方も来て下さって、写真はその方の撮影です。二人で「七年たってここまで来たのね」と感慨に耽りました。

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連ツイ済みません。ふと思い出して。ある男性が、「写真が綺麗で眠る暇なかった。次から次へ写真が繰り出されるのでそれに気をとられて見ている間に終わってしまい、短かった」と。写真を背景にキャプションを書き込んだスライドを132枚用意して、お話し終わって時間を見たらぴったし90分でした。

 

飛鳥井雅経は頼家に蹴鞠を教えた人だから、来年秋の講座「鎌倉の蹴鞠物語」の重要人物。講座の幹事さんもいらして下さっているので雅経のスライドをたった二枚入れました。そうしたら全く別の人が「飛鳥井雅経って魅力ありそうな人ね」と。雅な魅力というのはなにか不思議な芳香を放っているようです。

 

平家の都落ちに際し、父俊成のもとには薩摩守忠度が、定家のもとには同世代の行盛が、歌を預けて去ったほど、定家たちは平家の方々と親密でその栄華の恩恵を受けていたとお話しました。それが「青表紙本源氏物語」など『源氏物語』の写本をつくる思いにつながったと。そのスライドです。

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「流れての名だにもとまれ」の歌は、何回講演しても、読むたびにぐっと詰まって涙ぐみたくなります。

 

明遍僧都様、RTをありがとうございます。『源氏物語』の二大写本は定家と光行の平家の方々を追悼する思いから制作されたというのが私の原点ですが、この視点からみると最近時政も運慶も、この時代の人たちはみんな心に平家への哀惜を持っているのだということが見えてきています。

 

メールボックスを開いたら、昨日の講演を聴いて下さったという方から頂いていました。存じ上げない方です。講演に備えて事前に『源氏物語と鎌倉』を読んで下さってのご参加で、講演を聴かれてよくわかったと。嬉しいお知らせですが、どこで情報を入手されたのでしょう。

 

昨日鎌倉の方と歩いていたら刀匠正宗工芸所前を通ったので、この近くに運慶の邸宅があったそうとお話したら、その方が「そうよ、だって運慶の子孫を名乗る方がいるもの」と。私は運慶の邸宅が鎌倉にあったと知って驚いたばかりなのに、鎌倉に住む方の歴史感覚は次元が違います。

 

先ほど仙覚の小説が完成したらと書きましたが、講演も終わり、もう私はほんとうにそこに邁進だなあと思います。体力に不安を感じて以来諸々のこともすべて譲って残すのは私一人の世界。なにものにも侵害されない楽しい世界。今日はそんなことを考えながら机周りを整理しています。

 

「私は20分しか拝見できなかったけど、貴方が丁度万葉集の残りが鎌倉で訳されていたというくだりを聞けましたのでラッキーでした。拍手が出た理由良く分かります」と講演に来て下さった鎌倉の知人からのメール。先ほどの「なにものにも侵害されない世界」こそ仙覚の万葉集への思いだったんですよね。

 

久しぶりになんにも追われていない終日。のんびりしているから呟き多めで済みません。

 

だけど、私の仙覚の小説は現代に通用する文学として書いているから時代小説とは違うなあ・・・とは思うのだけれど。

 

今更ですが仙覚が鎌倉で最後に残った152首に訓点を付け終わったということをお話する時に使ったスライドです。(編集したパワポなどデスクトップ上にある今回の講演用のものをHDDに入れる作業をしています)

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