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2017.12.7 ツイッターから転載…タウンニュース鎌倉版コラム特別編「運慶との関わり 東国と源頼朝と北条時政と」の紙面など

12月4日

ただいま《望》です《現在の月齢 15.17(at 00:47)

 

こんばんは。たまたまTLを眺めていて、只今ぴったり望です、の月齢君。そうっか、望だったから今日は何もする事がなかったんだと妙に納得。11月はかなり突っ走ってました。何がメインでハイライトだったかわからないくらい。とりあえず来年1月に申込んである講座を楽しみに年内はゆっくり過ごします。

 

(家康についてのTLを読んで)感情を表さない家康の大物感。わかる気がする。なにか暖簾に腕押しみたいなのだけれど暖かく泰平、って感じ。慣れると大きな掌にいる信頼感に繋がるのでは? 対話や関係を重視し過ぎる現代に稀有かも。

 

感情、感覚、感性、といった領域と違う次元に、理知、透徹、達観、といった地平があるかも、など家康の件をまだ引きずっています。でも、もう寝ます。おやすみなさい。

 

おはようございます。もうずっと、これからもずっと、中世鎌倉の一人の学僧の精神世界に埋没するから、せめてTLはリアルな世界で飾らせていただこうと楽しい写真をたくさんRTさせて頂いています。TLに感謝。

 

今日の道中のお供は金子啓明氏『運慶のまなざし』。途中まで拝読して、その後手にする余裕もなく過ごしていました。

 

『運慶のまなざし』。マーカーを引いて読みたくてたまらないのだけれど、今までそうしてきた本を今見ると、なんてもったいないことを、と最近反省することがあり、もう決して引かないと決めたばかり。でも引かないから入ってこなくて頭の中で整理がつかない。コピーをとってするには膨大だし…。泣

 

最初に「食べてしまいたいくらい」と感動した本がロラン・バルト『明るい部屋』。それから1,2冊そういう本に巡り合ってはいますがみんな薄く小さめの本。(食べてしまうのが可能くらい笑)。『運慶のまなざし』は重く分厚いからさすがにそれは不可能。やはりマーカーを引くしかないかも。続

 

本はただ読むのと自分のものにするのとでは読み方が違う。考えて見ると詩を網羅して読みかつ学んでいた時は本を綺麗に残そうなど思わず青インクで線は引くしびっしり書き込みも。だから身について今があるのだと思う。もったいないから綺麗に読もうと思った途端、『運慶のまなざし』が遠のきました。

 

東博の運慶展は終わりましたがタウンニュース鎌倉版コラムで特別編として書いた「運慶との関わり 東国と源頼朝と北条時政」の紙面を。知人の方々にお配りしたのですが、昨日お話を聞いてたら結構皆様行って下さってました。校正をお煩わせしてしまった経緯もありまして改めてありがとうございました。

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先日鎌倉歴史文化交流館の永福寺展を拝見して出土遺物の小さな仏像の腕に再会しました。発掘調査時に現地説明会で一度見たまま忘れられない焼けただれた小さな小さな腕。宇治平等院の雲中菩薩くらいです。凛々しく丸みを帯びた美しい彫りがもしかしたら運慶作かも、なのですね。今は。

 

運慶展は終わったのに運慶熱が冷めるどころか募る一方。どうしてこうなっているのかわからないのですが(いずれおのずとわかる時がくる)、とりあえず時政の講演に運慶を加味できるからそれを目的に。願成就院の阿弥陀三尊さま方。奈良で造ったとされますが、運慶は韮山に行ったことがあるのでしょうか。

 

運慶は展覧会が開かれるのを知っていても関心がありませんでした。それが7月の段階です。その頃仙覚の小説関連で時政を調べていて願成就院の仏像のことでツイッターで山本勉先生にアドバイスを頂き、それから滝山寺像を教えて頂きとびっくりするような急な展開。それをコラムに活かさせて頂きました。

 

鎌倉禅研究会12月例会のお知らせをフェイスブックページにアップしました。12月7日13:00~、於建長寺。彭丹先生「建長寺開山蘭渓和尚語録の現代語訳 」/ 極楽寺住職田中密敬師「極楽寺のすべて」です。詳細は鎌倉禅研究会で検索してご覧頂けますよう。

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12月5日

吉祥寺のクリスマス@アトレ

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12月6日

おはようございます。昨夜ふっと気づいてしまいました。仙覚の小説。快慶も登場させることになると。もともと運慶だけで済むはずはなかったのでしょうけれど、人的交流がなければ登場させなくてもいいと決め込んでいました。が、あったのです。人的交流が。仙覚は運慶よりも快慶に精神性が近いかも。

 

運慶は承久の乱の2年後の没。快慶もその頃か。承久の乱の時、仙覚は19歳。

 

真鍋俊照先生『仏教美術と歴史文化』を見ています。2005年刊。「北条実時と『異本紫明抄』」初出誌。この頃は何もわかっていなかったから、「はじめに」で頼経の時代の密教寺院について書かれていたことに今気づきました。頼経の時代、仙覚の万葉集の時代です。いろいろ重なって驚くことばかり。

 

雑木林の井の頭公園です。

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