« 2018.5.3 ツイッターより転載…仙覚の小説覚書(120)最勝光院と宇治平等院のことなど | Main | 2018.5.8 ツイッターから転載…5月10日の鎌倉禅研究会は高橋慎一朗先生の『鎌倉の歴史 谷戸めぐりのススメ』です! »

2018.5.6 ツイッターから転載…仙覚の小説覚書(121)最勝光院の項、書き終わりました&タウンニュース鎌倉版コラム第26回「久明親王の鎌倉下向」が掲載されたことなど

5月2日

おはようございます。最勝光院と宇治平等院の関係もなにもかも調べることが終わってすっきりした朝。身も心も軽くなるってこういうことだなあと鏡を見たり・・・笑。これから一途に書く生活に入ります・・・と宣言したいところですが、日常には諸々かせが。時間奪取に頑張ります。

 

今更ですが、後白河天皇の即位は待賢門院璋子さんの崩御の10年後だから、璋子さんは最愛の息子後白河院が天皇になるのをご存じなく亡くなられたんですね。今様の様子を観に行かれるなどしてらしたのに。

Dcmwul2uqaepwvp

5月3日

おはようございます。仙覚の原稿に戻って、まだ書き始めるまでに至ってなく前の続きに目を通しているのですが、最勝光院のことで滋子さんに寺院を作らせようとした後白河院を考えていたら、ふっと、「あの方は立派だ」という仙覚さんの声が。そうっか、仙覚さんは後白河院をそう捉えていたのだと納得。

 

久しぶりに未明から原稿に取り組んで疲労困憊の感がしたところに家人が起きはじめて朝食の支度にかからなければならないのだけれど、寝たい! です。

 

物凄い人と時間の交差する歴史空間を物語って顔をあげるといつもの日常。しかも原稿に入り切っていたから日常の雑事をなにもしていないすごいギャップ。久しぶりです、これくらい原稿に入り込んだのは。たっぷりと平等院の密教空間を読み込んでとりかかったからの充実。最勝光院の項、終わりました。

 

空が。綺麗な夕焼けです。

Dcqzpftvqaie3jr

 

修二会ってたしか東大寺のお水取り・・・と検索。それもそうだけれど、寺院毎に修されていてお水取りに限らないみたい。最勝光院完成後に盛大な修二会が修されていて、まさかお水取りのような松明ということはないだろうと思ったのですが、寺院毎に法会のようすも違うみたいだし、また図書館です。

 

5月4日

おはようございます。今日から運慶。昨日書いた最勝光院は運慶や時政が見ていた風景です。これから時政の京都守護上洛を書いて平家の残党狩り→六代御前を斬るところまで書けば、やっと比企の乱の基子さんに戻れます。チラチラ今まで書いてあった文章を眺めると、時房が散見。時房をどう描くか…。

 

後白河院は建春門院滋子さんを伴って厳島神社に行っているのですが、随行した公卿のなかに光能。基子さんの姉の旦那様です。基子さん、関東にいて、こういう情報を聞いて知っていたでしょうか。光能が頼朝の旗揚げに重要な役割を果たすのだけれど、それはまだ私の文章には入りきれない。入れたいけど。

 

それにしても、どうやって運慶は真言密教を学んだのだろう。真言密教に限らず仏師はどんなふうに仏教を学ぶというか、身につけたのだろう。教義を理解していなかったら仏像のそれぞれの教義に合った形を彫り出せるわけがない。仏師の教義への理解は僧侶と全く変わらないと思うのだけれど。

 

【タウンニュース鎌倉版】鎌倉と源氏物語〈第26回〉 第八代将軍久明将軍の鎌倉下向

https://www.townnews.co.jp/0602/2018/05/04/430381.html

 

タウンニュース鎌倉版コラム【鎌倉と源氏物語】第26回「 第八代将軍久明親王の鎌倉下向」が掲載されました。久明親王は後深草院皇子。二条には縁が深い将軍の下向です。若宮大路の下向の行列も二条は見に行っています。つくづく二条の人生の不思議な縁を思います(スパイ説もあるようですが私は?)

|

« 2018.5.3 ツイッターより転載…仙覚の小説覚書(120)最勝光院と宇治平等院のことなど | Main | 2018.5.8 ツイッターから転載…5月10日の鎌倉禅研究会は高橋慎一朗先生の『鎌倉の歴史 谷戸めぐりのススメ』です! »