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2018.5.15 ツイッターから転載…最勝光院滋子さんの短編のこと…冒頭の一行が決まりました

5月12日

速攻で決まりました、という感じで7月に講演させて頂くことが決まりました。朝にメールで拝見して了承のお返事をしたら、もう日程と会場が決まったメール。で、タイトルをどうしましょうとあって、「源氏物語の歴史と鎌倉の文化 ~鎌倉の公家文化をひもどく~」は如何でしょうと、今返信しました。

 

それまでのあいだに短編を仕上げなくては!

 

鎌倉の公家文化をひもどく。これが私のメインテーマのはずなのに、仙覚の小説で時政に絡んで運慶という人物を登場させたら最勝光院という寺院の魅力に嵌って泥沼のように抜け出せない。それを禅研究会の打ち上げの席でぼやいたら、皆様鎌倉の歴史の重鎮なのに、そうなんだよなあ、結局京都・・・と

 

5月13日

おはようございます。吉祥寺の小さな映画館でまもなく上映と。観たいけど。ずっと短編のことを考えているから昨日ふっとこんな文体にしたらという文章が湧きました。御法巻の影響。惹かれて、でもまだ書き始めてません。

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南廂。廂というと外の気がして、でも寝殿造りでは中なのは知っているけど、となって源氏物語図典を確認。修二会で院や滋子さんは南廂ですが、源氏物語でも高位な人は南廂。修二会は法会だけれど、源氏物語の女楽もこの廂を割り当ててるんですね。

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南廂の障子を取り払って、という障子は中の間との間を仕切る障子でしょうか。ほかに障子はないですものね。法会など、主催者、参会者が廂の間とはわかりましたが、法会の場合、一般市民は外から眺められたのでしょうか。御所と違い、寺院だから開放されていたでしょうね。など、いろいろ思考中。

 

そうえいば、寺院の法会も、法会がある時の寺院は一般拝観ができませんね。最勝光院での修二会もおそらくそうで、一般市民は見られなかったでしょう。

 

冒頭の一行が決まったかも。おのずと文体もこれに沿います。

 

タイトルも以前浮かんだのとテーマが違うので変えます。

 

雨の吉祥寺。母の日商戦のデパ地下に同情。カメラマンだった父早世の後父の副業だった写真店を継いで母と二人で頑張った身には、晴儀の日の雨が辛いのは何十年たった今も他人事ではない。世の中はいろいろ苦しいこと多く、そんな思いが冒頭の一行に。華麗な最勝光院を書くのに苦しみから始めようとは。

 

ほんとうに、仏師はどうやって仏教を学んでいたのだろう。図書館のない時代、空海の秘蔵宝鑰など、手元に抱えて読めるとは思わないのだけれど。と、こんなところで執筆が停滞しています泣

 

でも、仏師が読むとしたら、空海の書は何だろう。ふっと今秘蔵宝鑰と書いたけれど、それは私が一番好きだからだけのことで、正式に学ぶ人は何から? と、種々迷うこと多しです。

 

明日になったら、本棚から、奥まってしまった空海の一連の本を出してみます。

 

5月14日

まさか短編がこんな展開になるなんて すべては鎌倉禅研究会で田辺聖子さんの『絵草子源氏物語』を頂いたことから 御法巻に紫の上が法会を執り行ったとあり それを紫式部がどう書いているのか原文で確かめたら 源氏物語が苦しみを基盤とした文学だということが思い出されて冒頭の一節に そこから空海に

 

表記を模索しているのですが、TLで句読点を全く使わずただ一マス開けるだけのツイートを拝見して惹かれ、試したら結構お気に入り。他に会話の後の、と言った、を次の段落として一字サゲと習ったのですが、私は下げたくない。昨夜正訳源氏物語を拝読していたらサゲてなくて、やはりサゲない方が綺麗。

 

やっと繋がりました なんて頭の固いこと! あんなに中世の文化センターとしての役割の金沢文庫に行ってたのに 図書館がなかった時代は寺院が地域の文化センターの役割を担っていました だから仏師もたぶん寺院に 図書館で借りて自分の家で夜更かししながらという固定観念をはずすのが大変でした

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