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2018.5.16 ツイッターから転載…短編のことで、運慶の仏教観について&新潮社校閲講座実技編

5月15日

おはようございます 昨日は終日真鍋俊照先生『空海の言葉と芸術』を拝読 大日経について知りたくて 教義を丸写しでなくどう書いたらそうなるか悩んでいたのですが 本棚から空海の本を出そうとしたら最初にこのご本が出て これだ! とすぐに読み始めました 何度読んでも震えがきます このご著書は

 

真鍋俊照先生『空海のことばと芸術』より:結局、体とことばと心、この三つのはたらきが一体になる。いってみればこれはインド以来の伝統的な考えであり、『大日経』の有名な教えです ←まさか短編の冒頭から空海を書くことになるなど思ってもいませんでしたが、考えてみればこれは必定でした。

 

「密教では、こういう脈絡をすべて宇宙的生命の根源におき、一体感としてとらえる。つまり体の中にあるはたらき、それから相対する仏とのはたらきということを想定しまして、それを生仏不二、仏と私は一体なのであると教えております」「これはどういうことかといいますと、密教では宇宙と自己の本体を

 

とらえて、そのつながりを、体の中にある身体自身のありよう、ことば、心という三つのはたらきを通して、哲学的に宇宙というものをとらえようということなのです」(『空海のことばと芸術』)…これはまさに冨島義幸氏『平等院鳳凰堂』にあった阿弥陀呪のドラマティックな連環!

 

運慶という仏師の造仏のリアル感。技術力もあるのでしょうけれど、仏教観に平安仏師との違いが大きくある気がしてきました。運慶は東寺の曼荼羅を観ていたでしょうね。法住寺殿辺りから東寺は近いし。

 

大きくいって、平安仏師は「ほとけを彫る」。運慶は「人間を彫る」。なぜなら、もし大日経を読んでいたとしてですが、大日経においては人間はほとけと同一だから。人間主体の仏教観あっての後年の無著像の気がします。法相宗も人が主体ですものね。

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5月15日

新潮社の校閲講座。実技編第二回目が終わり帰宅前に一人珈琲中。今日は素読みとかで何も校正されていない印刷物を配られて挑戦。たぶん他の受講生さんは皆様校正をお仕事にされている方たちだから迷わないでしょうけど、書き手の立場で参加している私は不安。でもやってみたら大体できてました。

 

書き手は原稿を入稿して校閲さんに委ねればいいのでしょうけれど、世の中に校閲という世界のあることを知ってしまったら、どういうことを注意して書くのが作家としての正しい姿勢か、それを知りたくて入門編を受講。そうしたら正しい姿勢というのが心地よくて実技編まで笑

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