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2018.6.8 ツイッターから転載…7月21日に鎌倉で講演させて頂きます【源氏物語の歴史と鎌倉の文化 〜鎌倉の公家文化をひもとく〜】】

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6月4日

中断していた根立研介氏「日本中世の仏師と社会」再読に入りました 復習にと円成寺から始めたら 視界に入っていなかった事実に遭遇 こんなことを見落としていたなんて 昨夜建春門院滋子さんの原稿に戻って詰まってしまった部分が打開されます 学びの初期は概略をつかむのに精一杯なものですね

 

RT 紹介して頂いた『源氏物語と鎌倉ー河内本源氏物語に生きた人々ー』をテーマに講演させて頂きます。721()14時〜16時、鎌倉妙本寺書院にて。事前申込性80名、資料代500円、申込先: 鎌倉同人会0467-61-1930(本の刊行年2010年より見解が深まりました)

 

講演のタイトルは、【源氏物語の歴史と鎌倉の文化 〜鎌倉の公家文化をひもとく〜】です。

 

編集者さんが著者の方と思い切り学術の話を堪能されると羨ましがったら それは二人の世界 打上のような大勢の場では不向きと言われ 今日も会の後のランチの場で 私の頭のなかは原稿のことでいっぱいなのに 誰とも通じるはずないから当たり障りなく過ごす 溜まります フラストレーション

 

ほんとうは もう一件 図書館に行かなければならないのだけれど 先日国会図書館に行っただけで夜目眩がして それはハードな日程とか重い荷物が原因だとわかっているから もう図書館は行きたくないのに やはりどうしても行かなければ! と珍しく愚痴ってみました つれづれに

 

文化は市民が共有して楽しむもの こんな重要な知的遺産が市民に知らされていないなんてとんでもないと 義憤で始めた鎌倉の源氏物語活動 とりかかってからもう15年以上になります 生きがいでやっているのではない! 生きがいならば文学にそれはある! それを犠牲にして取り組んできた という自負と矜持

 

考えてみるとそれが私の支えでした でもここにきて この15年のあいだに定年後の第2の人生の生きがいとばかりに歴史や個人史に取り組む方が周りに増えて その方々の勢いにまみれて私まで生きがいでやっているように見られ 違う! 私は自分の生きがいでやっているのではない! と叫びたい気持ちに

 

さらに考えると それを感じ始めたから さっと研究から抜けて小説に移行したのかも そんな気がする 研究に一応の目処がたち そろそろ自分の世界に戻っていいかなという気持ちになり 仙覚という書くテーマをみつけたからだけれど いち早く生きがいのゾーンから抜けたというのが新たな自負になりました笑

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6月5日

ペンクラブの会報 消息短信欄に書かせて頂く葉書拝受 仙覚の小説執筆中のはずなのに 運慶と建春門院滋子さんの短編に寄り道中 と書いたら この人大丈夫かしらとなってしまうでしょうか笑

 

6月6日

おはようございます 昨夜 10月の一日だけの講座の幹事さんからFAXが届いて いよいよ始動 広報に載せるための案をと 鎌倉の蹴鞠がテーマです 頼朝に始まる鎌倉の蹴鞠の歴史をお話させて頂きます タイトルをこれから決めるのですが 鎌倉の蹴鞠の歴史 でいいかな… でも… と迷っています

 

講座のチラシ用の文面を考えているから 今朝は頭のなかが鎌倉の蹴鞠でいっぱい 当初は【鎌倉の蹴鞠の歴史】のはずだったのが 考えているうちに 【蹴鞠をとおして見る 京・鎌倉の文化の交流】に 飛鳥井雅経が浮かんできたら 俄然 そうなりました

 

【鎌倉の蹴鞠の歴史】での内容…頼朝時代の鎌倉の蹴鞠は飛鳥井流で時頼時代になると難波流になったという歴史の流れ 【蹴鞠をとおして見る 京・鎌倉の文化の交流】での内容…飛鳥井雅経が鎌倉に下向して頼朝に仕え、その後後鳥羽院に召されて帰洛し新古今集の撰者になった。その子孫がまた鎌倉に下向

 

はやく滋子さんの短編に戻りたいから 消息短信と講座タイトル案を仕上げて送信 ほんとうに無になって専心したいです

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