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2018.6.26 ツイッターから転載…引き続き、寺院揺曳の校正

6月24日

寺院揺曳の校正 今日は第六章頼助の肖像画 頼助は四代執権経時の子 経時の早世で時頼が五代執権になりましたが そうでなかったら頼助が五代執権になったはず 佐々目遺身院に入り仁和寺に その肖像画を偶然東博「醍醐寺展」で観て書いた回です 「醍醐寺理性院主」という祖師像の巻子にありましたDgbneybuwaaelji

 

それで訪ねた醍醐寺の理性院 別格本山理性院です 頼助は仁和寺で守覚法親王の法流の仁和寺御流を伝授されて鎌倉に帰り その伝授を求めて京から益助という宮様が下向され 益助から伝授してもらうために 亀山天皇皇子の益性法親王が下向されて佐々目遺身院に住されることになり それで御所風寺院に

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頼助は時宗の従兄弟 蒙古襲来の折には頼助が鎌倉の明王院で蒙古降伏のための祈祷をするなど ふたりは力を合わせています 頼助についての考察を書かれた湯山学氏は 頼助が尊貴な身分のものしかできない仁和寺御流を受法できたのは 時宗のはからいがあったからではないかと書かれます

 

校正は根を詰めるから 自分で書いた原稿でも 疲れる…… ちょっと一休みだけれども 寺院揺曳にかかったら体調崩れた感 不摂生になりますものね (こういうとき いつも ミケランジェロは天井画で首が曲がってしまったのだもの…… とか思います そんな天才と比べるなんて の問題でなく笑)

 

吉祥寺の夕焼け もう暗くなりましたが

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BS11京都浪漫 空海が暮らした神護寺 はじまりました

 

ロシア大会 負けなくてよかった 本田選手が入れてよかった とTLで結果を見てほっとしてツイート 寺院揺曳の校正は第七章「安達泰盛というパトロン」終了 この回でひとまず佐々目遺身院を離れ 次回から冷泉為相を 寺院揺曳を連載していたら 頼助と鎌倉下向の為相が同じ時代とわかって俄然関心に

 

寺院揺曳は全二十一章 やっと三分の一 ここで突然話がそれて冷泉為相になっていくけど 親玄僧正日記には京極為兼も登場するから 為兼と為相の交流からまた佐々目遺身院や益性法親王の話になっていったりして錯綜 それはそう 同じ時代に鎌倉というひとつの空間にいたら…ですよね

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