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2018.6.2 ツイッターから転載…運慶と建春門院滋子さんの短編覚書(106)運慶と東寺講堂の立体曼荼羅のこと

6月1日

東寺の立体曼荼羅について考えていて 法は本より言無けれども の句が 意味ばかり脳裡をぐるぐるするのに思い出せず 密藏深玄にして のほうが出てくるから検索もままならず 空海の哲学に心酔していた時代から随分遠ざかってしまったのだとしばし焦ってしまいました もっと深淵に生きたいとは希求

 

仏像に作品の優劣や新旧の価値観をもって見てはいけないのだけれど また自分の好みもあるでしょうけれど わかったことは私は平安初期の密教像タイプが好きで 今まで東寺講堂に行っても気持ちを入れて拝観できなかったのは 中央の五智如来像が後世作だったからでした

 

講堂は文明年間に焼失し 残ったのが五大明王像や五菩薩像の一部など その五菩薩像のうちの三像が平安初期密教像で その髻の形式が円成寺大日如来像に影響しているらしい そういわれて見ると 東寺講堂の平安初期密教像は やはり私は好きで いつ行っても大日如来像群より五大明王像群に惹かれていました

 

密教は大日如来が中心ということがわかっていて なのに講堂に入っても中央の大日如来像群に気持ちが行かず 不動明王像群にばかり行ってしまうことで自分を責めてしまうのが嫌で あえて講堂の立体曼荼羅を思考から外していたということを凄くよく納得 五菩薩像群に行かなかったのも中央の金剛波羅密像が

 

後補だったから 円成寺大日如来像のことで 金剛波羅密像以外を見たら それはまさしく平安初期密教像で そのなよやかな立体感 今まで注視することなく不動明王像群へと通り抜けていたことが悔やまれています(もちろん合掌はしていても) 先日も行ったばかりなのに…

 

だけれども 今ある講堂の立体曼荼羅で 五菩薩像のうちの三像が円成寺大日如来像に似ているとしても 運慶の時代にはまだ焼失事件は起きていないのだから 運慶が心を込めて祈ったのは やはり 文明年間に失われてしまった中央の大日如来像だったのでしょうね 平安初期密教像だった創建当時の大日如来像

 

6月2日

東寺遠望 どの屋根が講堂? 昨夜来東寺講堂の立体曼荼羅世界がやっとわたしのなかに入ってきました 平安初期密教像の大日如来さま 今この世におられないことがかえって宇宙の真理に近づいているような 運慶から真言密教にはいっても密教世界の真理がつかめず悩んでいたのですが 昨夜甦りました

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メモ(昨日のツイートの補充): 法は本より言無けれども 言非ざれば顕われず 真如色を絶して 色を待って乃ち悟る 藏密は深玄にして 翰墨に載せ難し 悟らざるに開示す

 

PCを閉じたらふっと思いついて戻ってきました 東寺講堂立体曼荼羅は目に見えるものがなければ真理を悟ることができない人のために造られた でも仏像は礼拝の対象として造られるのが一般 仏像の造られ方の意味に二通りある 運慶は? ←ここを書く!のですね(やっと小説世界にたどり着きました)

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