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2018.7.24 ツイッターから転載…8月2日の鎌倉禅研究会での講演に向けて始動

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2012年 解釈学会釧路大会の夜の霧の街釧路です

7月22日

8月2日の建長寺様での講演【建長寺建立に込めた北条時頼の信念】は パワポを使わずに 資料をもとにお話するかたちに決めました 初めて取り組む主題なので 資料集め(既に持っているけど散在してるので)とそれを咀嚼したレジュメを作るのに二週間ではいっぱいいっぱい パワポにかかる余裕がありません

 

でも たまたま朝にPCの写真取込みが不調になって パワポを止めようと閃いたのがこの決断に ずっと鎌倉禅研究会を拝聴させて頂いていますが 時頼についての視点で 仏教者さん方だけでは見えていないものがあると 私が感じていることを 資料を充実させてお届けしたいと思っています なので資料重視

 

妙本寺様での講演までの体調不安が信じられないほど霧消して(明朝がどうかは…) それは帰宅した時から感じていて 体調不良はもしかしたらプレッシャーだったのかと 講演することに不安がなかったから まさかとは思うのですが 体調を崩してキャンセルの迷惑をかけてはいけない というので必死でした

 

今度は建長寺ね 今度の方が気を使って大変でしょ と皆様は仰る でも私には妙本寺様の時の方が迷惑かけられない意識が強く 建長寺様のは前座だから私が欠けてもいらした方を空振りでお返しする心配ないのが とっても気が楽 ある意味座長意識の有無のようなものでしょうか

 

とにかく 資料を充実させます

 

建長寺様の時頼の講演 新しい論文を書きはじめた時のように新鮮 久しぶりに集中する事ができて楽しい 集中するっていいですね! パワポではこうはならない 中断したくないのだけれど でも 体力温存に努めてもう寝ます

 

7月23日

おはようございます 目眩がなく無事に目覚めた朝 講演前の不調は結局プレッシャーからの自律神経の乱れだった? と反芻しています 建長寺様の時頼の講演 集中して寝たから夢のなかでも一生懸命つぎの段落を考えていました でも起きたらそれは無用 せっかくできたのにもったいないです

 

今日こそ先日の例会をまとめなければとFBを開いたら 知り合いですかと勧められた中に旧知の方がお二人 最近のご活躍をつい読んでしまって時間をとりました 私のFBは鎌倉禅研究会登録のためだけにしているから 自分からは友達申請をしない 知人の方のご活躍も 今の私の世界とは遠かったです

 

今の私の世界は完全に歴史を離れ かといって文学に完全に戻ったわけでもなく 宙ぶらりん 確固とした世界はあるのだけれど 仲間がいない たったひとりで奮闘しているから とにかく仙覚さんの小説を仕上げるまで この孤立感はしかたないと諦めています

 

建長寺様の時頼講演 パワポを使わないと決めたら タブレットでの入力もできると思い出し 昨夜の入力はタブレット PC周りと違い 広々した机上にゆったり資料を広げ タブレットを置いて 引用文を入力 はじめての試みですが いいかも

 

FBのまとめのあいだの息継ぎ

 

鎌倉禅研究会FBに先週行われた第143回例会のまとめをアップしました。清規は「しんぎ」と読みますが、禅僧の方々にとっては日々の行動から大きな儀式までさまざまな細部の取り決め事。背筋を正す思いでの入力でした。どうぞご覧ください。https://www.facebook.com/kamakurazenken/

 

建長寺様の時頼の講演 資料をまとめていたら そうだ 時頼の年譜を作ろうと思いました 資料が偽作と言われているのがあり 年譜に資料をあてはめると 偽作かどうかで意味が違ってきて そこがかなり重要になる 私は年譜の時系列的人の動きを信じます

 

年譜は 承久の乱から建長寺建立まで (の予定)

 

時頼の資料 2年前くらいに徹底して時頼を調べた時があって  それを出して講演準備をしているのだけれど 埃をかぶっているのもあり この暑さに埃はウザイ笑 埃って やる気をなくします

 

妙本寺様の講演 担当者様からメールで 「初耳!」という人が多かったと ほんとうに鎌倉は鎌倉に源氏物語の文化があった ということをご存じない 「河内本源氏物語」は鎌倉でできた と国文科の学生なら知っているのに それが地域に根差してない どこかおかしい なにかが間違っている と思う

 

ほんとうに 今更に思い出すのだけれど 私がこの普及活動をはじめた時 そんなの誰でも知っている とツイッターである意味弾劾された 誰でも知っているはずのそれを 鎌倉の方のほとんどがご存じないなんて なにがそうさせてしまったのでしょう 文化は研究者さんだけの特権であってはならないのに

 

時頼の年譜を作ろうと 以前に作っていた仙覚さんたちの年譜を土台にしたら なんと 時頼は玄覚より二歳年下 つまり同世代 玄覚は仙覚さんの子で 私の小説「仙覚」の語り部 時頼が八歳の時に竹御所が崩御 時頼の生涯と仙覚の活動 知ってはいたけどこんなに密接 別個にみてるとつい忘れがちです

 

こうして見ると 時頼は 「青表紙本源氏物語」が完成した二年後に生まれ 「河内本源氏物語」が完成した八年後に亡くなっているんだなあと 時頼の年譜作成に今までのを土台にしたら 残っていた「青表紙本源氏物語」「河内本源氏物語」完成の間に時頼の生涯が また講演が源氏物語になっていきそう笑

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