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2018.7.28 ツイッターから転載…建長寺様の時頼講演準備&新潮社漢字講座のこと

7月24日

おはようございます 深夜時頼の年譜を作っていて思い出したのですが 「青表紙本源氏物語」ができた時 時頼の父時氏は六波羅探題北方で上洛していました 北方といえば京における鎌倉幕府のトップだから 母の松下禅尼はまだ二十代前半の若さでファーストレディー 時頼はそうした環境で生れたのでした

 

それでいいたかったのは 時氏夫妻は京で定家と親密な交際をしていたから 時頼は2歳か3歳の時に 一家で交流しているあいだに 「青表紙本源氏物語」を見たかも もしかして手に触っていたかもしれません 鎌倉方の人間として この一家が「青表紙本源氏物語」に接した最初の人たちかと

 

作成中の時頼年譜 とりあえず印字してみた最初の一枚です 誕生が「青表紙本源氏物語」の完成とこんなに密着 時頼は京生まれの京育ちだから雅が身についています それは彼の人生に大きく影響してると思う下の一枚は無住『雑談集』 最明寺禅門は時頼です

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2015.10.13の署名がある書きかけの原稿 時頼と源氏物語がテーマです 今度の建長寺様の講演「建長寺建立に込めた北条時頼の信念」は この中ですでに熟しているので 目下思い出しつつ 資料を取り出しています 時頼の生涯にはずっと源氏物語が深く澄んだ源流のように寄り添っています

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道中のお供用に束ねなおしたら 最初のタイトルは陰の司令官… 頑張って書いていたのだなあとなりました

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神楽坂は雨 三鷹ではどうなのだろう 新潮社漢字講座が終わった時は まだ降っていなかった 喫茶室で寛いで出たら 土砂降り 駅のホームまで駆け込みました 土砂降りくらいの雨 今の時期には慈雨 三鷹でも降っていて欲しいけど 傘持ってません

 

新潮社漢字講座 また新しくこれから三回 今期は常用漢字に特化 こんな講座ある? と言いたくなるようなマニアックな不思議な講座 結構満席 皆様熱心です 私は初めての内容に一字一句興味津々 何をどう覚えるというのではなく 講師のお話を聴いていると自然に不可解だったのがほどけていきます

 

神楽坂の雨がやっと三鷹に と思ったらすぐ止んでしまいました

 

新潮社漢字講座 講師は小駒勝美先生 今期は「今知っておきたい常用漢字のすべて」 第一回の今日は徹底して当用漢字→常用漢字の歴史 凄く謎が解けました 例えば動植物をひらがなで書く習慣があるみたいだけど漢字ではいけないの? とか この漢字に点があるのに同じ漢字が入っている漢字の時は

 

点がつかないのは何故? とか 今日をきょうと読んではいけないみたい おかあさんはお母さんと書いてはいけないの? などなど 不可解だらけでした それが全部当用漢字から常用漢字、さらに改定常用漢字の流れの中で ある時はこうだったけど 今はそれは大丈夫になった みたいなことがごっちゃに

 

なっていただけのことでした ある時に禁止になったことを遵守しようとしていたり それはもうヨシとなったのを知らないでいたりと 一番わかりやすい例に魚の文字 これはウオとギョだからサカナはダメな時があって だから魚屋はサカナヤとは読まない なんてことが 後はゴ、コウ、のち、うしろ

 

しかダメだったのが 今は「のち」もよくなったと こういうことの歴史を知って なるほどと思い これからは悩んだら 今日頂いた資料をあたって解決できるとなって安心し 今日はほんとうにスッキリしました 面白かったのは 犬があるのに猫がない時期があったり…

 

新潮社漢字講座初日の今日は分厚い「改定常用漢字表」を頂きました これは31年前の常用漢字に196字が追加されたもので その196字の一覧表も頂きました これから「改定常用漢字表」にその196字をマークしてみます ←なんか仙覚さんみたい!では・・・笑

 

面白かった! たった196字と思ったのですが この漢字が認められてなくて今までどうしてたの? という不思議満載 鎌倉の鎌が追加文字に入ってました あと 憧憬の憧とか 真摯の摯とか 毀損の毀とか 便箋の箋 軽蔑の蔑 僧侶の侶・・・ もうツッコミどころ満載です

 

ブログを更新していて 呟きばかりで一枚も写真がないから そうだ 霧の街釧路なら涼しいかも と選んだのですが なぜか涼やかな写真には見えなくて 歩いている時は彷徨っているみたいで素敵だったのですが

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そういえば 便箋を便せんと書いている時期があって どうして便箋と書かないのかしらと不満だったのに いつからか便せんを見かけなくなって便箋に なんか釈然としなかったこういうことが 常用漢字の改定だったのですね などということを思いつつ おやすみなさい

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