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2018.8.10 ツイッターから転載…建春門院滋子さんの短編に戻りました

8月8日

おはようございます 台風のことやもろもろ気がかりな朝 でもそれはそれとして今日一日をどうすごすかを思案 しばし禅のことにとどまって心がシンとしたのはいいのですが それは創作と絶対的に相反する世界 深めたい思いはあるのですが離れなければ と思います 頂いた抜刷も拝読中なのですが

 

寺院揺曳 白拍子の風 時頼と源氏物語 建春門院滋子さん などなどいろいろ中途半端 ここにきて中途半端観が半端でないのはどうしてだろう・・・

 

と書いてきて 今一番取り組みたいのは 滋子さんかも・・・

 

懐かしいものがでてきました 三宅敏之先生「経塚の発生と展開ー藤原道長と彰子を中心としてー」 以前携わった遺跡発掘調査での経石の分類を 報告書に載せたものをとても喜んで下さってお送り頂いたもの 平成16年「土車」第108号です この彰子の経箱についてのことが 先日の時頼講演の原点になりました

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ご報告のお手紙やお礼状 あと1通 入れ替わりみたいに あの日ガンバレガンバレと祈って下さった方から 墨筆の アザミの絵を描いた巻き紙のお便り 手紙って やはり心が籠る 書く時も 頂く時も

 

お礼状など書き終えて なにもすることがなくなった机上 白い机は白い紙と一緒 また書き始めます

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久しぶりに滋子さん 六月以来のご無沙汰 滋子さんといってもまだ冒頭だから 空海 大日経のところです TLで高野山金剛峯寺の不断経の記事を読み 鎌倉禅研究会FBに最勝光院がのった六波羅の地図へのお尋ねがあり そんなことが誘い水になったのかも 久々に いいです! 自分の世界

 

先日ボクサーの村田選手が 夜と霧から 自分が同じ状況に置かれてその人と同じことをしないでいられるかを自問してからでないと人は裁けないとツイートされていたのが流れてきたけど 今日の大家の方への件は 逆かもしれないけど 自分がその大家と同じくらい頑張っているかを自問してからでないとと思う

 

8月9日

おはようございます RTの「 描き始めてみると分からないことが増えてゆくという恐ろしい世界」 本当にそのとおりで 私の仙覚さんもその状態 人が生きている世界ってただひとつの論理で済ませる問題じゃあないんだなあ と今更に 昔書いていた時はそんなこと思ったことないのに 歴史ものだから?

 

再挑戦している滋子さんの短編 六月中旬に講演準備で中断しなかったらたぶん完成していた でも今戻ったところですでに失せた霊感は戻るはずがなく またあの没頭までの苦しみを味わうのかと思ったら 昨日は再挑戦をやめようかと思いました でもお気に入りの世界 これを書かなくてどうする! です

 

市民塾でぼんやり聞いてわからなかったことが分かった気がした と今日頂いたお便り 府中の講座の受講生さんに妙本寺様の講演をご案内して来て下さった方 建長寺様での講演にも 府中の講座の別の方がいらして 終了後に あの時わからなかったことが 今日わかったと 皆様何回も聴いて下さるから練れてきて

 

妙本寺様での講演では 七夕は鎌倉の源氏物語の日 を力説させて頂いたから 今日のお便りのカットに七夕! 効果あったのだなあと嬉しい ご年配の男性の方でいられます

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滋子さんの短編に終始しています 詰まってきたから音楽をかけたいけど またあの曲にしたら波長が乱れるかもと別の曲に ミルバを聴いています 原稿は自分で感情を煽らないといけなくて

 

狂気 まで書ければいいのだけれど…

 

今日の日付で再開原稿① 年譜をたどり直しています 建春門院滋子さんは 18歳のころ後白河上皇に見初められ 20歳で高倉天皇をお産みになった年に院の御所の法住寺殿に移り 30歳で建礼門院徳子さんを高倉天皇の中宮に迎え 32歳で最勝光院建立 33歳で上皇と厳島への船旅 35歳で病を発して崩御

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