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2018.12.14 ツイッターから転載…鎌倉禅研究会FBのこと&鎌倉の長寿寺様で開催された風間様の書展に行ってなど

12月11日

『大覚禅師語録の注釈研究』 建長寺様開山蘭渓道隆様の語録の注釈書です 今日は鎌倉禅研究会FBの編集をしています 昨日やっとどうまとめるべきか 本質のところが見えてきてとりかかることができました

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12月12日

おはようございます 昨日は先週の鎌倉禅研究会FBのまとめにかかっていて いろいろなことを考えました それは講演のお一人が主催者様だったから 禅僧でいられるから語りは単刀直入で明解 でもずっと身近で背景を見させていただいている私には そこに至った思いの深さが痛いほどわかる いつものように

 

レジュメをそのままご紹介するだけでは 陰に隠れた真意をどなたも読み取っては下さらないでしょう そこをどうするかと悩んで 僭越ながら経緯の前置きを書いてみました 主催者様の根幹にあるのは建長寺様開山蘭渓道隆禅師様への愛 文学者である私にはそれが痛いほど感じられるのです でも 禅僧の方は

 

多くを語らない そんなところに禅僧と文学者の資質の違いを見たり笑 僭越ながらのことですから そのままアップするか否かは 今日一日置いて決めます まだ公開していません (案外 これって アンデスマス氏の午後的短編の要素かも)

 

 ツイートしていて突然アンデスマス氏が飛び出して驚いているのですが 文学って こういうところにあるのですね

 

座席に座れてほっと 出てくるのはほんとうに大変 どこでもドアがあればいいと思うのだけれど 考えてみれば 展覧会を観るのもシンポに出るのも みんな実際に足を運ばなければならない snsの発達した今 こういうことでかろうじて現実感覚を保っているのでしょう

 

本質が見えるまで日の当たる表舞台に惑わされる でもほんの僅な破れ目から 必ず本質は見えていて それが違和感として人を捉える しばらくして表層に惑わされなくなった時 本質が現れると 突然世界は暗転し 日は 隠れていた奥の方に差す 表舞台が輝きを失う瞬間

 

と、そんなふうな暗転を経験しました アンデスマ氏の午後みたいな短編に仕立てたい思いをこらえて 仙覚さんの小説に生かします 仙覚さんは 追放された将軍頼経に心を寄せていたから 時々 私は仙覚さんだなあと思います 鎌倉在住でないから 存在してなくて 存在しない辛さがわかります

 

12月12日

今日はこちらに 最終日 3時までなのでぎりぎり間に合いました 鎌倉の長寿寺様 ふだんは春秋の特別拝観日しか拝観できないので初めて 最後の一人かと思ったら何人もの方々とお会いし ひととき無上の空間を過ごしました

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長寿寺様には足利尊氏公のお墓があります 裏山に登って参拝しましたが まさか私が室町将軍様の と不思議でした 裏山に登る手前にある桧皮葺屋根の小さなお堂が 奈良円成寺様から移築された観音堂 運慶作大日如来像が大正時代まで納められていたお堂です やっと拝観叶いました こちらにあの大日如来様が

 

と思うと万感胸に迫る思い どのように配置されてらしたのかとか いろいろ想像しながら拝観 きっと 今聖観音像様がおられるところにいらしたのでしょうね その手前はもう三和土 タイルが斜めに敷かれて 僧侶が読経されるには沓をはかれなければならない 建長寺様の法堂のミニミニ版といった室礼は 密教

 

寺院だった名残? など思いつつ拝観 天井には升目に描かれた飛天様方に 背後の壁や四方に 色褪せてい?けどかつては雅だっただろう空間を思わせて散華や花の大和絵の彩色 後白河院奉納の初代は焼失して二代目らしいけど きっと初代もそうだったのだと思う

 

観音堂を拝観したくて ネットでいろいろ見ていましたが みんな外観の写真しかなく 彩色された大和絵の室内は予想外でした これから小説に書きますが 初代もそうだったとして 想像を膨らませます

 

長寿寺様は亀谷切通の建長寺様側の登り口右手が長寿寺様です

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長寿寺様の手入れの行き届いた庭園を巡って出ると亀谷切通に 先ほど入った入口が左手途中に見えています 下り切ったところが先ほどの看板を撮った道 左手北鎌倉駅から来て 右へ行くと建長寺様です

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急ぎすぎて情報を詰めすぎた感の仙覚さんの小説 ではなにをどう動かしたらいいか 皆目わからなくて詰まっていて ここのところずっと原稿を持って出ていたのですが そうっか 光能! と思い付きました 挿入することにして また年譜を照合 最勝光院滋子さんの時のが生きてきます

 

長寿寺様は、臨済宗建長寺塔頭寺院でいられました。観音堂の室礼が建長寺様の法堂のミニミニ版と思ったのですが、そうだったんですね。禅宗寺院の伽藍配置らしくないので結び付いて考えられてませんでした

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12月13日

 

ブログ更新 久々の仙覚の小説覚書№125 仙覚の小説に突然気分が戻ったと思ったけど 腰越の蹴鞠の講座に実朝の投稿でまたも中断 でもTLで頂いたノートルドパリショックは重要で 判じもん的ツイートだったけど 頼経を書く段になった時のために保存 私のブログは備忘録 仙覚の小説覚書も

 

鎌倉禅研究会FBに先週の例会のまとめをアップしました 今回のご講演者様のお一人は鎌倉禅研究会の主管でいられる高井正俊様 建長寺様で教学部長・宗務総長として30年近い任にあたられた方です 驚いたことにその30年ほど前まで 建長寺様開山の蘭渓道隆禅師の生誕地が不明だったんです 高井様が

任にあたられてからの最大のご努力は その生誕地の解明でした そしてそれは奇跡的に解明されたのです 例会でのご報告は 建長寺様に開かれた新しい歴史に至る経緯です 画期的な一時期をその任にあたられた貴重な記録をご覧いただけたら嬉しいです https://www.facebook.com/kamakurazenken/

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