« 2018.12.21 ツイッターから転載…仙覚の小説覚書(128)上西門院時代の頼朝を書くことに他 | Main | 2018.12.26 ツイッターから転載…仙覚の小説覚書(130)平治物語絵詞のことなど »

2019.12.23 ツイッターから転載…仙覚の小説覚書(129)丹後内侍が二条天皇に仕えたことなど

12月21日

西陽が輝くといつも見る光景が別世界に 玉川上水沿いの道 奥は井の頭自然文化園です 中に写っている建物は長崎の平和祈念像を製作された北村西望氏の彫刻館です

Du7vzo7uuaabwm3

@吉祥寺

Du8tkbxuwaak13z

12月22日

おはようございます 上西門院と頼朝について調べているのですが さっき大変なことに気がついてしまいました 大変といっても私的にですが笑 頼朝は二条天皇にも仕えていて だとしたら頼朝が愛した女性 安達景盛の母丹後内侍の系図にある「二条天皇に仕え」に俄然信憑性が 今迄唐突過ぎてほんとかなあと

 

疑っていました 頼朝にとっては乳母子のこの女性を 私は頼朝の筒井筒のような関係とみています だとしたら 今迄私はその映像を 鎌倉武士の子の男子と 東国の女性比企尼の子の女子 のイメージだったのですが 頼朝が14歳まで過ごした京都の しかも宮廷に出仕する二人だとしたら 映像はもう源氏物語的世界

 

平家物語の小宰相の事には上西門院が出てくるし 今迄知っていた限りでの知識の外の世界の膨らみ 雅やかさに 驚いています 上西門院は待賢門院璋子さんの娘だから 母に似てそれはそれは美しかったそう 後白河院とはたった一歳違い その女院に頼朝が仕えていて しかも宴席で酒をついだとか 形だけの出仕

 

でなく 実際に宴席に侍る近侍ぶり 頼朝は名実ともに朝臣だったわけ そこに光能や吉田経房がいて… など この辺りを疎かにしてのちの鎌倉は語れないですね (まだ詳細を年譜に落として無いので 今日はそれをします)

 

RTさせて頂いた保元の乱の合戦図 ここにある東三条殿が先ほどツイートの「みずほ銀行」ですよね 京都の地理に詳しくないから 間違っていたらすみません

 

朝のツイートの続きですが 尊卑分脈では丹後内侍はたしか平教盛の娘になっているんですよね それもまさか~と疑ってたのですが 頼朝が二条天皇に仕えるなど当時の状況が想像以上の人脈だと 養子になって女房にあがったなど考えられますね

|

« 2018.12.21 ツイッターから転載…仙覚の小説覚書(128)上西門院時代の頼朝を書くことに他 | Main | 2018.12.26 ツイッターから転載…仙覚の小説覚書(130)平治物語絵詞のことなど »