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2019.1.13 ツイッターから転載…武士の家系かも&東山道から北関東がなぜ栄えたかについて&クラムスコイのことなど

1月8日

今日は三日月 やっと今日から日常が カレンダーにまだスケジュールを書き込んでないし 頂いたお年賀状の整理もできていない なんでこんなに怠惰になってしまったのだろうと思うけど すとんと呪縛から解きほぐされたかのような昨今 義理をかくとか失礼とかの強迫観念からも解き離され自然体でいくことに

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頂いたお年賀状に 花の蹴鞠を読んでいますとあり  読んで下さっているんだと嬉しくなりました 昨秋 蹴鞠の講座にきて下さった方です その後ブログを見て下さって 途中まで載せていた花の蹴鞠に興味をもって下さったのでした その完成を目指したいけど 仙覚さんの小説に組み込むことで 目下改修中です

 

カレンダーに祖父母や両親の命日を書き込んでいて初めて気づく 小さい時から母方の祖父の名前が気になっていました 武士だったんですね 一般人につける名前かなあって不思議だったのです 最近吾妻鏡の会で官位表などを習ったから やっとハッと そういえば母の実家になんかありました 武士っぽい名残が

 

母は知っていたのだろうか 気づいてなかった気もする 母の納骨で訪ねた時にお寺様から地域の歴史をお話頂いて この地域は武士の一帯と伺い ふ~んとその時は他人事で ただ戦国時代の武士と農民の世界を彷彿しただけでした 地名をいえばわかる人も なんかお正月早々 ルーツ探しっぽく笑

 

でも 祖父その人は江戸時代の人ではないから武士ではなく その家系ということ

 

そういえば 祖父は赤ちゃんの時に両親をなくし 養子として育てられたというから 祖父自身が知らなくて母に話してなかったのかも でも 知ると知らずとにかかわらず 風格というのは生まれつき備わっているものですね 母の実家に行って祖父の風格を見るのが好きでした 今思うとさながら時代劇の場面のよう

 

行くと 床の間を背に 祖父が正座して座っていて 母と私たちはその前に横に一列に並んで座ってご挨拶 そして 祖父がゆっくり急須からついでくれるお煎茶の美味しかったこと それは湯飲みの底が見えるくらいにほんの少ししか注がれてなくて だから今 湯飲みになみなみ注がれたお茶を頂いてもあまり…笑

 

スケジュールやお年賀状 こういう整理は時間がかかる上に疲れるから 早々にスロークッカーに豚バラ肉の角煮を仕込んで タイマーは6時間 お夕飯頃にはちょうどできる加減 そろそろ煮えてきて いい匂いがしてきました

 

疲労が溜まっているのと 日常に戻った時間帯に体がついていってないのとで スケジュールや年賀状管理に根を詰めたから寝るしかなくて 起きたらこんな時間 スロークッカーで角煮を仕込んだのも これを見越して 頂いていてまだお返事できていないお年賀もあるけど もう急ぎません こんなふうにこれから

 

お年賀状情報です 東京都大田区の昭和のくらし博物館で特別展「映画 この世界の片隅に ~すずさんのおうち展」を開催中です 5月6日まで 片淵監督が映画の制作にあたり度々足を運んで昭和のくらしを体験されたそう ここは館長小泉和子先生がご実家だった昭和の建物をそのまま博物館にされました

 

1月9日

おはようございます 3日に初詣に行った香取神宮です 鹿島神宮に行く前に参拝したのですが スマホで撮ってなくて挙げられずにいました 綺麗なお社でした 鹿島神宮の神様を奈良の春日大社にお送りする舵取りの意の香取だったんですね 鹿島神宮は常陸一の宮 香取神宮は下総一の宮だそうです

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今 ウィキで確認したら 鹿島神宮も香取神宮も 宮中で1月1日に行われる四方拝で遥拝される神社でした 今年は現天皇陛下 来年から現皇太子さまが という節目の年に参拝したのもなにか心に残ります

 

高知県香南市で 奈良時代の幹線道路「南海道」の可能性ある遺跡発見 の記事をRTさせて頂きましたが 関東での古代道路は東山道 私が遺跡発掘調査に携わっていた時に 東山道武蔵路遺構が発見され 私も興奮して見に行きました ちょうど先日武蔵国衙跡を訪ねたばかりなので写真がありました

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東山道は近畿から陸奥までの古代道路 北関東を通ります その為に中世にあって 関東では鎌倉よりも北関東が栄えました それで埼玉に関東最大の天台宗寺院慈光寺があり 日本で三つしかない戒壇院の一つの下野薬師寺があり 最澄が東国を巡錫した際に大乗戒の授与を行った大慈寺があります

 

下野薬師寺です 奥の赤い列柱で復元されている回廊があり 右側の六角堂が戒壇院跡です 立派な寺院で立派な修行僧がたくさんいられたそう 称名寺の初代長老審海様もここから呼ばれて鎌倉に

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大慈寺は幼い円仁が修行した寺院 ここから比叡山に上りました 円仁誕生の寺院が近くにあります 円仁の父は東山道の美香保の関の豪族でした 美香保は三毳 順徳天皇『八雲御抄』にあります 円仁を慕ってライシャワー大使も訪れています 写真は大慈寺境内のライシャワー大使記念碑と三毳山

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執筆中の小説の仙覚さんは 慈覚門人仙覚と記すほど円仁を敬愛しています 小説化を思い立った当初 万葉集を志した13歳の年にこの大慈寺を訪ねて そこから京都へ上らせようと考え 簡単に完成すると思いました なのに今は仙覚誕生どころか 頼朝が伊豆に流されるところまで遡ってしまっています笑

 

 ポストに この方からこの言葉を頂きたいとずっと頑張ってきたその言葉の書かれたお年賀状が 小説頑張って下さい あなたならきっといいものが書けると思います署名 署名をこんなふうに付して頂いたのも初めて 小説が完成するまでこれはないと思っていました 泣きそうです

 

連絡を頂いて 昨秋投稿の実朝の文学碑めぐり 掲載して頂くことが決まりました 掲載誌が届いたらこちらにもアップさせて頂きます

 

昨夜のぶらぶら美術館 忘れえぬ女 面白かった 画家クラムスコイはトルストイの肖像画を描いていて それで忘れえぬ女のモデルがアンナ・カレーニナとされるそうだけど 画家はあえて特定せずに 原題は見知らぬ女 けれどアンナ・カレーニナの中には忘れえぬ女に特定してもいい文章が散見されるそう さらに

 

クラムスコイがトルストイの肖像画を描いている時 クラムスコイがトルストイを観察したように トルストイもまたクラムスコイを観察していて アンナ・カレーニナに登場する画家はクラムスコイがモデルなのだそうです

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