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2019.3.9 ツイッターから転載…仙覚の小説覚書(132)光能さんを書きたく

3月9日

おはようございます 仮寝して起きたら朝 疲労は回復してきていますが 身体の芯からにはまだのようです ずっと時間を気にせずTLを拝見 素晴らしい世界の広がりがTLにはあって(現実 芸術 思考などすべての) 仙覚さんの狭い世界に籠ってしまいがちな私の世界を広げて頂いています これが私にはとても大切

 

以前の原稿を見直しながら進めているのですが 昨日から光能を書きたくなってうずうず 以前は光能は遠い世界の人だったのに 仙覚さんを離れて時政や運慶や最勝光院滋子さんをやっているあいだに姿が垣間見えてきてのこと 今日年譜を照合して入れられるかどうか確かめますが 今後の進展でも重要な気が

 

というのは 光能は俊成さんの甥で定家の従兄弟なんですね 基子さんを源氏物語熱愛者として書いていて それが京にいる異母姉の光能夫人から贈られた源氏物語の設定で進めていたのだけれど 勝手な設定だったのになんか信憑性ありそう というわけでその辺りを書きたくなっているのです

 

こういう華やかさの広がりが 私にはツイッターの皆様の華麗な呟きの影響 と断定して間違いないです こころから深謝です

 

鼻炎ですが 小川町から帰って目が痒く鼻炎の症状まで出て これはいよいよ沸点を越えて慢性化? と思ったのですが 細胞を修復するというヒーリング音楽を聴いて寝て起きたら治っていて その治り方が完璧で 以降 昨日も終日発症なし ヒーリング音楽効果と私は思ってそれからずっと聴いています

 

TLにお名前を見て思い出しプリントしてきました F先生 鎌倉ペンクラブ新年会で乾杯の音頭をとられています お送りしようと思いながら こんな遅くなってやっと でも私には吉田健一はまだ当分

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ご挨拶に伺って立話をさせて頂いてもお席に戻られないから 遠慮されているのかと思って どうぞお席に座られてとお勧めしたら いや 音頭をとることになっていて と仰られるので じゃあお撮りします と申し上げて撮ったのに・・・ あの日を境に私は仙覚さんの小説に戻ろうと決心したのでした

 

真ん中の写真に黒いジャケットの後ろ姿で写っている彼が 講演だのなんだのって他人のことにばかり尽くしてないで自分を大切にしろ とにかく書くんだ 当面60枚でも書け とえんえんと叱咤激励して下さった人です 左手の空いている椅子が私の席でした

 

井の頭公園の白い馬酔木 すぐ下の梅林は満開に見えるけど 行かないと決めています 執筆に気を散らさないために禁欲的になるしかなく

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去年は雪の椿を撮ったのでした@井の頭公園

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インフェルノ 観ているのですが 原作を知らないから何もわからないまま 怖い画面の連続 ダヴィンチコードの手法を思えば展開も予測さるけど なんか ここのところの平穏 優雅 華麗な日常を いきなり壊された気分 たぶん これが欠けていた 仙覚さんの小説にかかるのに

 

インフェルノ 終わりました いい悪いでなく 舞台も設定も知的にも 仙覚さんは日本のこういう映画になる素材 私よりハードボイルドタッチの男性作家に書いて欲しいといつも思っている そこを深遠な思考で切り抜けようと思っているのだけれど

 

禁欲的に そして ハードに 少し平穏になりすぎていたから 自戒

 

とにかく必死に仙覚さんの小説世界に没入すべく そのことだけを思念に入れて過ごしていますが 前に書いた文章をなかなか捨てられなくて 今 やっと大幅に切り捨てました 思いつめて書いていたから以前の文章は気持ちがはやって詰め込み過ぎ これを分散してひとつひとつ丁寧に進めます

 

さっき インフェルノを観てハードボイルドタッチが似合う世界と呟きましたが 考えてみると源氏物語もハードボイルドではなくても男性視点で書いたらそれなりの世界になる小説 でも紫式部さんはそれをご自分の文体でこなした 読み返している私の仙覚さんも絶対男性作家さんでは書けない文章です

 

前はいきなり比企の乱→岩殿観音だったけれど 光能を入れたくなって調べたら 光能は建春門院滋子さんとまったく時代をともにする 第一 頼朝にしても 上西門院統子さんに出仕したその時に滋子さんも門院に出仕していて後白河院に見初められた 仙覚さんの比企の乱よりずっと前の時代だけれど 思案

 

比企の乱は 頼朝の乳母に比企尼がいたことが遠因だから その頼朝が上西門院に初出仕した時 比企尼が装束を整えるなどして送り出しただろうし そのあたりを書かなくては のちに頼朝が恩に報いて比企谷を与えたことの深い理解には繋がらないと思う まさかそこが比企の乱の戦場になるとはですが

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