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2019.5.28 ツイッターから転載…仙覚の小説覚書(134)道家と順徳天皇妃立子さんが加わりました

5月25日

夜の柏葉紫陽花 まだ開きはじめで咲いてません 文学は掘り起こすものってほんとうですね 今日のうちに原稿を手放そうと朝から頑張っていたのに 夜になって突然今まで見え隠れしていた陰のテーマが浮上して これはもう覚悟してかからなければならないと 原稿の送付を見送りました 今日終えて 次に小さな

 

発表をして そうしたら夏の研究発表に向けて専念 の予定が崩壊 6月までかかりそうだから一旦中止して 小さな発表にかかります

 

文学は掘り起こすものって ほんとうにそう 仙覚さんの小説にかかっていくら頑張っても 学術的体質でいるあいだは広がらなかった 文学的体質になったらいくらでも掘り起こしていける 見え隠れしていたテーマ これを入れたら うん 完璧 と思っても また広がるかも 魅力が出てきました

 

5月26日

朝のうちに図書館へ その前に見たTLのある言葉をずっと引きずっていて それを呟いておきます 黄色いベスト運動のことを綴られて文章の中 あいつらに喋らせてはいけない これって 今の諸々の問題の本質ですね こんな人たち発言以来 まさかと思っていたのですが 現代にあってもなお 支配層の意識はそこ

 

現代はtwitterがあるから 少しは声をあげることができる アイドルの方だってtwitterで抗っての今日のニュース 私は鎌倉で何が何だか分からず見えない圧力と闘っていたけど 行政でも業界でも その中の人でない私はいわゆる下級階層民だったんです だから あんな奴に喋らせてはいけない だったんでした

 

今朝 それがはっきりわかって そういうことだったのか とさっぱりしました 文学に根ざしたらそんなことはどうでもいい 仙覚さんの小説に生かしていけるし さあ これからです!

 

5月27日

おはようございます 昨日から道家 仙覚さんの小説に登場させるのですが まだまだだから検証を怠っていました が 突然閃いて必要に 先日の原稿送付見送りになった件です で 図書館で借りてきた本を拝読しています 道家の姉立子が順徳天皇妃 頼経の叔母になるんですね 立子さん 深まりそう

 

ずっと学術的体質で仙覚さんを追っていた時には全然動かなかった原稿 伝記にしかならないからつまらなくて 文学的体質に戻ったら華が出てきて動き出した と思ったらまた立子さんという女性 承久の乱の時仙覚さんは19歳で 頼経はまだ4歳 竹御所も19歳です

 

もうひとつ 昨日から気になっているのが慈光寺本承久記 この慈光寺本にだけ佐渡に流された順徳院と道家の長歌の贈答があるんですよね 誰が取次いだ? ということより 慈光寺に近い仙覚さんと承久記 その関係が気になっていたのを思い出しました このあたりを膨らませたら面白いと思う

 

メモ: 承久の乱の年、仙覚19歳(16歳で上洛) 竹御所19歳(28歳で将軍頼経と結婚) 九条道家29歳(将軍頼経の父) 立子30歳(道家の姉・順徳天皇中宮) 順徳天皇25歳 後鳥羽上皇42歳 頼経4歳

 

(ものの見方を変えることで、世界ががらっと変化する、ということはさまざまな作家、思想家が言っている。世界の見方を変えるようなメガネが欲しい…。)

 

村瀬憲夫先生『万葉びとのまなざし 万葉歌に景観をよむ』素敵な内容のご本です 『承久記』を取ろうとしたらその上の棚にあって (『万葉集を訓んだ人々』の隣) そうっか また拝読してみようかしらと 仙覚さんも浸った世界ですものね

 

『承久記』 読もうとして取り出したのは初めて 何回も試みては失敗していて 必要がきたらと思っていたのが やっとその時がきたみたい 古書店で買って持っていました

 

開いたらこの本凄かった 巻末に慈光寺本が添付されてました しかも詳細な解説まで 従来の説では慈光寺本の慈光寺は 比企のあの慈光寺ではなく 山科のなんですよね 調べたことがあって 私の結論では山科説もそう確かなものではなかった あの論考 『源氏物語と鎌倉』に反映させていたかしら 忘れました

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