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2019.7.7 ツイッターから転載…日々雑感、『万葉集』に移ったことや、国会図書館に行ったこと、七夕と鎌倉の源氏物語の関係など

7月5日

おはようございます 今日から万葉集 昨日源氏物語写本の一覧表が終わったので 作っている時も作る前に資料を漁っている時も 漠然とした予感すらなかったものが 完成した表を見た途端に閃くものが 今朝のことです たぶん これ 当たってる! でも実証のすべはないから 可能性として報告します

 

年譜や一覧表はほんとうに不思議 たくさんのご論考にばらばらに書かれていることは 皆様それを読んでられるのに 核心の一点が見えてられない でも表を作成すると一目瞭然に事実が並ぶから 一瞬にして見えてくるものがあります もちろん それまでのたくさんのご論考の背景あってのことですが

 

月下の薊 いいですね といろんな方から頂く 今日も お互いがんばりましょう と

 

『古筆学大成 万葉集』より: 桂宮本万葉集は万葉集最古の写本。筆者は源兼行で宇治平等院の内陣壁画や扉の色紙形を染筆した人! (←びっくり) 伝来は、加賀金沢の前田利家夫人芳春院→四男利常→利常娘福子が桂宮智忠親王に嫁ぐ→明治時代に桂宮家が廃絶して宮中に献上…こういう歴史は初めてで新鮮

 

『古筆学大成 万葉集』より: 元暦校本万葉。もと高松宮家旧蔵の六冊と古河虎之助所有の十四冊を合わせて二十冊にしたもので、それを成し遂げたのは佐佐木信綱博士。「現存せることの知らるるもの全部を蒐集して、元暦校本万葉集大成とのいひつべきこの書を刊行すべく」…つまり命名も佐佐木信綱博士! これもびっくり

 

私は万葉集の研究者ではないから 万葉集の写本として色々な刊行物で見ていたから 元暦校本万葉集 は最初から元暦校本万葉集として伝わってきているものとばかり そんなふうに読んでいました まさか 断簡まで一切を網羅して繋いで だったとは

 

そういえば校本とありますね 校本って何だろうと思っていたのですが そういうことだったのかと 校本の語 やっと最近尾州家本のことで調べたばかり まだ万葉集に応用するに至ってませんでした 以前はよく そんなことも知らないで とツイッターで食いつかれ(笑)ましたが さすがに最近はなくなりました

 

7月6日

出掛けのポストに鎌倉の方からのお便り 昨年七月の鎌倉同人会主催 妙本寺様での講演がHPに載っていたらしく プリントして同封されていました 明日は七夕 河内本源氏物語が鎌倉で完成した日です 講演はそのことで締めくくっていて 私のほうが改めて思い出されました 毎年 それをアピールしてたんでした

 

今年は研究発表の準備にかかっていて 七夕の日に完成という親行の識語がある蓬莱寺本源氏物語を目下探っているところ なのに 鎌倉へのアピールを失念してたなんて 帰ったら呟きます

 

国会図書館にコピーをとりに来たのですが 永田町駅構内にこんなエリアができて お陰で私はいつもの出口がわからなくて迷って結局初めての出口から 国会図書館内でも いつも行っていた喫茶室が新館だったなんて初めて知って迷子 でも 親行さんの識語がある蓬莱寺本のコピーが手に入ってほっと

 

でも 論文集のコピーは著作権の関係で半分まで 30頁だったから15頁に減らして下さいと言われてそうしたのですが 半分の論文なんて…泣 ですよね

 

国会図書館から見た今日の国会議事堂

 

国会図書館 通っていた時に毎日お昼に入っていた一階の喫茶室 今日もと思っていたら閉まっていたので 駅構内のあのエリアで 重厚な造りですが バルのでもお蕎麦でもオムライスでも どのお店のでも可 疲れたので 私は 熱い豚汁 惜しいけど バルのビールとエスカルゴ みたいな気分になりませんでした

 

帰ろうとして席を立ったら 背中側のインテリアがこうでした 何時間でもいたい

 

鎌倉の源氏物語と七夕の関係①「河内本源氏物語」は建長七年七月七日に、源親行により完成しました。それを記す識語が『鳳来寺本源氏物語』にあります。【嘉禎二年二月三日ニ校書ヲ始メ、建長七年七月七日、其ノ篇ヲ果ツ。時ニ雁字終点ノ朝也。更ニ紫式部ノ往情ヲ暗ンズ、牛女結交ノ夜也。遥カニ驪山

 

宮ノ昔ノ契リヲ思ヒ、翰ヲ染メ、牋ヲ操リテ、慨然トシテ記ス。朝儀大夫源親行 (花押)】建長七年七月七日の朝、「河内本源氏物語」の完成をみた親行の胸に去来したのは、まず紫式部のことであり、それから七夕の夜に関わって玄宗皇帝と楊貴妃のことでした。『源氏物語』なのですから、例えば光源氏とか

 

紫の上が挙げられてもいいところを、親行の胸に浮かんだのは玄宗皇帝と楊貴妃なのです。これほどに深く親行に染みついた「長恨歌」。そして、七夕。親行には父光行との思い出のエピソードで「長恨歌」は特別なのでした。「河内本源氏物語」は七夕の夜に完成したのでした

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