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2020.2.28 ツイッターから転載…日々雑感、やっと完全に籠って原稿に集中する環境になりました&臙脂色のオダマキを買いました

2月25日

夜のオダマキ 園芸はもう水やりに気を配れないから諦めたのですが オダマキだけは買うことにしていました 今日 たまたま見つけて 好きな色だったから購入 そうしたら今日入荷したばかりとか で 嬉しくて雨が降っているのに外に出て撮りました

 

昨夜時系列でメモをとったから 走馬灯のように登場人物が流れていて TLで東博の鳥獣戯画展を見たからか 登場人物が鳥獣戯画のうさぎさんたちみたいに動いていて ああ ほんとうに私は絵巻を書いているんだ という気に ずっと先にいくと松下禅尼と檜皮姫の項にいくけど なぜか今夜檜皮姫が頭から離れない

 

檜皮姫が亡くなった時 仙覚さんは何歳でどこで何をしてたのだろうと年譜を見たら なんと 寛元本万葉集ができた時! そんなふうに重なるんですね 驚き 時頼が頼経と対抗して その頼経に仙覚さんは万葉集を命じられたわけだから 檜皮姫がその時代って 当然といえば当然なのでした

 

ぐっと話に厚みが出てきました この時にはもう北条実時が登場しているから 仙覚さんと実時と頼経の絡みで書こうと思っていました そこに檜皮姫が入るなんて! 男性陣ばかりで華がないなあと思っていたけど 出てきました

 

今日はもう疲れたから寝たのですが 飛び起きてしまいました 仙覚さんは松下禅尼と会ってるんですよね 頼経の子の頼嗣と松下禅尼の子の檜皮姫が結婚してるのだから

 

また想念が膨らんで眠れなくなりそうだから 止めて寝ます!

 

2月26日

雨で雑木林もしっとり@井の頭公園

 

梅林が近いのだけど 寄らないで通ろうと思ったら 満開らしい光景が見えました 降りればすぐなのだけれど

 

14通の封筒の料金が足りない分(10円)の切手を買って その場で貼って 局員さんにあずけて ふうっ~ とやっと原稿だけにかかっていられる地平を手にしました 不要不急の外出を控える日々を原稿に専念 これから1ヶ月 どれくらい進んでいるか 自分が変わると思います

 

ありがとうございます。海外在住の方にまさかお声がけ頂けるなんてとびっくりしました。私は「草燃える」をよく知らなくて残念なのですが、たぶん同じ時代です。表舞台の政治史の裏の国文学的文化史といった感じです。でもそれでは難しいので小説にしようと思ったのですが、やっと小説になってきました

 

ほんとうに、苦しみながら書いてきて、やっと! なんですよ。そんな時にお声がけ頂いたから嬉しさもひとしおでした笑 以前書いたコラムで仙覚さんをまとめていますので添付させて頂きます。これを、楽しくわかりやすい小説にと頑張っています。

 

生活文化史って素敵ですね。今まで私はそこが欠けていたんです。堅物で笑 論文やエッセイばかり書いていてそれでいいと思っていたのですが、Twitterで、ゐ様はじめ、海外在住の方々の目に美しい生活を見させていただいて心がほぐれ、そこに小説にとりかかったものですからやっとわかりました。

 

お花の写真をRTさせて頂いて そういえば今日(昨日…) オダマキの別の色を買いに行ったのを思い出しました 買ってきた臙脂色のオダマキが庭に映えて 濃い紺色もあったと思い出して 別件で荷物が増えて行かれなかったのですが オダマキって 色が「和」なんですよね 不思議な気がします

 

三連休で思いきり夜型を過ごしたから 連休明けは気を引き締めて家族に合わせた朝型 そうしたら週の半ばでもう疲労困憊 お夕飯の片付けも早々にダウンして 今起きて そうしたら夜型時間だから快調笑 これから原稿にかかります(ずっと夜型で過ごしたいです 朝型夜型って体にひびきますね)

 

原稿っていいですね 向かった途端に胸がすうっとします 今の世情ではTwitterを見ないわけにいかないから見ますが 原稿に戻った途端次元の違う世界に 今の世情も何百年後かに書く人がいたら 本質を見極めて書いてくれると思う 書くってそういうこと

 

本質を見る目を持つ者は、本質を持つ者を見分ける嗅覚を持つ。時政は、まだ少年でしかないその仏師の異様な執念を感じさせる静かな迫力に惹かれた ←時政と運慶の出逢いのところの描写です。私はこの二人をこういうふうに捉えて書いています。場所は蓮華王院

 

その日、時政はもうひとり、終生心に刻んで離れなくなる人物を見た。清盛である ←時政が運慶と清盛を見た最初の日を同じ設定にしてしまいました笑 (劇的になっています) 私は時政は内心清盛を尊敬していたと思います 頼朝の手前 それは表に出せなかったでしょうけど 時政の内心って結構複雑で面白い

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2020.2.27 ツイッターから転載…日々雑感、素敵なタイトルが浮かびました&比企尼の菊造り、やはり入れることにしました

2月23日

おはようございます ミモザって素敵ですね でも昨年来海外にお住みの方のTLを見なかったら魅力に気づかなかったかも 寛遍僧正を書くところまできて それから昨日「鏡」を書いてるんだ! の自覚を得て やっと自分が自分になった境地になりました みつけたわ なにを 永遠を の境地? もう揺るがない気分

 

家族が鏡って何? と訊くので 道長の時代の大鏡に始まり 続いて水鏡 それから今現在の歴史を書いた今鏡 で その後だから増補みたいに増鏡 があるのよと答えたら 吾妻鏡は? というので それは鎌倉の鏡と答えました 私の鏡 どんなタイトルになるのでしょう

 

中止をお願いしていたある会 中止にして頂いて心からほっと お願い先の方は諸手をあげてというのではなさそうだけど 相談された相手の方がちょうど別の会でも中止にしたところと同意し説明して下さったそう こういう主張初めてだからどっと疲れました でも命がかかっている事態です 頑張りました

 

とても素敵なタイトルが浮かんで たぶんこれでいくと思うけど もう少し様子をみて 気が変わらなかったら公表します 今書いている第一章は前編で仙覚以前 後編はずばりそのものの仙覚 2月5日に書き出して22日の今日この状況 戦時下で谷崎が源氏物語を 三島が新古今をしたように このご時勢下 私は仙覚

 

2月24日

おはようございます というような時間ではないけど笑 昨日中止をお願いした会の件 Twitterをご覧になっていない方だから危機感がなく 私が休みたい一心のごり押しととられたよう 傷ついてます でも それで他の方への中止の連絡を頼まれ今お電話したら その方がなんと私がTwitterでご活躍を拝見している

 

方と知り合いで今度会いに行かれると 私はお会いしたことないけど Twitterで日々のご活動を拝見してるから話が盛り上がってしまいました 楽しかったから傷ついた気持も回復です コロナ情報の件や私の研究分野での情報入手の深さをお話したら 活動的ね と言われて 私は家でネットを見てるだけなのにと笑

 

その方のほうが実質的に活動的で 羨ましいくらいに由緒ある史跡のあちこちを訪ねてられます 写真はガチャで木のお家 こんなのがあったの 懐かしいからついガチャやっちゃた と娘が持ってきました

 

中止の連絡でもうお一方べつの方にお電話したら 比企の話でまた長話 再来年の大河の義時 姫の前が出るわけだから当然比企で盛り上がってるだろうと思っていました でもそうでもなさそう その方が最近いらして 何やってんのよ と思われたくらいだそう まさか 義時が比企に繋がるって 気づいてない?

 

彼女は 義時のナレーションを仙覚がするといいと思ってるの と言うので それはどうでもいいけど とにかく私は大河以前に目下の原稿を仕上げて本にするの と答えました

 

比企谷に菊を植えた比企尼の件 迂回ばかりしていないで早く仙覚さんを誕生させなくてはと 菊花エピソードは書かないことにしてたのですが 鏡にするなら入れた方がいい と思ったのは さっき通った道で 片隅に菊花が植えられていた駐車場に造園業の車が停まっていて ああ だからだあ〜と納得したら不意に

 

たぶん停まっていた車の造園師さんが植えられた菊 秋に駐車場の片隅にいろんな菊が突然植えられて 随分いろんな種類の菊が と驚いたのですが造園師さんだったのですね さっきのツイートに写真を添付しようとしたのに 保存しているクラウドの不具合で開けなくなっていて 今試したら治っててほっと

 

もうここまできたら 比企尼が頼朝のためにいそいそと菊造りに精を出すすがたを思いきり書きます(笑) 頼家は五歳くらい それから実朝を誕生させて 飛鳥井雅経の蹴鞠を書いて(兄弟で蹴鞠を習います) 景盛の愛妾強奪事件も書いて・・・ ふうっといった感じですね

 

あのまま寛遍僧正を書いていれば もう建春門院滋子さんには進んでいたのに 小説を読んだり中止の連絡をしたりお詫び状を書いたりしているうちにすっかり気分が変わって と思ったら比企尼の菊花の件を書くことが浮上 いつもそう 書きたいのに事情が山積して書けないでいると 取りこぼしの回復が

 

書けない環境にいらいらしていても 結局 書けないときはなにか書いてはいけないストップが内からかかっているという結果に 書くということは書かされているということだなあと いつも思います

 

今日のピンクの椿です@井の頭公園 落花も少なくなりました

 

楽しみにしていた鎌倉でのイベント 琵琶 だったのですが 私は遠方から鎌倉に新型肺炎を持ち込んだら大変と思い 早々に申し込んだ方に辞退する旨お伝えしてたら 今日主催者様から中止になりましたとのご連絡 遠くにいるから鎌倉は大丈夫なのだろうと思ってたのに またRTみたいに感染者の報 心配です

 

この前メモをとって失敗したけど 今日は書くことの時系列の整理にまた この頁の上の欄外が頼朝以前 下の欄外に比企の乱 目下書いている時政は上の欄外の中で 比企谷の菊花は頁の中程 順に書くとして やはり時政は今書いておくのがいい 丹後内侍の病と菊花が同じ時期

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2020.2.26 ツイッターから転載…日々雑感、久々に現代小説を拝読して、私のは小説というより物語、無明草子のような歴史の鏡なのだと気づきました

2月19日

時系列の確認: 後白河天皇即位→寛遍上人護持僧に→二条天皇即位→後白河上皇滋子さんを寵妃に→法住寺殿造営→寛遍上人遷御→最勝光院造営→滋子さん崩御→運慶と時政→鹿ケ谷

 

法はもとより言なけれども言あらざれば顕われず。真如色を絶して色を待ってすなわち悟る。蔵密は深玄にして翰墨に載せ難し。さらに図画を借りて悟らざるに開示す…世情が酷くて こういうときは空海だなあと思ったら 運慶の原稿にあったので引用しました 空海のことばは「深玄」だから心がしんとします

 

運慶の原稿に空海を入れたのは 私は無著像が好きで ああいう彫刻をする運慶に空海はもうすべて理解がされているのだろうと思ったから そういう運慶と交流あった時政 比企の乱でいくら比企氏を滅ぼしても憎めないんですよね泣(なんとなく私の原稿 比企氏をよく書いてない…)

 

2月20日

20200220 印字した推敲用の原稿に日付を打ったら 今日は2と0ばかりの日でした 他愛ないことだけど

 

突然閃きました 今書いている「第一章 比企の乱」はそうではなく『前編 仙覚誕生以前』 第二章と思っていたのが『後編 仙覚誕生後(すなわち「仙覚の生涯」)』 比企の乱で仙覚さんが生まれるのに それまでがこんなに面白くて長くなってしまい 一体どうなるのだろうと思っていました 前編後編で一冊に

 

瀬戸内寂聴さんに『中世炎上』という『とはずがたり』を小説にした作品があるのですが 前編がなぜ二条が後深草院にペットみたいな愛され方をしたかが 二条の母が院の最初の相手で院が彼女を忘れられないから という事情をそれはもう絶品というくらいに美しく感動的に書いてらして 後編がとはずがたり

 

そのものの現代語訳みたいな書き方をされているのですが 後編になったら途端につまらなくなって 想像力を働かせられないで書くとこうなるんだなあと思っていました 仙覚さんの小説も後編は仙覚さんの万葉集研究の歩みだからそうなりかねない ずっとその危惧を抱いていたので 一冊にすれば救われるかと

 

メモ: 足立遠元と安達盛長は血筋というけど 安達氏が北条氏と区別できないくらいな賢さを感じると同時に足立氏もそう 比企氏だけ 私には今のところ感じない

 

たぶん 時政の項と運慶の項を終えて後白河天皇と寛遍上人の項に移れるのだけど 視力と気力が限界です

 

原稿は初期のころは完璧を目指して何度も何度も推敲するけど 進んで分厚くなってくると読み返すのも目で追うこと自体が物理的に大変で 気力も足りなくなるし 長編作家の方はこんな苦労をされてたんだ~って 今さらに尊敬の念(考えたこともなかったから新鮮)

 

寛遍上人にいきたいのだけれど 必要で読まなければならない小説があって 明日からそれに入るからしばらく原稿はお休み せっかく乗ったのにあ~あの気分 これが終わったらもうほんとうに独り籠ります

 

2月21日

おはようございます 豊島園遊園地が八月以降順次閉園と昨日TLで見て また行きたいなあと メリーゴーランドはいつまででしょうね 昨夜 書くべきことを忘れないようメモとったら 時系列で並んだ鎌倉時代のエピソードの殺伐としたこと! 心のなかではゆたかな気分だったのにと意気消

 

書くことはとってもゆたか 殺伐とした現実のなかからゆたかな感性を掘り起こして書く それって 心のなかのゆたかなものを芋づる式に思い起こしながら書くことだから 結構自動筆記的なのだなあと感じました メモなんかとるんじゃなかった笑

 

物凄い久しぶりに現代の小説を拝読した余韻を終日反芻していて そうっかあちらが小説で私のは物語なんだ と気がつきました もともと玄覚さんの独白バージョンだから物が語るなんだけど こんなにも私の文学観って現代と乖離してるんですね 源氏物語が原点にあるから もともと物語なのでした

 

いっそ 鎌倉時代の源氏物語になったらいい! 光源氏はいないけど 仙覚さんが……

 

わかった! 源氏物語というより鏡の世界なんだ 無名草子の類? 小説というより歴史です 現代の小説を読んでそれを痛感

 

夜になって気持ちが定まりました 三月最初の週に二回 鎌倉に行く用があったのですが それはもう辞退しようと決めていて 明日お詫びの通知をする予定だったのですが お会いするからその前にと拝読した小説の作家さんの日も辞退して家に籠ろうと 遠出は感染の危険を考えたら 今守るべきは仙覚さん

 

以前から憧れていた作家さんでした 鎌倉ペンクラブの方もお出でになるから紹介するよと仰っていただいていて それではと拝読したのでした でもTLを見たりTVでニュースを見ていると やはり遠出 しかも品川とか横浜とか通るのは怖いし なにより今 仙覚さんを書けなくなるのが怖い ここは籠るしか

 

2月22日

おはようございます 昨日 今までの赤の推敲が入った原稿を入力し直し 最初から通しで印字したのを読んでいたら これでいける! の手応えを掴みました やっと振り出しに戻りました 迷走してたけど 迷いもなくなって これからまっしぐらに専念 となっていきますように(あくまでも 望み笑)

 

昨夜呟いたように 今日は何通かの外出キャンセルのお詫びを書きます 出かける予定がなくなって原稿に向かったら 先のツイートのような専心感 凄くすっきり 爽快感まであります ここからほんとうに「籠る」がはじまります

 

仙覚さんの小説 玄覚の独白バージョンにしても 初代将軍頼朝からはじまり 最後の九代守邦親王までを書くのに 玄覚さんっていったい何歳? がネックでした でもシルヴィでモデル作者とかの存在を知り さらに大鏡みたいな鏡の類とすれば解決 もともと源氏物語にしても整合性つかない部分が大ありですよね

 

シルヴィの1832年とか 源氏物語の夢浮橋の終わりとか 衝撃を伴う余韻ある終わりが仙覚さんの小説では見えなかったのですが 先のツイートで守邦親王と呟いたら 小川町の山の連なりが見えてきて 余韻と衝撃のラストが浮かびました それに向かって書いていきます 早くそれを書きたい!

 

鎌倉最後の将軍守邦親王と小川町には 物凄い謎のロマンがあります なにしろ後深草天皇まで出るんですよ それに仙覚さんが関わっていると 私は読んでいます

 

絵巻エンディングの夢幻! いいですね。ありがとうございます。ラストのシーンが見えたら、そこに向かっていけばいいので楽しくなりました。夢幻というか幽玄というか、余韻の残るラストにしたいです

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2020.2.20 ツイッターから転載…日々雑感、反古にしていた時政の原稿も合体させました

2月18日

おはようございます 椿が一輪丁度いい高さの位置で咲いてくれていました 昨夜合体させた運慶の項を読んでいて 武士の項にはこういうことを書く奥行がないんだ~ としみじみ思いました 写真で報道をやっていた義侠心から 知った者は報せる義務があるとばかりに鎌倉の源氏物語に関わって十年 それなりに

 

納得して尽くしてきましたが 心の底では枯渇するものがあって 何故だろうと思っていたのですが こういうことだったのですね 書こうとしても書けない それは仕方なかったんです 武士の世界では そして今も武士を推奨する鎌倉では やっと自分の地盤が見えてきました 書きたいものが書けそうな気がします

 

昨夜見て納得したツイートをRTさせて頂きましたが ほんとうにそう 光源氏は暴力を振るわないキャラなんです 対して武士は奪い合いの世界 それは今の鎌倉でも生きていて 鎌倉の源氏物語で私自身がその目に遇ったとき 中世がまだ生きてるんだ~と思いました 奪い合いでない世界で書いていきます

 

毎年見る玉川上水べりの水仙 去年は見おくれたけど 今年は見ることができました まだ咲き始めみたい 蕾がこれから

 

2月19日

おはようございます TLを見て 世情も新型肺炎もとても呑気にツイートできる状態でないけど だからこそあえて明るい垂れ梅の写真を 近隣で一本だけあって毎年楽しみな民家のお庭 昨日通ったら咲いていました 昨夜は気力がなくて原稿を見ても集中力なし こういう時はたぶん発酵待ち 粘らずに就寝しました

 

思い出しました 中断した運慶の原稿で寛遍上人を登場させたのは 後白河天皇と上人が源氏物語の冷泉帝と護持僧の関係だから 深夜に護持僧と語らう後白河天皇 その話が源氏物語だったと ここで源氏物語の歴史を書いておけば あとで基子さんとか光行さんを書くときに役立ちます

 

2月20日

おはようございます 夜型なのに家族に合わせて昼型でこなすしかないから時々限界がきて疲労困憊します ここ二三日がそうで昨夜は何がなんでも家族に起こされても頑張って寝て朝まで やっと今朝爽快になりました 原稿は運慶を合体させた箇所に無理を感じて詰まっていたのですが 今朝 爽快になったからか

 

反古にしていた時政の原稿がある! と閃き 入れたら潤滑になりました なにか詰まっている時って 体調は悪いし原稿は展開しないし 両輪です

 

二年間 大番役として平家全盛時代の六波羅で過ごし 清盛を間近に眺めて暮らし 運慶とも交流する時政が そういう大物感のない能員がただ頼家の岳父というだけで鎌倉幕府の長になるなど許せない という律儀な正義感が比企の乱の背後にあったのではないかと 時政を書いているとどんどんそんな気に

 

比企の乱当日 時政は逡巡してうろうろした挙げ句 涙を流すんですよね 以前からこの涙の意味がひっかかっていて これはいくら北条氏側の記述だとしても 時政をよく見せるための虚飾なんかではないかも と思っていました 時政の比企の乱への思いは単に外戚の地位を守るためではない気が

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2020.2.18 ツイッターから転載…日々雑感、仙覚さんの原稿に書きかけだった運慶の原稿を合体させました

2月16日

もうこんな時間ですが おはようございます 週末なので朝が忙しくて笑 なんかしょっちゅう週末です泣 昨夜から考えていたのですが やはり運慶を入れることにしました 運慶は仙覚さんと世界が違うし 省略してなにも問題ないから入れない予定でした それでもう鹿ケ谷事件も書いて 源平の争乱

 

を通過し 六代御前も書いて 実朝の誕生までいっているのに 時政の大番役で戻ったら運慶を入れられると気づいて そうしたらやはり建春門院滋子さんですよね 鹿ケ谷事件の伏線でもあるし滋子さんも書きます 蹴鞠を書けばやっと終わりが見えたと思っていたのに その蹴鞠自体がまた遠のきました

 

どこか焦っているんですよね ずっと長く書けない書けないを繰り返していたから 早く仕上げなくては! の命題が私のなかで枷になっていて それで早く終わらせることばかりを考えてしまう もうここまで来たのだから覚悟を決めて建春門院滋子さんを思いきり書いて それから蹴鞠に進みます

 

以前 建春門院滋子さんを書いていたときの参考文献です 原稿の最後の更新が2018年8月 空海まで遡って充実していました これを上手く取り込んで時政に繋げます

 

小説に参考文献をつけるかどうか 仙覚さんの研究では学会に発表したときの資料があるからそれを引用すればいいけど 滋子さんは最初からそれを意識して文献表を作っていました つけないほうが文学的だけど 私の場合は今までの大変なご成果の研究あっての創作だから付すべきかと

 

2月17日

今TVで放映中なのですが 朝の散歩道という番組で 九品仏のお花屋さんで彩花さん 日本で唯一「和ばら」を扱うお花屋さんとか 「和ばら」 滋賀県の方が創られた品種で香りもあって 形状が今の流行の西洋品種の薔薇より私の好み 行ってみたくなりました

 

滋子さんの小説 思い出しました 宇治平等院から最勝光院に繋げていたんですね そこに運慶をからませて あの頃 最勝光院に夢中でした 仙覚さんが上洛した時代にはまだあったでしょうか 境内に立たせてみたいです たしか 運慶と仙覚さんは運慶が鎌倉に行った時代ですれ違い

 

仙覚さんの小説の時政の項と 書きかけだった運慶の項を合体させました キーワードは六波羅 ここで時政は生涯かかわることになる強烈な個性の持主運慶を知る を繋ぎの文章として これから細部を調整しますが たぶん上手くいくと思う

 

最勝光院を書いていた時 誰かをここに立たせたいと思ったのを思い出せないでいたのですが 基子さんでした では 仙覚さんと基子さんを最勝光院で逢わせることにして これから布石して書いていこうかな

 

運慶と滋子さんの短編に取り組んでいたのは二年前 飛鳥井雅経の蹴鞠ももうだいぶ書いていて 鎌倉の源氏物語で中断したのだから これらを合体させて仙覚さんの小説になるとしたら 構想10年どころではないですね 全部仙覚さんの小説の為だった みたいな展開になっています 仙覚は誰かだけでは無理でした

 

仙覚は誰か だけのテーマで書こうとしていたから伝記か論文みたいにしかならず 文学のふくよかさを求めて苦しんで彷徨っていました

 

運慶を入れたら原稿がぐっと締まりました やはり私は武士よりも仏教が好き(武士よりも仏師となりかけて駄洒落みたいでびっくりして止めました笑) 運慶の原稿はほんとうに乗って書いたから 今見直す気力がなくそのまま ただ時政の原稿との時制だけに注意して見ています これから寛遍上人 具平親王まで

 

書いて源氏物語に 時政とほんとうに関係ないけど 運慶という同時代に生きた人の精神生活にはこういうことが入っている それを時政は知る由もないけど 読んでいる読者さんにはそういう人物が運慶で そうだからこそ時政が惚れた みたいな奥の深さとして 書いておこうと思います

 

具平親王とか源氏物語とか呟いたら なんか私の中で封印していたものがパンドラの匣みたいに開いてしまったみたい 胸がドキドキしています やはり私は武士よりも源氏物語 一生懸命丹後内侍を書いたけど 武士の中でせめて源氏物語風なものを拾って書いてる って 自分のどこかでちゃんと認識しています

 

建春門院滋子さんを書こうとして年譜を見たら 女房として上西門院に仕えていた時期って 頼朝が上西門院に初出仕したちょうどその頃なんですね その頃としかわからないから確めようがないけど 13歳だった頼朝が滋子さんを見ていた可能性も(また頼朝の初出仕の時代に遡ります)

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2020・2・16 ツイッターから転載…日々雑感、『〇〇の上の雲』とか『〇〇の名前』みたいな文学的なタイトルにしたくなりました

2月14日

おはようございます 原稿の表記の仕方がわからなくて新潮社さんの漢字講座や校閲講座に一昨年ほぼ一年間通いましたがまだなかなか把握仕切れないでいました でも今までできた分を読み返していたら あ これは平仮名にしよう とか 私のなかで整ってきたもののある気配 論より証拠 というのでしょうか

 

決して時代小説と思っていないのですが 一応鎌倉時代を書いているのだから その時代にはあるはずのなかった哲学用語とか抽象的な言葉を使わないよう苦心していたのですが もう止めて 思い切り現代用語でいってみよう という気にもなっています 自分の世界を持つと気も強くなるんですね笑

 

なんか ○○の上の雲 とか ○○の名前 とか そんなふうな全体を象徴するような大きな視界のタイトルをつけたくなってきています まあ 書いていくうちにはおのずと決まるでしょうけど

 

以前、励まして頂いている歴史学の先生に、タイトルは何ですかと問われて「仙覚」ですとお答えしたら絶句されて、しばらく無言だったあと、もう少し華のあるのを考えられませんか、と仰って頂いたのですが、いいんです、私はこれでいきます、って。気張ってたんだなあとつくづく今は思います笑

 

○○の のツイートに何人かの方がいいねを下さって たぶんそれはそうしたほうがいいというご表明だと思うのですが やはりそうかと 以前のことを思い出したりして 可笑しいです 感謝とともに

 

やっと文学的感性を取り戻したようです。今まで研究の感性で、仙覚仙覚とばかりに気張っていて、ゆとりがなかったんだなあとつくづく思います。心が広がってきたんですね

 

原稿は実朝が生まれるところにきました 産所となったのが時政邸 これで頼家を擁する比企能員と実朝を擁立する時政の比企の乱への構図ができました 時政邸は伊豆の材木を荷揚げして時政が潤って建てた名越の館 浜御所と呼ばれます ここに呼び出されて能員が討たれるから そういった諸々の布石です

 

2月15日

おはようございます 立松和平先生の夢を見ました 初めてです なのにとても鮮明に きっと昨夜原稿を読み返しながら この原稿は重いと思ったからでしょう 和平先生がデビューされる前 何度持ち込んでもだめだったのを ある時編集者さんがこの原稿は重いと思われて採用され それから花開いていかれたそう

 

そのお話を和平先生がどこかに書かれていたか 他の方に伺ったのか忘れましたが 私のなかには原稿が重く感じられなければだめ の基準がずっとありました だから軽くしか感じない原稿には無理を言って いいんです、私はこれで って気張ってました 初めて重く感じた原稿 自分で自分にぐっときています

 

立松和平先生には帯を書いて頂きました

 

義時側で書いた吾妻鏡が時政を見下して書いているから時政の評価が低く 朝廷と関東を繋いだ吉田経房との関係を無視されて 頼朝も上西門員時代に一緒だったからその縁で経房が関東寄りにと言われるけど 伊豆に流される前の頼朝なんて十代 時政との繋がりが大きいと どうして自然に思えないのでしょう

 

小説は人の心と感情で書くから 流布していてもおかしな歴史の解釈には違和感起こるし 認められていない説でも感情的にこれしかない と見えてくるものがある 自然な解釈で書いているから 刊行したら歴史学者さんから非難轟々が見える気がする なので タイトルに小説って冠したい気も笑

 

こちらの感染拡大には怒りしかないけど 隣国の大統領就任後からの周到な準備には敬服 人命は施政者次第の面があるのは確かで 仙覚さんを書いているとほんとうにそう思う せめてTLで騒ぎたてて施政者が無視できなくなるようRTさせて頂いています 原稿はやっと実朝が生まれたのに時政でまた逆戻り この

 

時政による比企の乱で仙覚さんの運勢が縛られるのだけれど 現今の施政者の無能なばかりの酷さが時政にあったとは思えず 武士の世にこんなひどい政治ってあったかしらと考えてしまいます

 

これから時政の平家残党狩り 六代御前の布石への必要からこれを書かなくてはなりません それで冷酷極まりない時政を書くのですが でも 今の施政者の腐った感じと一緒に思えないのはなぜでしょう とにかくTLに流れてくる酷さに怒ってるのに 時政に対しては怒りがないのが不思議 仙覚さんの敵なのに

 

年譜に時政の大番役を書き込んだら 丹後内侍がまだ在京中だから 頼朝を管理している伊豆の在庁官人時政に 丹後内侍が挨拶に行き頼朝の消息を訊ねる などの様子が浮かんでしまいました 別々の年譜を合体させると意外なものが見えてくる

 

運慶を入れたらまたまた迂回になってしまうから書かないつもりだったのに 時政を六波羅に投入したら あ ここに数行書ける となったのですが たった数行でも運慶が入るのと入らないのでは原稿の重みが違う 朝の和平先生に関連したツイートで原稿の重みということを考えているのですが こういうことかと

 

あ ここに数行書ける と思ったときに 書かなかった場合の原稿を考えたら それは筋だけで余韻がない という違いが見えたのでした 筋に関係ない事柄が自然にどれだけ豊かに投入されているか が原稿の重みかな と今のところの結論

 

週末だから朝は起きなくてすむのでこんな時間に 時政の項に運慶を書き込んでいました ほんの数行のつもりが始めたらそれにとどまらず Twitterで山本勉先生にご教示頂いた円成寺様大日如来像が甦り 手書きでは収拾つかなくなったので あとは明日の入力で といったところでひとまず寝ることにします

 

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2020.2.14 ツイッターから転載…日々雑感、菫の写真がTLに流れてきて一年が経ったのだなあと感慨&『仙覚への旅』は比企尼と丹後内侍の出番が終わったようで、これから時政

2月11日

今の地震 東北だなあと思う揺れでした 昨夜 TLに赤い月の画像が散見されたので注意していました 阪神淡路大震災の前夜の月が異様に赤かったそうです でも まさか と思っていましたがやはり5.5 でも震災級でなくてよかったです

 

第何章になるかわからないけど 唐突に思い浮かんだのでメモ 時頼が宗尊親王を呼んだ執権だから時頼を書く時がくるけど そうしたら鎌倉禅研究会で講演した時に父親の時氏が六波羅探題で上洛していた時の子 と話したら 一緒に講演された佐藤先生が それでは時頼は道元と会ってますよ と発言して下さった

 

道元は大陸からの帰国後 建仁寺に滞在していて ちょうどその時が時氏の六波羅探題時代 鎌倉方の代表として建仁寺の儀式に時氏は臨席し そこに道元がいたなんて! これを書く日 いつになるでしょう

 

歴史や国文学だけだと道元はあまり関係ないから 知られている事跡しか考慮しない 仏教の学者さんには時頼がどこで産まれたかなんて関係ない たまたま講演をご一緒させて頂いたら見事にドッキングして 佐藤先生も面白い! と喜んで下さったのでした

 

そういえば芋づる式に思い出したのだけれど その講演のテーマが松下禅尼と上東門院で それは歴史学者さんが松下禅尼が上東門院を尊敬していたと無住の雑談集にあると書かれていた数行から閃いたのでした 歴史学に源氏物語はあまり関係ないから数行でしかなかったのが 私には90分の講演にたっぷりでした

 

松下禅尼は時氏の妻で 夫妻は在京中に定家と交流していて しかもその時に定家が青表紙本源氏物語を完成しているんですよ 当然松下禅尼は定家から源氏物語を教えられていて それで上東門院への尊敬になったと考えられますよね(早くこのあたり書きたくなってしまいました笑)

 

第一章の終わりが見えてきたから 思念が勝手に広がってます

 

思念が止まらなくなって笑 時氏が任を終えて鎌倉に帰る時 定家が高齢のために為家が粟田口まで見送りに行って定家に報告しているのですが この時仙覚さんはどこで何をしてたのだろう この視点で考えたことなかったから また年譜をみて照合します

 

2月12日

おはようございます 写真は去年の菫 昨年TLで菫の画像を見てなにかが変わりました それから一年 苦しみましたがちょうど一年目あたりの今は無事に原稿にかかっています 徹底的にシルヴィに浸ったのがよかった  第二章が脳裏にちらちらしているのですが 実朝と金槐和歌集の章だったはずが・・・

 

第一章で比企の乱勃発までだと まだまだ比企の乱を引きずらなくてはならなくなりました 仙覚さん いつ生まれるのでしょう

 

第二章の実朝と金槐和歌集は数行で触れる程度にして とにかく比企の乱にまつわる人達を書かなければ そうでないと終わらない と覚悟するしかないでしょうね

 

実朝と金槐和歌集も 時頼と道元も 時政と運慶も とにかく全部 何もかも短編になる素材だから つい牽かれて迂回に迂回を重ねてしまう 一つずつ短編を書いて束ねたら長編に って考えたこともあるけど シルヴィに助けられてその沼を抜けられました

 

昨夜呟いた定家の青表紙本源氏物語が完成した時 仙覚さんはどこで何をしていたかの件 仙覚さんは23歳で承久の乱の後で 竹御所と頼経の結婚より前 事跡の記録のない時期です 将軍の正室になった竹御所が比企氏残党の帰省を許すから それからは比企に

 

ピンクの椿@井の頭公園

 

週末とか祝日の後はぐったり 昼寝で熟睡しました これでたぶん 夜 能員を書ける 写真はピンクの椿の木の全体 ピンクの椿って可愛いですね

 

2月13日

おはようございます TLに流れてきた八木書店様の定家本源氏物語「若紫」のご案内 pdfをプリントして眺めています つくづく眼福 青墨は貴族が用いたものだから この補入は定家によると想定されるなど 購入したいなあ でも私が持っていたところで などいろいろ思う 写本ってやっぱりいい!

 

八木書店様から届いていました リオデジャネイロ国立図書館蔵『日葡辞書』 チラシを眺めているだけでも素敵です

 

『日葡辞書』チラシから影印本文見本(原寸) 八木書店様のチラシはこれが凄い 尾州家河内本源氏物語でもこの原寸大一頁のカラー写真に大変お世話になりました

 

定家本源氏物語「若紫」のチラシも一緒に届いていました 何日か前に届いていたのに 今朝になってやっと封を開けて 失礼しました 美しくいチラシは持っているだけで幸せ

 

講演会のお知らせがありました 八木書店様主催 連歌俳諧全6巻刊行記念講演会です 神田の天理ギャラリーでも連携展覧会があるそうです

 

週末祝日で原稿に向かうのが途切れていたので 再開前に吾妻鏡で能員を確認したら 今まで知ってはいましたが 吾妻鏡での比企氏の登場があまりに唐突で驚いています 初めて比企氏関連で登場するのが丹後局で政子の懐妊の御着帯 びっくりして えっ! いつ下向したの とびっくり 次が政子が産所として能

 

邸に移るところで能員邸とは書かれてなく比企谷殿へと またまた えっ! もう能員邸は建ってるんだとびっくり その後生まれた頼家の乳母になった件で比企尼の功績の説明が長々とされて ここに初めて能員の名前が出る 異常な感じいっぱいです 吾妻鏡の本当の最初期だから 比企の乱で滅ぼすことになる能員

 

の扱いに編纂者が困って奥歯にもののはさまったような記述になったのかしら などと思ってしまいました とりあえず今まで書いた原稿に歴史的齟齬はないと確認できました 比企氏って こんなに異様だったんですね

 

頼家が生まれて無事に能員を入れることができましたが 次は頼家の蹴鞠狂いに行きたく それだと比企尼の菊花の件を書けないことに 入れたいのに

 

丹後内侍を甘縄に訪ねて宿泊する頼朝も書きたかったのに それも入れられない 比企尼も丹後内侍も登場人物的に終わりなのかも 蹴鞠に集中すべきな気が

 

なにしろ七十何歳までの仙覚さんの生涯なのだから 脇を固める登場人物も回り灯籠のように次から次へ滑らせていかないといけないのでしょう

 

うるいの緑はほんとうに綺麗 天ぷらにしたら最高と思っても 原稿にかかってしまったから その手間がかけられなくてぬたにしました 原稿に没入すると日常に支障をきたします でも 今日思ったのは その没入が割と容易にできたこと それだけ原稿が身についてきたのでしょうね

 

気がついてしまった 蹴鞠にはまだ行けない 実朝を誕生させないと そうすると時政を書かなければならなくなる なにしろ 頼家の景盛愛妾強奪事件と時政が六代御前を斬るのはほぼ同時期なのだから その前に時政の京都守護を書いておかなければ

 

突然比企尼と丹後内侍の出番が終わり 目まぐるしく頭のなかで展開しているのですが どうやら思念が時政移行に無事完了 そうしたら時房の誕生を書けることができると気がついて それで蹴鞠への道筋ができる 明日から時政の入力です 今日はこれで寝ます

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2020.2.11 ツイッターから転載…日々雑感、豊島園のメリーゴーランドを撮りに行きました&『仙覚への旅』は第一章比企の乱の終わりの目処がたちました

2月9日

カメラマンだった父のことを話すメールを打って 東宝撮影所で撮っていたから 〇〇さんとか〇〇さんとかのお写真 まだ家にあるんですよと打ったらお返事に お父様は女優さんを撮ってらしたんですねとあって そうっか女優さんを撮ってたんだ〜と初めて認識 個々のお名前でしか考えたことありませんでした

 

父は自分で現像して 水洗に物凄い時間をかける人だったから 今でも黄ばんでなくて 銀塩写真といった趣の輝きがとても綺麗です そこに当時の女優さんたちの端正な佇まいの美しさが相まって とにかくとても綺麗で メールでそんなことが蘇って一日過ごしました

 

梅干だけの味付けで煮上がった牛蒡 程よく酸味が効いて 美味しいです 常備菜にいいですね

 

能員をまだ全然書いてなかったと呟いたあと そうだ 政子が産所として入るときに説明すればいいのだと気づいて安心したのだけれど すぐに入力に向かいたくてもできないのが週末 そうしているうちに一日の体力を使い果たして限界の時間に と こんなふうではいけないなあと思うのですが 難しいです

 

2月10日

いつか行って見たいと思っていた豊島園のメリーゴーランド ドイツで造られてアメリカで稼働していたのを豊島園で使っているそう 閉園のニュースに とにかく行かなければと行ってきました 美しくて写真撮りまくり(笑)

 

豊島園のメリーゴーランド 天井です

 

豊島園のメリーゴーランド 全景です

 

閉園したあと どうなるのでしょう

 

これ 綺麗

 

寝る前に気持ちを原稿に引き戻しておこうと読んでいるのですが ほんとうに小説の文章と論文って違う こんなこと呟いても 私みたいに小説と論文とを同じ比率で励んだ人は滅多にいないでしょうからぽか〜んとされるだけと思いますが 小説家が十年小説を離れて論文に終始し それから小説に戻っても容易に

 

感性が戻らなくて 論文なら書けていた文章が小説では通用しない なにが違うって 論文には感情がないんですね 今 丹後内侍を書いていて 彼女に関しては溢れるほどの思いがあるから文章が溢れるほどに湧いてくる その原稿を見ながら これが小説なんだ やっとこれが書けるように戻ったんだ これは決して

 

論文ではない こんなにも論文と小説の文章って違うんだと驚き 論文しか書けなかった長い長いトンネルをやっと抜け出せた安堵のなかにいます

 

 

2月11日

おはようございます たった今閃いたので急いでツイート 今書いている比企の乱の章 比企の乱が起きた で終わることに 今まで書いていた原稿では基子さんが比企へ逃げるところで終わっていたから 早く基子さんを登場させたくてうずうずしていました でもそれだと玄覚さんの独白が入らない 起きたで閉めて

 

玄覚さんのこれが比企の乱が起きた所以であるで終える とすると第一章の小さな円環が完結します これならもうじき第一章書き終えられそう (仙覚さんは第一章では産まれないことが決まりました笑)

 

今日は東北の震災の月命日 黙して原稿に専念しようと思っていましたが 昨日の豊島園からスマホでしかTwitterを見てなくて(これからずっとスマホだけにするのもいいかなと) 話題になっている松たか子さんのお着物姿を大きく見たいから今タブレット TLのいろいろな方の呟きにいろいろご示唆頂きました

 

それにしても京マチ子さん 以前もこのお写真にぐっときましたがまた見れて嬉しい 樹木希林さんのお着物姿も好きです そして夏木マリさん お着物の検索でこんなにも視野が広がるなんて! そして 凄い方はやはり凄い! 私もしがらみから抜けてそうなりたいけど 今はぐっと我慢 小説でそれを目指します

 

Twitterに菫のツイートが廻ってきて 一年が経ったんだなあと 日本の中世鎌倉しか視野になかったTLが それから世界各国に住んでいられる方々の趣味やお料理やらのご紹介に彩られることになって 私自身の感性がとても変わりました これは小説を書く感性に直結した大変重要な問題で とても感謝しています

 

写真はクリスマスローズ やっと買ってきた鉢から大きな鉢に二鉢一緒に植え替えて これから大きく繁殖していってくれるのが楽しみ 植え替えられないあいだ虐げられていたからこんなに小さな蕾も けなげです

 

玉川上水べりの椿の木

 

でも 玉川上水自体はまだ冬の枯木(うちに秘めて芽吹いているのだと思います)

 

吉祥寺遠望 十年ぶりくらいかの感覚で かつて来たことのある玉川上水べりを辿っています 陽射しが春めいて気持ちいい!

 

たしか梅林があったはずと思ってきたのですが 思っていたようには広がってなくて でも咲いていました 白梅です

 

こちらのほうが白梅の全体が

 

十年近く来なかったから かつて梅林と思って見渡せたほどの白梅が こんなに高く成長していました 咲いているのは先程のとこの二本で あとはまだ蕾 満開になったらあたり一帯香るでしょうね

 

やはり白梅はいいですね 気持ちがすう~っとしました

 

このあたりから富士山が見えたのですが 来てみたら木が繁ってなにも見えなくなっていました 十年の歳月を思い知らされました

 

(フォロワーさんから こんな幻が人生の朝に、人の心を酔わせ惑わせるのだ。私はそれを、順序にはかまわずにまとめて見ようとした。 ――とあるのは シルヴィの最終章の書き出しですというツイートを頂いて)素敵です! 読んで下さっていたなんて。シルヴィの、そしてエーコの水先案内人がいるから仙覚さんの原稿の進行がとても楽。分析って分別がつくわけですから私のなかでも小説の分別がついたということですよね。前と後とで視界が全然違います。ツイートして頂いて嬉しかったです。

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2020.2.9 ツイッターから転載…日々雑感、『仙覚への旅』、書き進んでいます。原稿に没頭、ができてきました。何十年ぶりでしょうか

2月7日

おはようございます 最近この時間に起きて一日が始まるから 夜はもう眠くて早々にダウン で 今朝も やっと今昨日打った原稿を読み返してたら 歴史がめまぐるしいから人物のキャラが粒だってないのに粒だってるかのよう 面白いのですが 自己満足かも など思いつつ でも面白いです 比企尼の段

 

シルヴィにフランドル街道とあり フランドルへの道を思い出して懐かしく地図を見たりしていたのですが 最初に読んだシモンの小説とシルヴィが重なるなんてとなんか運命的な感じ フランドルへの道が私の小説の原点だから 仙覚への旅 の字面がなんとなくフランドルに近づいていて嬉しい

 

こう書いて 「への道」が「への旅」になったのかなあと気がついて感慨 改めてシモンを見たら原題はフランドル街道だったみたい 訳者の先生が「への道」とされたのが先生らしく それならば私もこの「への旅」を大切にしなければと思います

 

PCとプリンターの接続が悪く 昨夜も悪くて入力しなおした原稿をプリントできずに就寝 今朝見た原稿はその前のでした で 今朝のチェックで直した最新の原稿をプリントしようとしたら今朝はできて これからまた読み返します 今朝は平家にあらずんば人にあらずを入れました 伊豆の頼朝時代です

 

鎌倉でのメニューにあった金柑と柿のサラダ 美味しかったので真似して 柿がなかったから林檎で作ったのですがやはり美味しかった 丸かじり金柑というのを買って作ったのだけれど 普通の金柑でもできるのか 今度試そうと思っています (金柑の画像が流れてきて)

 

2月8日

おはようございます 昨日は終日なんか疲れて覇気が出なくて でも書きたい内容はできているから時々PCの前にすわって入力したのですが 進まなかった というのも書くべき内容が頼朝と丹後内侍の関係のハイライトともいうべきところで ここは乗って書きたく途中で力尽きて就寝しました

 

起きてすぐにも入力したいのだけれど朝の支度をしなければならないからTwitterだけでもと呟いているのですが 昨夜は浮かばなかった構成が見事にできていて 今日は順調に進めそう 今日 頼家が誕生します いよいよ比企の乱に近づきますが その前に蹴鞠とか飛鳥井雅経を書かなければならないからまだまだ

 

TLで牛蒡を梅干で煮たものが女性の養生にとても良い とあったので煮ています 味付けは梅干だけでいいそう 梅干は2個とあったのですが 小さめだったから3個入れました Twitterって昔のお婆さんの知恵袋みたい

 

気がついたら あれほど望んでもダメだった原稿への没頭生活ができている 深く長い河の流れにはまってひたすら原稿に浸って感性が動いている 自分の文体というものが手中に入って書くことがこんなに自然 でも 集中って疲れますね 字面がびっしりの書き方だから 推敲に向かうとき一大決心が必要

 

長いあいだ忘れていたこの感覚です いつからかなあと考えても 連載をしていたころだろうからそれはもう十年以上 それどころかたぶん二十年以上経っています やっとつかみました 書く生活

 

今 丹後内侍と政子の関係を書いていました このふたり 女性として偉大です いい関係に書きます(それは歴史が証明しています 後年の政子の景盛に対する行動で明らか 政子は自分の子の頼家より 丹後内侍の子の景盛が好き)

 

2月9日

おはようございます 吾妻鏡にある頼家の景盛愛妾強奪事件は比企の乱と関係ないから書かないつもりだったのですが 政子と丹後内侍を書いたら結末として入れた方がいいと思う この事件 頼朝の亀前事件より魅惑的と思うのに あまり知られてませんね 主役が頼朝か頼家かということなのでしょうか

 

吾妻鏡は北条氏の側だから 頼家を滅ぼした正当性のためにあえて頼家を悪く書いたという説がありますが あそこまで具体的だとあえて正当性もなにもないですよね 景盛も書いたら魅力ある人物だから入れたくなかったのだけれど 同時代という意味で いろんなことが省けなくなりそう

 

RTさせて頂いた善峯寺 玄覚の独白バージョンで始まる原稿の冒頭が善峯寺から始まるのですが ラストも善峯寺の玄覚の回顧で終わる予定で それで行ったことがないから雰囲気を知ろうとRTさせて頂いています でも ラストまで辿り着くのは容易でなさそう 果てしない気持ちです 書いているのは順調ですが

 

いつか行こうと思っていたけど 写真で拝見するかぎり 境内の坂を行ったり来たりは無理な気がして諦めています

 

玄覚の独白バージョンのラストまで命が持つかなあと つい二、三年前は危うく思っていたのですが 最近は体力も回復したし 頑張れる気がしています

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2020.2.6 ツイッターから転載…日々雑感、『仙覚への旅』は第一章比企の乱を執筆中です(頼朝が終わりました←まだまだまず最初!)

2月5日

おはようございます 『小説の森散策』や『シルヴィ』を片づけました 写真のブランショ『来るべき書物』も TLで教えて頂いてすぐ図書館で借りてシルヴィの再読が終わったら開こうと思っていたのですが タイトルで即座に方針が閃いて昨日までの展開に 『仙覚への旅』 私の来るべき書物を目指します

 

仙覚さんの小説 書き出しています シルビイの時制で構成がととのったから起承転結のような着地感があり たぶん これで迷わず進める 玄覚さんの独白バージョンを下敷きに合間合間を膨らませていってます

 

今まで書いていた感じでいうと 年代順に書く文体はリアリズム小説ですね シルヴィの時制表的なフラッシュバック多用だと回想が楽 仏語にある半過去が日本語にあるのかわからないけど 書いていて これは普通の過去でないな と感じでわかる なにがどうというのでないけれど

 

フラッシュバック自体が回想だけど 行きつ戻りつ の書き手の側としてです

 

第一章比企の乱 頼朝を書いて比企尼に移るところです シルヴィの時制表にはめ込んだ構成ができているから順々に書いていけばいいだけ とてもやりやすいです あと少ししたら起きる時間なので 寝ないで起きていることにして この表を作ってみました いきなり書き始めたので表がまだ未完成でした

 

私にとって時政が非常なインパクトでしたので どうしても時政を書こうとして それで二、三年のあいだ原稿が詰まってというか行ったり来たりの進まない状況だったのが この表を書いて どこにも時政を入れられなくて 時政が弊害だったのだ! と気がつきました

 

時政は 第三章くらいになる実朝と金槐和歌集のところで書ける! と気がつきました やはり時政を書くのは楽しみ

 

2月5日はたいてい立春の翌日で好きな日なのですが 今TLを見てたらルー・ザロメ没の日 ルー・ザロメに向けて頑張ります(なんの脈絡もない?笑)

 

2月6日

おはようございます 一輪挿しは難しいからたくさん切って 備前に挿したいけどあえてガラスの花瓶に挿しました 原稿は小説の森散策で教えて頂いた直線で進める物語的書き方と フラッシュバックの多用で進めるのとがあって 明確にその区分けが判断ついたのがとてもよかった 文章自体が変わるんですね

 

直線的書き方だと会話の多用とか段落の区分けとか改行を多くするとか いわゆる通常の単行本的字面 私にはそれがつまらなくて四苦八苦してたのですが フラッシュバックの多用で段落は減る 文章は長くなる 改行なんて気にしないと やっと今までの自分の文章が書けてきました

 

詩人の清水昶先生に教えて頂いたカフカの短編に「橋」というのがあって 読んでいくと最後が私は橋です で終わっていて 物凄い衝撃を受けて 私はそれを相聞歌でやって 私は歌ですで終わる短編を書いたことがあるのですが 今度の長編 私は写本です で終わりそうな展開になっています(笑)

 

 

 

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2020.2.5 ツイッターから転載…日々雑感、『仙覚への旅』の章立てが決まりました

2月3日

おはようございます キビタキでしょうか @神田川源流付近(井の頭公園のことです) スマホだからよく撮れてないけど 黄色い色があでやかですね

 

たった今聞いた情報です 鶴岡八幡宮では節分の日に舞殿で鳴弦をされるそう 実際の鳴弦をご覧になりたかったら 今日なので急ぎツイート(今年もされるか確認されて下さい)←講義中の呟き

 

シルヴィが 1失われた夜2アドリエンヌ というふうに章立てになっているから それにならって 1比企の乱 2竹御所 みたいに基本の枠を作ってみたくなっています 違うのはそれぞれが短編になる素材 ということ それをどう繋ぐか ですね

 

事情で手元になかった来月発表担当の吾妻鏡の頁 コピーさせて頂いてやっと入手して読んだら 姫の前が義時に嫁ぐところ なんとまあ と複雑 比企氏には姫の前の家系と比企尼系があり 私が携わる仙覚さんは比企尼系 できたら姫の前系はしたくなかったのに 折角だからこの二系統をきっちり分けてお話します

 

再来年の大河鎌倉殿の13人は どなたが姫の前をなさるのでしょう 興味津々 それにしても 鎌倉殿 鎌倉の方に話をふると皆様知ってられる 今日の吾妻鏡を読む会ではあまり関心を持たれてない 温度差を感じました

 

乗り過ごしたかと慌てて降りたらまだ自分の駅でなく 次の電車を待つホームに風が 陽射しものどかだし風が爽やかに感じます 春ですね そういえば今日は節分

 

2月4日

おはようございます 農家の自販機で買った紫大根 切ったら中まで紫でした 余裕ができて毎日料理に気をまわせるのが楽しい 凝ってこってりした献立が料理と思っていたのが鎌倉野菜に出逢って大転換 最近は素材そのままか蒸す それに岩塩をふったりドレッシングで和えたり 素材の自然な甘さは恵ですね

 

『小説の森散策』にあった『シルヴィ』の時制表に 仙覚さんの小説の時制を上書きしてみました 行動に移してみるものですね 書き込むまで左端の縦軸は竹御所とか承久の乱など歴史上の事件で考えていました 始めたら手が迷いもなく仙覚さんの万葉集の事跡を綴りだしました(自分でびっくり)

 

ほんとうはもう少しシルヴィの三回目に入って浸っていたいのですが 姫の前にかからなければならないとわかって集中できない それならいっそ仙覚さんを始めてしまえ! と行動に移したのでした

 

姫の前の資料作りに図書館で国史大系をコピーしてきました シルヴィに浸っていたかったのに姫の前をやらなければならなくなったから気持ちが鎌倉に向いて仙覚さんの小説の章立てに着手できたのかも とだんだん気がついてきました

 

ずっと書いていた原稿では 1頼朝2比企の乱3承久の乱 これは完全に大河の筋立てと被るから煽られたのでした 今日の着想の1比企の乱2以降仙覚さんの万葉集の歴史 は被らないから気が大きく 煽られなかったらここまで来なかったから鎌倉殿に感謝です

 

ただいま《立春》です

 

図書館は遠いから道筋にあるいつもと違うスーパーに立ち寄れます それが図書館への楽しみになっていて 今日の収穫は うるい 蕗の薹 あさつき そういえば私春になると野草の天ぷらが好きだったなと思い出しました 天ぷらやぬた シンプル料理がレパートリーになりそう

 

蝋梅は図書館への道筋 突然思いつきました 章立てのこと 仙覚さんの万葉集だけでなく 親行の河内本源氏物語も章立てしようと考えていたのですが 実朝の金槐和歌集もと 実朝の金槐和歌集については定家の背後に光行があり飛鳥井雅経がいて その三人の連携プレーあってのことと学会の機関誌に書いたので

 

学会のなかには何人か評価して下さる先生がいらして いいですね、続きを読みたいです とお便り下さった方も 仙覚さんの小説が終わるまで無理と思っていたのですが 組み込んでしまえばその方にご恩返しできます 源氏物語と鎌倉の本を研究書にと進言して下さった方ですので

 

なんか 『仙覚さんへの旅』が動き出したみたい 思念がとまらない

 

一年で一番好きな日の立春 その日に『仙覚さんへの旅』が動き出すなんて 幸せです

 

先程唐突に実朝の金槐和歌集を呟きましたが 仙覚さんと無関係でなく 実朝が定家から贈られた万葉集が 実朝の暗殺後は将軍頼経の所有になって 仙覚さんが頼経に命じられて万葉集を校訂する際に貸し与えられています その歴史が小説で書けるって 楽し過ぎません?

 

Twitterの方が夢枕獏氏『沙門空海唐の国にて鬼と宴す』を読むとツイートされて 映画化されたのを観る前に急いで買って読んで観に行って 日本語版と字幕のと観て もう一度観て なんてもう萌えに萌えた当時が甦りました 仙覚さんの小説もそれ位の映画化される内容です 改めて 映画化を目指します

 

夢枕獏氏の作品は 私も拝読するのが初めてだったのですが 後書きだったか作品の説明で完成まで十年以上かかったと 夢枕獏氏にしてそうなんだ〜 と 私の仙覚さんも調べ始めてからそれ位はかかっているし 書き始めてからも数年経ちそうなので 沙門空海だってそうなんだから が 私の心の支えでした

 

映画、また観たくなってむずむずしています

 

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2020.2.2 ツイッターから転載…日々雑感、Twitterでブランショの『来るべき書物』を教えて頂いて原点に還りました。写本は書物! なんです

1月31日

冬の陽@井の頭公園雑木林

 

玉川上水沿いの車道 上水に沿って植えられている木はまだ冬 上水の向う側がリスのいる自然文化園 この道をまっすぐ左手に行くと山本有三記念館があり さらに行くと三鷹駅です

 

この道は 風の散歩道 という素敵な名称が ジブリ美術館ができた時に舗装されて名称も

 

じつは かつて行っていた図書館に行こうとして なんか道を思い出せなくてウロウロしてます笑

 

小説の森散策より シルヴィで主人公がロワジーへと運ばれる馬車の道筋の描写で ネルヴァルは馬を描いてない 嘘だと思うなら読み返してご覧なさいと で 読み返したらほんとでした なのに読んでいると馬車の揺れや馬の蹄の音やらがリアルに実感できる 普通に読み飛ばしてるけどこういう見方 楽しいですね

 

その続きでロワジーに着いて 馬車から降りて初めて私は気づいた。パリを出発した時から馬なんていなかったのだと とか書かれていたら 情感溢れて読み進んでいた気分が突然ゴシック小説になってびっくりするでしょう とあったのには笑ってしまいました

 

要するにシルヴィのなかには馬は存在しているのです。書く必要がないから書いていないだけ というこういう書き方 なんか 仙覚さんの小説の膨らみに生かしてみたい

 

小説の森散策に没頭していたら 鎌倉とか万葉集とか仙覚さんとか 歴史としてかかわってきたことのもろもろの力が抜けて透明状態になってきています 先ほどの馬車と馬の文章 あれが小説なのであって論文の文章ではない 論文ばかり書いていたからああいう文章が書けなくなって というか忘れてました

 

写本は書物なんですね 書物の語にはマラルメの理想の書物以来の憧れが それが『尾州家河内本源氏物語』研究の原点 そこから派生しての萬葉集 そして仙覚さん なのに歴史をたどるうち その怒涛のような歴史の膨大さに煽られて原点を見失っていました 私は仙覚さんの小説で理想の書物を語りたい

 

ふと いったいに書物というのは という文章が浮かんで これは小説執筆時に書く文章だけど 玄覚さんのではない では誰の と考えたら エーコのいう三番目のモデル作者だ! と気がついて 私のなかにモデル作者が立ち上がりつつあるようです 今日 TLで教えて頂いたブランショを借りてきたからと思います

 

2月1日

おはようございます 小説の森散策を昨夜終え 今日からシルヴィの再読に もともと仏文の方に小説作法をお習いしたので日本の時代小説の枠が私には窮屈だったんですね でも我慢して 仙覚さんの普及のためと思ってやっていたのですが 三谷幸喜さんの大河の報に煽られて逆に自分を取り戻しました 時代小説

 

の枠のままやっていたのでは吹き飛ばされるとの思いで転換を強いられ そうしたらシルヴィにたどり着いて 時制と話者作者の問題でどんどん絞られて やっと昨日 ほんとうに自分が書きたいもの 書きたい方法に辿りつきました それは 万葉集でなく 写本でなく 書籍! 書籍に生涯をかけた仙覚さんなのでした

 

鎌倉のレストランは鎌倉野菜が愉しみで 先日の会でも私は肉や魚料理より鎌倉野菜のサラダを追いかけていました そのひとつに金柑と柿のドレッシング和えがあって美味しかったのですが 今スーパーで丸かじり金柑というのがあって作りたいと思い買ってきたのですが 柿とあと何の野菜が和えてあったか

 

みずみずしいドレッシングに和えて そのドレッシングが和えてある野菜や金柑・柿を包んで室内の灯りにきらきらして 冷えたサラダが最高でした あと二種くらい野菜が入っていたのですが ウドと何かって感じ ウドって今の季節にあるかなあ 今年はいろんな種類のサラダに挑戦したいです

 

あと ブリとビーツのドレッシングで和えたサラダがもう絶品だったのですが こちらもほかになんの野菜が入っていたか こちらも作ってみるつもり

 

RTさせて頂いた 創作と哲学の両立の問題 朝のツイートで哲学の語を使いたかったのだけれど大上段過ぎて遠慮したのですが そういう思考の方向がある文章しか私には興味ないし 書けない その思考を外して時代小説の枠に無理して嵌ろうとして書いていたから苦しかったのでした

 

2月2日

シルヴィより: その頃私たちは、ふつう革命のあとや、偉大な治世の衰微のあとにやってくる…… ←ここを読んで こういう時勢の書き方があったんだ〜と目から鱗 歴史をリアリズムで描かなくてはとばかり頑張っていたからです ある意味総括的なこういう書き方をしてはいけないとばかりに自分を律していて

 

なんか 私はまだ 新人賞受賞式の席で言われた 私の受賞に反対された審査員の方の「小説はリアリズムだからね」の威圧のトラウマから立ち直ってないなあ を実感しました でも 今じっくりシルヴィを読み直しているし 何より小説の森散策の恩恵があるから たぶん もう 大丈夫

 

リアリズムの書き方こそ 私の敵 と思えばいいのかも笑

 

おはようございます 先のリアリズムの書き方こそ私の敵 のツイートをして 人がトラウマから抜け切るのは容易でないなあと痛切に思いました 治ったと思っても何かの拍子に本当には忘れ切っていないことを知る 私は文学でそれを克服すればいい話だからいいけど 人生上の問題だったら大変と心底思いました

 

でも 私にしてもそれで書けなくなって今に至るまで二十年以上かかっています

 

シルヴィを読んでいると 村の修道院とか 修道院がよく出るのだけれど Twitterのお陰で日々その画像を目にしてるから 文章がリアルに入ってくる たまたま修道院が好きで だからいつも画像がアップされるとRTさせて頂いているのだけれど こんなところにTwitterの恩恵が と驚いています

 

料理もそう 老いた人のいる家族構成だったから いつも気遣って 好きな洋の料理ができなかった 今その枠が外れて好きに作っていいとなっても 同居するまでの家庭画報を見ながら楽しんで料理していた時の感性に戻らない でも ここのところの海外に住む方々の素敵なお料理の写真で甦らせて頂いています

 

ただいま《上弦》です

 

シルヴィ再読してエーコが40年間読み返した美しい小説というのがわかりました 一回目は筋を追うのが大変で 私はシルヴィの側の立場だから何を勝手なみたいな主人公への反発もあり あまり好ましくなかった でも小説の森散策で時制を分析されて それで追っていくと余裕で情景が楽しめるし 男の側の勝手も

 

許せる気に(笑) なにより情景が文章が美しいです これは分析を通しての再読の効果 一回目だけで終わらせなくて良かった 三回目に行こうと思います 文学の豊穣な味わいを堪能しました

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