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2020.3.31 ツイッターから転載…日々雑感、『国宝源氏物語絵巻』を読み解く作業に入りました

3月24日

おはようございます 4月の例会中止提言のための資料作りにしばらく新型コロナ関係の情報収集にかかっていましたが 今日から原稿に戻ります 円成寺の寛遍僧正から白河院と璋子さんの源氏物語に行き 目下国宝源氏物語絵巻を見ているのですが 最終的に運慶に 早くそこに行きたいから写真集を出しました

 

写真集は『魅惑の仏像28奈良・円成寺 大日如来』 背後のクリアファイルには途中まで書いていた最勝光院滋子さんの原稿が入っています 滋子さん用に螺鈿五絃琵琶模様の華麗なファイルを選びました笑 ペストだったかのとき シェークスピアはマクベスだったかな? を書いていたとか そんな心境です

 

この写真集ももうずっと見て繰っているから タイトルの28という数字が気持ちに染み込んで あの写真集! と思うと28が浮かびます笑

 

メモとして: タブレットで見つけたご論考 プリントして拝読したいのにPCからだとどうしてもたどり着けない URLで入力しても本文が出ない 仕方なくTwitterに添付したら 無事に開けて今プリント中です

 

中断していた分 早く書き進みたいけど 急ぐ道ではないし 気分を高揚させるためにじっくり学習から取り組んでいます

 

3月25日

おはようございます 整理してたら出てきたのですが 徳川美術館の絵葉書 よみがえる源氏物語絵巻 大切に封も切らずにしまっていて どんなのだったかしらとあけたら 復元模写のでした 目下見ている芸大の現状模写と同じ国宝源氏物語絵巻の模写でありながら あまりの違いに目がテンになってしまいました

 

こういう世の中だから 源氏物語絵巻に浸って浮き世の苦を忘れるようにしています 例の会の中止の件でもTwitterなどで情報を得ている人といない人との乖離が凄く傷つく面もありました でも絵巻を見たら一気に回復 仙覚さんの万葉集はこれだったんだなあとつくづく 芸術至高論ではないですけど 事実です

 

もうこうなったら絵巻を徹底的に把握しよう とネットでコピーさせて頂いたご論考の参考文献から二冊 密林で注文してしまいました 図書館は閉館中だし 原稿も急ぐ旅ではないし 絵巻に浸るなんて今しかできないだろうから コロナの間 源氏物語絵巻を肌身に滲みさせて そうして璋子さんに戻ります

 

「蓬生」第四紙の雲母(きら)摺りの波紋様← ご論考にこのフレーズを読んで図録で確認して それを見つけて堪能 などという贅沢 こういう丁寧さから随分離れていました

 

この波紋様 蓬生は須磨明石に流された光源氏を待つ末摘花の帖だから 波紋様は須磨明石の象徴と! なんてこと、詞書の料紙にこんな意味が込められてるなんて と唸り続けています笑 このご論考 拝読してよかった 昨夜URLからコピーした中島和歌子氏のご論考です

 

国宝源氏物語絵巻詞書の料紙装飾では 各帖の第一紙は特別で その帖の内容が象徴的に創られていると 例えば御法では亡くなる紫上を象徴するかのように蝶の紋様があるが それは薄紙を切り抜いて着色したのを貼ってある ← こんなこと今まで気づかなかった いつかまた展覧会を見る機会あったら見てみたい

 

御法帖第一紙の巴と蝶の紋様 亡くなる紫の上の魂を象徴という説とは別に 紫の上が法華経供養をした時の舞楽の大太鼓と胡蝶の舞という説があり 私はこのほうがいいな 何でもプシュケにもっていこうとする説は嫌い

 

夜の菫 我が家の白い菫ですが朝よりも夜が素敵で撮りました

 

やっと拝読し終わりました 国宝源氏物語絵巻の詞書 今まで展覧会では絵の方にばかり気をとられて見ていなかったのが悔やまれました でも こういうご論考を読んでいなかったら見ても凄さがわからないですね 結語のところの詞書の乱れたような書き方が会話などの音を表し それが次の絵に繋がっていくなど

 

3月26日

おはようございます 朝の白い菫です

 

吉祥寺に出たついでにそのスーパー特製のピクルスの酢を買って帰ろうと入ったらレジが長蛇の列 買い置き用にそれぞれ大量購入だから並んでいても一歩も進まない感じ しかも地下だし長蛇の列の混雑は密集だし 怖くなって諦めて出てきました まだ午前中のこと 昨夜の会見でどっと繰り出したのでしょう

 

ということは この方々は都知事の会見を聞く前には何も危機感を持ってなかったってこと 私の会の中止提言でも会見前だったからちょっと反感もたれたかなってところがあります 危機感でパニックになることなく 普段から正確な情報を得て適切に日常品を買い置きできるようになっていたら とつくづく思う

 

いつ外出禁止令がでるかわからないので もう今年は公園に行かないって決めてたけど回り道して寄ってみました 二人静の群落に混じって菫が咲いていました

 

カタクリ! 今年はもう見られないと思っていたので 少しだけど咲き残っていて思いがけず嬉しかったです

 

もうシャガが咲いて シャガというと思い出すのが比企の慈光寺さま そして鎌倉の妙本寺さま 奇しくも両方仙覚さんゆかりの寺院です 宗派が違うし関係ないはずなので不思議

 

井の頭公園の弁天様と桜と噴水です

 

帰ったら届いていました 昨日注文した三田村雅子先生『草木のなびき、心の揺らぎ 源氏物語絵巻を読み直す』 こういうご本が出てたなんて! 源氏物語の研究は紫式部や本文研究しかないと思ってました 絵巻は美術史の範疇かと 異分野にいると情報って入ってこないものですね

 

昨日は家から出なかったけど 一昨日まで毎日こまめにスーパーに行って少しずつ日常品の備蓄に備えていたけど それが無駄になりそうなくらいの平和ボケ感覚でした なのに今朝からレジが長蛇の列とか世の中が一変して 夕刻家人が行ったら棚が空だったと 阪神東北と非常事態に備えさせられて今が正念場

 

完全に出遅れた と独り苦笑 あれほど情報に目をこらして不意の状態に備えるよう気を張っていたけど 都知事の会見でそれまで危機感を持っていなかった方々が俄然奮起してスーパーの開店前から並ばれる それは昨夜会見を聞きながらもう明朝はと決められてのこと 私にそれは浮かびませんでした

 

私が今日こそスーパーに並ぶべき日だったのだと気づいたのは スーパーで長蛇の列についてから 思念でばかり生きているとこうやって現実に取り残されるのだと思いました リベンジに明日ピクルスの酢を買いに早朝並ぼうかしらと考えて それこそ今は我慢して家から出ないことが重要と自粛 霞を食べて

 

生きてる人みたいになってしまった今日で内心おかしくて これから少しずつ買い溜めたものの中での不自由な生活を楽しみます 写真は今日の井の頭公園の菫です

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2020.3.26 ツイッターから転載…日々雑感、国宝源氏物語絵巻を見ています

3月20日

おはようございます 何方かが過去ツイートの「森幸夫氏『北条重時』を読む」を発掘して下さいましたのでRTしました 新型コロナ肺炎はどんどん心配になっていきますね 緊張しています とにかくしっかり感染しない広めないを心に刻んで生活しているのですが 写真は昨年今頃の井の頭公園菫の群落です

 

きっと今年も行けば咲いているのだと思いますが 今は不要不急の外出禁止に加えて仙覚さんの小説に心血をそそいでいるので 今年はほんとうに公園に花を見に行く気がしないです 梅林も行かなかったし 今はカタクリとか咲いていると思うし 桜も咲き初めているようですが

 

源氏物語絵巻の模写には 科学的に当時使った顔料を割り出しそれを使って描いた当時の色を再現する復元模写や 現状を忠実に写す現状模写など いろいろありますが 私はやはり見慣れた今のままの現状模写が好き 時の風格を感じます で この図録 大好きです

 

以前は 芸大って 個人の才能を発揮した作品を創るためにあるみたいなことを漠然と思っていたのですが 源氏物語絵巻の模写とか 狩野芳崖の悲母観音とか 展覧会を拝見して 技術を持った集団の方々によるこういうご貢献 眼をみはりつつ敬虔に畏怖しました

 

東京芸術大学美術学部日本画研究室『国宝源氏物語絵巻に挑む』の図録の裏表紙です これも現状模写のはずですが本物としか と それはともかく国宝源氏物語絵巻の料紙はとにかく凄いとしかいいようのない凄さです う~ん もう 唸るしか言葉がない

 

芸大現状模写源氏物語絵巻の図録より四辻秀紀氏: 詞書・絵ともに現存するのは19段 そのうち11段が詞書中に和歌を含み さらにこのうち6段は贈答歌を中心に場面が選ばれている← これって凄い 象徴的ですね

 

四辻氏: 物語の行間に込められた登場人物の心の綾までもが巧みに描き出されている← 相当源氏物語を読み込んだ人物でなかったらできません

 

TLで二時間もかけて撮っていた映画の撮影を見たのに 映画を見たら数分しかなかったと読んで 私もこんなに調べたり読んだりしても小説ではたぶん数行 その数行に数日とか一週間かかってる プロットをそのまま文章で連ねたらもうとっくに終わってるのだけれど それでは行間のない小説になるのでしょうね

 

今日の苧環 この鉢植を買って 色ごとの鉢にまとめて移し変えるのを楽しみにしていたのが それほど遠い昔日でないのに すっかり世界が変わってしまいました

 

ネットで探した池田洋子氏「源氏物語絵巻 料紙装飾と文字表現に関する一考察」に19段を検討対象にとあり なにかわからなかったのが 芸大図録の四辻氏ご論考で詞書・絵ともに現存する19段とあって これだ! と思いました 絵巻だから段落の段なのですね それにしても 今日たまたま本棚の脇を通りかかって

 

ふと眼に入った図録です 私事でごたごたしてなければとっくに時政に進んでいただろう原稿が まだもたもたして白河院の源氏物語に でも時政に進んでいたら 四辻氏ご論考を拝読することなく 大事なことが深まらずに通過してた これから四辻氏ご論考を原文にあたってみようなんて思いつき さらに遅筆です

 

こんなことを始めないで早く書き進みたい気持ちはあるのだけれど どうにも無視できないものがあればやるしかなく これをしたら絶対に今まで見えてなかった世界がひらけるとわかっているから 書き進みたい気持ちを抑えてとりかかることに このノートの出番 シルヴィの時制をメモった時以来

 

エーコの小説の森散策からシルヴィに関わる三人の存在(時制でなく三人の存在でした)をノートにしたのを見たら1月20日 今日は3月20日だから 時制の問題が解決して原稿にとりかかってまだ2ヶ月とたっていない それなのに私自身が変わり 世界がこんなに変わってしまって 私はとにかく籠って書きます

 

この絵巻(国宝源氏物語絵巻)は、研ぎすまされた感性による絵画的表現、美麗に装飾された料紙にしたためられた詞書の優美な書など、これ以降に制作された数多くの「源氏絵」とは一線を画す質の高さと説得力(芸大図録四辻秀紀氏)

 

3月21日

おはようございます 源氏物語絵巻にもうそれは嵌まっているのですが 今回 詞書からこの絵巻を見て気づいたことは 制作者は絵よりも詞書に制作者の意図を含ませているということ 例えば徳川美術館の図録も芸大の図録も表紙が同じ宿木巻 場面としても絵としてもまさに源氏物語! っていう代表的な帖です

 

ですが詞書の書風には四類あって 宿木は第三類 図録解説の名児邪明氏「線に力はあるが全体がうまくまとまっていない」つまり詞書から読むと制作者にはこの帖に思い入れがないんです 最も思い入れある第一類は「もっとも平安時代の仮名の美しさを示す。細くしなやかで仮名の曲線の美しさが際立つ」

 

それが 柏木・横笛・鈴虫・夕霧・御法 絵巻でいうと36帖から40帖で 女三宮と柏木の不義密通の帖から藤壺と光源氏の不義密通で生まれた冷泉院の帖から紫の上の死まで 制作者の意図がここにあったことありありで それがわかりすぎてびっくりしました

 

詞書に込められた制作者の意図を知って 図録の詞書の写真頁だけを繰ったら その一目瞭然に唸ってしまいました 現存する帖の最初が15帖の蓬生でそれが詞書では第二類 それを見て続く第一類の36帖の柏木に入ったとたん おぉ~! っと 思わず声を発してしまいました

 

木蓮が咲いていました

 

3月22日

今日は何回か新型コロナを取り上げた番組を見ましたが かなり踏み込んで報道するようになった気がします 印象に残ったのは 武漢だったかの人が「死ぬと思えばそれを避けるのに何でも耐えられる。日本の人はその危機意識がないんじゃないですか」と 確かにと思いました その危機意識 早急に持たないと!

 

3月23日

夜桜は綺麗ですね@井の頭公園

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2020.3.20 ツイッターから転載…日々雑感、新型コロナ肺炎が日増しに深刻になって心配しています&源氏物語絵巻の料紙のことなど

3月15日

深夜3時 週末の家族の世話から解放されたらこの時間 朝一で若紫の記事が載っている朝日新聞を買っていたのですが やっと眼にしています つくづく鎌倉の源氏物語と万葉集は車の両輪と思う 『源氏物語と鎌倉』のあと光行さんを書きたいと思っていたのだけれど 万葉集にとりかかって仙覚さんを書くことに

 

なり 光行さんはそれが終わってからと思っていました なのに仙覚さんの小説が堅苦しい伝記にしかならず何か足りないと必死にもがいていたら源氏物語が浮上 入れたら自ずと光行さんが入ってきて 仙覚さんの小説がふくよかになりました それでタイトルも華鏡となって でもこれは合鏡でもあるのですね

 

家人に貰ったので遊んでいます笑 スマホの望遠レンズ DIMEの付録だから嘘みたいな安価 カーテンを撮ってみました 遊べます!

 

3月17日

辛夷もマグノリアだとTLで教えて頂いたばかりに咲いているのを見て あ スマホ望遠レンズで撮ってみよう! となって撮ったのですが レンズがずれていて右側半分が欠けました泣 でも ピントが難しいと思ってたけど 案外大丈夫だったみたい

 

3月18日

おはようございます 東京富士美術館の上村松園三代展 開館してるかなあと思いながら スマホ望遠で撮りました 結構ピント合ってますね TLで辛いニュースばかりで見るのが辛いと呟かれる方が増えました 私は時代に人生を翻弄された仙覚さんを書いていますので 今こそしっかり見届けたいと思います

 

この花何かしら 通るたびに気になっていて それで思いついてスマホ望遠で撮りました と呟いて 先日TVでGooglelensというアプリが便利と思い出しました ダウンロードしてまた撮りにいって試してみます

 

私事でいろいろあって集中できないでいるのですが とにかく料紙について読みたいと集めた資料のなかで探していて ふと思いついて検索すればいいんだ~と してみたらありました これからプリントして拝読します ネットがまだ身についてません笑

 

やっと!笑 タブレットでみつけ PCで見ようとしたらどう検索ワードを入れても出てこなくて タブレットに表示されているURLで探しだしました OSの違いかなにかなのでしょうか

 

印刷は15頁 今まで見たこともないご内容なのですが わくわく感はさておいて結語をう~んと唸ってしまいました 思っていたことが精密な調査で証明されていて

 

世の中には素敵な研究をされている方がいられるんですね! 私だって今までこの分野に多少は深まっていたけど こういう視点で書かれたご論文があることに気がつかなかった 研究者さん世界では周知? こういう世界を堪能する前に鎌倉に関わってしまったからなあ とも忸怩 これからは余裕で深まりたいです

 

田中親美氏ご子息の料紙についてのご講演を名古屋の徳川美術館に行ったときに ご講演のあとに頂いた料紙の端切れです 受講者全員に回されて 上から取るんですよ 選ばないでね との忠告のもとで私のときの一番上にあった一枚がこれでした笑(内心 選びたかった)

 

3月19日

おはようございます(と そんな時間ではないですが 一日のツイートの区切りとして笑) また来月の会の中止をお願いしようか考える時期がきて TLを隈無く見ています 少し前まで日本はそろそろ大丈夫? とも思ったのですが 米国や欧州に広まってその帰国者の方が感染発覚の報に今まで以上に注意が必要かと

 

それに今日は検査拒否の数が半端ないツイートを目にし 大丈夫とかの油断してはいけないと思いました

 

神田川沿いの公園 いつもは夕方の犬のお散歩時間まで あまり人は出ていないのですが (遠目に賑わってます)

 

公園で ベンチにかけながら遠方の椿をスマホ望遠で

 

三鷹市から見て南 伊豆諸島の方角の空におかしな雲が湧いて広がっているのですが 三鷹市ー伊豆諸島ライン上の方で見られてますでしょうか

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2020.3.16 ツイッターから転載…日々雑感、原稿が乗ってきました&待賢門院璋子さんの法金剛院へ

3月14日

おはようございます 今日は雨ですね 起きたばかりのたった今思いついたのですが 前編で光行さんを書いておくのは意味ありました 光行さんが下向するとき 京の雲居寺で万葉集を書写して持って来て それを親行が書写して持っていて それが仙覚さんが頼経に命じられて万葉集の校訂をした時の底本の一本に

 

頼経は仙覚さんに四冊の万葉集を貸し与えます 1つがこの親行本 あと あの実朝が定家から贈られた万葉集の右大臣家本とあと二冊です だから前編で光行さんと実朝をしっかり書いておくのは意味ありました!

 

乗ってきたのだなあとしみじみ これを掴みたくて一年苦しみました 書いていて溢れるほどの境地 ただ思い上がることはないと自戒します 義時の娘を出さなければと考えていたら義子に ならば遠元娘も瞳子でなく遠子に変更と 思念が止まりません

 

さっきのクリスマスローズがちょっと暗かったから再投 シンプルなクリスマスローズですが さっきの斑入りの大柄のより好きで どうしても一本だけある斑入りを貴重に思ってしまうのですが

 

3月15日

おはようございます 白河院と待賢門院璋子さんを書ききって 推敲したら後白河院と建春門院滋子に入ります その前に璋子さんの法金剛院を 源氏物語がベースの繋がりです そうしたらいよいよ最勝光院 順調です 滋子さんの花を何にしようか考えているのですが 薔薇 かなと

 

法金剛院では池に舟を浮かべて周遊したそうですね 後白河院が親しい姉の上西門院統子さんと一緒に建春門院滋子さんを伴って そんなことを描けたら・・・

 

深夜3時 週末の家族の世話から解放されたらこの時間 朝一で若紫の記事が載っている朝日新聞を買っていたのですが やっと眼にしています つくづく鎌倉の源氏物語と万葉集は車の両輪と思う 『源氏物語と鎌倉』のあと光行さんを書きたいと思っていたのだけれど 万葉集にとりかかって仙覚さんを書くことに

 

なり 光行さんはそれが終わってからと思っていました なのに仙覚さんの小説が堅苦しい伝記にしかならず何か足りないと必死にもがいていたら源氏物語が浮上 入れたら自ずと光行さんが入ってきて 仙覚さんの小説がふくよかになりました それでタイトルも華鏡となって でもこれは合鏡でもあるのですね

 

原稿がそろそろ法金剛院に移れそうだから かつての資料を出してきて再読 改めてこの世界いいなあとわくわく 滋子さんの最勝光院 璋子さんの法金剛院と関わりがあったんですね(既に読んでいるのに忘れててびっくり タイトルを見たら思い出しました) お花のファイルはルノワール 大分前のだから色褪せて

 

うっかりしていました 『源氏物語絵巻の謎を読み解く』によると 絵巻の担当は白河院が図絵 待賢門院璋子さんは紙 ここを読んで璋子さんが紙の調達をしたように思ってしまっていましたが 璋子さんは絵巻の料紙を作るのを任されたんですね 源氏物語で紫の上が女房を駆使して殿方の装束を作ったように

 

写真は国宝源氏物語絵巻の料紙の一筆箋です 私は御法巻の料紙がそれはとても好きで 源氏物語の料紙は他の料紙と格が違うと常々思っていました これが璋子さんの制作とすると 璋子さんのセンス 凄いです

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2020.3.14 ツイッターから転載…日々雑感、九年目の3.11に&建礼門院徳子さんと光行さん浮上

3月11日

おはようございます 九年目の3.11 今日は終日黙祷の思いで心して過ごします 日本が この先 いい国でありますように 東北の皆様にはやく安泰が訪れますように

 

九年前の3月11日の直前 たしか8日だったと思いますが鎌倉の方にご一緒して頂いて鶴岡文庫を訪問させて頂きました その時はまさか三日後に震災が迫っているなど思いもよらず 西本願寺本万葉集の複製を見せて頂いたり 有意義な時間を持ったのでした 15日に鎌倉での二回目の講演を控えていて

 

そこに11日の震災 その後の余震や鎌倉での計画停電等で講演は中止になり それが10月に鎌倉市男女共同参画主催の講演会に そういう諸々のいきさつで東北の震災は私的にもひとつの画期です あれから九年なんですね ここにきてやっと私もひとつの画期を終え 研究から文学に地平が変わりました

 

九年目の今日 こう書けることに感謝します 震災の復興は私自身の心の祈りと一体です 終生忘れません 写真は震災の年の6月12日に鶴岡八幡宮で行われた 東大寺の僧職の方々と鶴岡八幡宮の神職の方々合同の慰霊祭「東日本大震災被災地復興の祈り」の式典です 浦安の舞が奉納されました

 

『源氏物語絵巻の謎を読み解く』を読み返しているのですが このご著書を拝読した後に鎌倉の源氏物語に関わるようになり 池田利夫先生の源光行研究に必死だったから 『読み解く』を忘れていました 今再読していて物凄い影響あったのがわかる 私の出発点は池田利夫先生との出会いとばかり思ってたのに

 

3月12日

おはようございます 鎌倉は若宮大路沿いに建つ雪ノ下教会の一画です 2010年10月撮影 その一か月後に鎌倉でのはじめての講演「鎌倉の源氏物語」を控えていました 何かの用で鎌倉に来てお昼に入ったお店の真向かいに教会が見えていました その時不意に『尾州家河内本源氏物語』の制作者は宗尊親王だ

 

と思ったのでした 雪ノ下教会の一画は宗尊親王の御所があった場所です 掘ると寝殿造りの遺構が出るはずです その半年前くらいからそうではないかと感じていましたが それを表明する勇気はなく まして講演でお話するなど思ってもいませんでした が この時確信して講演のパワポはそうまとめました

 

こんなことを今朝ツイートするのは 昨日の震災前後のツイートに書いた鶴岡文庫で館長様とお話していたときにこれを話して そうか それもありうるね というお言葉を戴いたのを懐かしく思い出したからです 覚悟の講演から四か月後のことです その後本にまとめて『源氏物語と鎌倉』になりました

 

昨年夏に学会で研究発表した際に作った年譜です(パワポのスライド) 仙覚の業績と 鎌倉の源氏物語『尾州家河内本源氏物語』の完成を 年代順に並べました 『尾州家河内本源氏物語』が宗尊親王の時代にできたことが一目瞭然です ただし 文献的証拠資料はまだみつかっていません

 

写真を補足すると 雪ノ下教会の右手を奥に入ると宇都宮明神があり ここが四代将軍頼経時代の御所があった所です 突き当たって小町大路を左に曲がると妙隆寺があり その山門あたりが六代将軍宗尊親王御所の東の限界 さらに進んで教会と隣り合う病院の角を曲がって若宮大路に出る という一画です

 

六代将軍宗尊親王は後嵯峨天皇皇子ですから皇族将軍 四代頼経は九条道家息なので摂家将軍 鎌倉幕府ははじめて迎える皇族将軍のために御所を新造したのでした

 

そういえば昨夜 福島県沖方向が発光していました 夜なのに白い雲 とても目立ちます

 

今日の苧環 まだ鉢の移し替えをしてなくて ごめんなさい の状態です

 

3月13日

最初の一輪 と思ってスマホを向けたら奥にも蕾 昨年鉢植した我家の菫です 白河院と璋子さんがやっと動きだしました テーマをつかんでプロットができても 羅列ではない本物の文章になるまで大変 もうずっと頭を悩ませていました 動きだしてほっと

 

クリスマスローズ また切ってきました

 

昨日の南の雲です 巨大な丸太状の雲が放射状になっていて 小笠原諸島のほうになにかある って感じました 巨大過ぎて数本の放射状丸太状の雲が真ん中の一本しか画面に入りませんでした

 

まさかほんとうに谷崎が戦時下ひたすら源氏物語を書いていたみたいなことを自分がするなど思っていなかったのに今まさにそれをしている 白河院と璋子さんの源氏物語を書いていたら 光行さんの父が中宮職で建春門院滋子さんに関わっていたことを思い出しました 光行さんはある意味地味で華がないから

 

この小説に登場させることはないと思っていたのに ないどころか大いにありました 光行さんの理想の女性は建礼門院徳子さん! すっかり忘れていました 仙覚さんの理想の女性は竹御所 二大高嶺の華的手の届かない理想の女性の切ない話だったのに それを忘れていたなんて! 光行さん、登場させます

 

失意の建礼門院徳子さんを最後まで心尽くして思いやった人が光行さん 徳子さんの晩年には娘を美濃局として仕えさせています 光行さんが徳子さんと源氏物語の話をする場面とか 書きたい

 

メモ: 光行さんの祖父が武士ではじめて昇殿を許された忠盛に仕えた鳥羽天皇の時代 父が建春門院滋子さんに と思い出したとき 天皇は誰だったかしらと年譜を見たら六条天皇で高倉天皇の前の方 光行さんが高倉天皇の時代の人なんですね 徳子さん入内時光行さんは十代 父が中宮職だからその時からの憧れ

 

光源氏の物語は手の届かない藤壺を追うのが根底 手が届かないことほど美しく高邁なことはありませんよね 光行さん、突然前面に押し出てきて 頑張ってね! といった感じ

 

華鏡(仙覚さんの小説) 仙覚さんが生まれる比企の乱までの前編を書いていて 建春門院滋子さんを書いたら時政と蹴鞠を書いて そうしたら乱勃発で終わり と思っていたのに光行さんを書くことになり また終了が遠退きました泣

 

鎌倉で最初から私の鎌倉の源氏物語を支援してくださっている方に 華鏡 のタイトルをお告げしたら 鏡で照らすように物語を映しだしていく術を会得されましたのね! とお返事を頂きました こういうふうなご理解の方に助けて頂いてここまできました 気持ちが華やいでそれで光行さんが甦ったのかも

 

甦った光行さんの徳子への思いをこの方にメールしたら 「光行の徳子に寄せるおもいを通奏低音にされると深みや厚みが出てきますよね!」 とまた素敵な返信をいただきました そう まさに通底する思いなんです それが書けたらこの作品は完璧です

 

こういうことを忘れて仙覚は誰か比企の乱とはなど学問的な思いでとりかかっていたから小説にならなかったのでした やはり 源氏物語を忘れてはダメ!

 

特に光行は父からあれこれ聴くうちに徳子を永遠の女性と秘めて写本つくりの糧にしてらしたんですね!きっと完成を徳子に捧げご供養されたのでしょうね!←中宮職にあった父から徳子さんのことを聞いて育った光行さんの河内本源氏物語。光行さんの源氏物語研究の底にある思いを汲んで下さったメールです

 

こういうふうに意を汲んで下さる方がいると有難いです 鎌倉の万葉集ではそれがなかったし 闘いばかりだった 感情まで枯渇してしまいましたが 思いがけず仙覚さんの小説なのに源氏物語が入ってきたら 当時のふくよかな感情が甦りました 世の中は大変な魔の金曜日になりましたが 私的に感謝の一日

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2020.3.12 ツイッターから転載…日々雑感、『源氏物語絵巻の謎を読み解く』を引き続き拝読していますなど

3月10日

おはようございます 源氏物語絵巻を見ています この絵巻が白河院と璋子さんの二人による制作とする根拠の長秋記の記述が11月 崇徳天皇の誕生が同じ年の5月です 『源氏物語絵巻の謎を読み解く』で言及されていますが 崇徳天皇の誕生とこの絵巻制作が無関係ということはないですね 『読み解く』では院

 

璋子さんへの贈物と推測されていますが それにしてはこの絵巻の執拗なまでの柏木への拘泥 私はこれは院の崇徳天皇の父は我こそなりの誇示の気がします それから 『読み解く』では場面を選んだのは源氏物語を愛読している璋子とありますが 私的には白河院こそ愛読しているのだから 白河院の意志が柏木に

 

強く投影されていると つまり この絵巻は院の我こそは父なりの表明のための制作だったのではないかと それを確かめようと思って源氏物語絵巻の図録を出してきました

 

『源氏物語』の本質・・・、それは紫の上ではありません。藤壺です。『源氏物語』本編は紫の上が主人公で長~い時間が、頁が費やされて進みます。藤壺は光源氏がその紫の上に惹かれる原因として語られるだけです。初恋の人藤壺に紫の上が似ているから・・・と。でも、光源氏の心を切り取ったら、思って

 

も思っても届かない相手藤壺は永遠の恋人。対して紫の上は手に入れることのできた現実の人。深さが違います。人は「届かない」ものに永遠に憧れ続けます。光源氏の心の中は、一生遂げられなかった愛・・・、藤壺への愛で、ズタズタに引き裂かれて血まみれになっていたのです。出崎監督の嗅覚はめざとく

 

それに吸いつけられました。紫の上を中心とする一連の事件、ドラマなんかより、この「一事」こそが紫式部が書きたかった本質だということを見抜かれたんです。今まであったでしょうか、紫の上でなく、藤壺が主人公の『源氏物語』なんて←blog「孔雀のいる庭」源氏物語千年紀出崎統氏『Genji』について

 

つくづく源氏物語は藤壺が主人公なのだなあと『読み解く』を拝読しつつ思ったとき 源氏物語千年紀で出崎統監督のアニメ『Genji』を思い出し 引用ツイートさせて頂きました 源氏物語はやはり罪な小説って思います なぜって こんなに深く心を揺さぶられる文学はない! 仙覚さんにはないです残念ながら

 

ふっと思ったのだけれど 源氏物語が紫の上の生涯を描きながら 作者の紫式部が描きたかった本質が藤壺にあったとして 私の華鏡も仙覚さんの生涯を辿るのだけれど 本質が別のところにある気が最近している 私は何を描きたいんだろう

 

たぶん 女性陣 基子さんとか瞳子さんとか中宮立子さんとか…… そこに行くまでまだまだ果てしなくほど遠いけど

 

まじめに国文学的視点の仙覚さんを書いて残しておく義侠心ではじめた小説なのに 書いていると仙覚さんを取り巻く女性陣の魅力にどうしても筆が行きます

 

不義の子を宿した藤壺の懊悩「深く思し嘆くことありて」「いよいよ怖ぢ思しめして」、待賢門院璋子さんは長秋記に「中宮の御悩」(『源氏物語絵巻の謎を読み解く』から解説: 中宮の護持僧である平等院僧正が中宮の病気を治して白河院から褒美に馬を頂いた) … 当然相当な懊悩だったことのよう

 

藤壺は創作 璋子さんは現実 なのに似ている表現なのは こうとしか書きようがないということかも とはずがたり二条の場合は記憶の中ではこの二人ほど深刻な感じでないのは 実兼があまりにてきぱきと物事を進めていたからそう見えなかっただけかも でもこんな深刻な場面をよく紫式部は書いたと感嘆!

 

単純に 罪の意識に怯え という語句が浮かんで この場合 彼女たちに 罪 などという観念的な怯えがあったか そこまで彼女たちが仏教を信仰していたかに疑問を持って調べたら やはり 彼女たちの懊悩は観念的なものでなく 自らの身体を蝕むような生々しい懊悩でした←当たり前ですね(私が観念的でした)

 

しみじみ 国宝源氏物語絵巻の柏木巻から御法巻までを見てしまいました 全て登場人物たちの感情と感情のあいだのせめぎ合い それが色と構図で見事に迫ってくる もう何回もこの図録は手にし 本物も何度となく美術館へ行って見ている なのにこうして感情没入で見たのは初めて 凄いとしか…

 

でも 私はなにを追っているのでしょう

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2020.3.11 ツイッターから転載…日々雑感、三谷邦明・三田村雅子氏『源氏物語絵巻の謎を読み解く』を拝読し、源氏物語が強烈に甦ってきました

3月6日

おはようございます クリスマスローズが咲いていました 庭に出ていなかったから気づかなくて 昨年植えた菫の鉢はまだやっと芽が出たところ それで久々に水遣りに出たら茂みの蔭にクリスマスローズを発見 切ってきて飾りました

 

次の段の冒頭の一行 時政が大番役をつとめたのはまさにこの時期だった が浮かんだのですが そこに行くまでまだ寛遍僧正の項が終わっていないし 最勝光院滋子さんも書かなければならないのに どうして? という気分(なにか 徹底的に省略して進め との指令とか・・・笑)

 

3月7日

おはようございます 今朝のクリスマスローズです 階段の踊り場の手すりに乗せて撮っているのですが クリスマスローズは下を向いて咲くから 朝食をとりながらみんなで鑑賞 と思って食卓に置いたら全然映えなくて 戻しました笑

 

この角度 素敵!(クリスマスローズの写真です)

 

昨夕 安住さんと香川照之さんがパリで活躍する日本人の方を訪ねる番組を見たのですが 楽しかった! たまたま取材の日の前日にパリで日本人ではじめて三ツ星をとった小林圭さんのニュースが流れ お二人がアポなしでお店の前に行くとフランスのテレビ局が取材中 それを二人が覗いていたら中から小林

 

シェフが出てらして どうやらフランスのTV局の人が伝えたらしい 当然香川照之さんを知ってられるから店先で感動の談話 それをフランスのクルーが撮っていて 夕方の番組で「日本の大物俳優が訪ねてきて…」と放映されたのでした なんかゆきあたりばったりのこういう取材 楽しいですね そして香川

 

さんが仏語ペラペラだから進行がスムーズでよかった その後高田賢三さんの自宅にいらして 中に入って素敵なお部屋の一挙公開 贅沢でもシックなセンスのいい室礼にしみじみ バルコニーに出て見渡せるパリ市街地はそれはもう見事でした そのバルコニーで香川さんがフランスの国歌を歌われたりして…

 

どうも叙述的進行が苦手で詰まってしまう しばらく続いて参っていたのだけれど 夕方になって突然劇的転換をすればいいんだと気づき そうしたら玄覚さんの声が降りてきて書いたら そこになんと源親行が登場してしまいました 源氏物語は光行さんから書こうと思っていたのに 突然親行さん!

 

鎌倉に源氏物語をもたらした源光行は頼朝頼家実朝の源家三代将軍に仕えて帰洛 入れ替わりに子息の親行が鎌倉に来て四代将軍頼経から仕え それで仙覚さんと同期に 源氏物語を光行さんから書くのはまた叙述になってしまいそうで嫌だなあと思っていたのに 親行さんからなら光行はフラッシュバックで可能に

 

親行が鎌倉に下向してそのまま鎌倉で活躍する事になるのは 実朝の鶴岡八幡宮で行われる右大臣就任の儀式に参列する公卿に従ってのこと つまり 親行は実朝暗殺のその場をリアルに見ていました ここ 凄い歴史的偶然と思うのですが

 

親行さんが登場したところで玄覚さんの声を終わりにして 寛遍僧正と後白河天皇の密談に戻ったら寛遍僧正がもう消えていて 話は待賢門院璋子さんに これならここから法金剛院を書いて そこから建春門院滋子さんに発展させられる と突然視野が開けましたので 安心して寝ます 法金剛院を書けるのは嬉しい

 

3月8日

おはようございます 今日はミモザの日だそうですね 私も部屋いっぱいに飾りたいからこちらの農家さんに切花で下さいと言いたいのに言い出しかねてました 昨夜急転直下で書く方向が見えてワクワクしているのですが なにしろ週末 内心いらいらしながらすでに疲れはてています笑 でも今やっとPCの前に

 

以前 佐伯真一氏『建礼門院という悲劇』を興味深く拝読したのですが 後白河院が建礼門院徳子さんに執心だったと 高倉帝亡きあと 自分のところに入内せよと望んだが それはあまりにもと徳子さんの固辞で実現しなかったとか あの時はわからなかったけど ここに滋子さんを介在させると理解できます

 

待賢門院璋子さんの皇子である後白河院には 璋子さんから白河法皇と源氏物語を聞いて育っているから 源氏物語がどっぷり沁みついています それで建春門院滋子さんは若紫の系譜と思ったのですが 徳子さんは若紫が藤壺宮の姪だったように滋子さんの姪 徳子さんは後白河院には若紫だったのでしょう

 

というようなことを 昨夜 就寝後に思いついたので 忘れないようにメモとしてツイートしました

 

3月9日

おはようございます 昨夜は三谷邦明氏・三田村雅子氏『源氏物語絵巻の謎を読み解く』を拝読して就寝 夢中になって読んだ本ですが 再び読み返す日が来るなど思ってなかった かつての読書がこんなふうに重要に甦るのですね

 

まだもやもやしてるのですが 隠れていたもうひとつのテーマが浮かびあがりそうな(でも これにかかったら大変な問題 どうするか、です)

 

丹後内侍 藤壺 待賢門院璋子さん……こう集まると隠れたテーマかと

 

隠れたテーマと思ったのは源氏物語絵巻の柏木巻を見てだったのに 璋子さんの次に書きそびれました 共通項は不義の子 と そんなことを考えて過ごしていたら とはずがたりの二条もそうだったと 不義密通はある意味恋愛の延長だけど そこに 子 が生まれたら問題が違う どう違うのか その辺りがまだ

 

古典作品も 古典ではあるけど実話も 歴史的にいわれているけど実際はわからない懸案もあるけど 不義密通の文学は数多あるけど 子 が介在するのはなんか古典と歴史の二分野に限られる? そんな気が なぜだろう

 

最勝光院滋子さんを書いていたときの原稿を収めているクリアファイルは螺鈿紫檀五絃琵琶 2018年でした 家族との時間帯が完全にずれて 私は早朝から動いているから夕刻ダウンで今は快調 家族がみんな疲れ果てて今就寝しているので こんな夕食の時間に思い切り1人を満喫しています と殺伐したTLに投稿

 

『源氏物語絵巻の謎を読み解く』の刊行が平成十年 私はその翌年あたりから鎌倉の源氏物語にとりかかったのだから このご著書は研究のためでなく全くの私的楽しみで拝読したのでした その十年後に鎌倉の源氏物語の本を出して でもまだこのご本は趣味の範囲にあったのですが いきなり全面に出てきました

 

このご本の本当の価値 本当の意味がわかるのはこれからです 後白河天皇に発しての白河院と璋子さん これから書かせて頂きます

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2020.3.7 ツイッターから転載…日々雑感、建春門院滋子さんは若紫の系譜&奈良円成寺と最勝光院が寛遍僧正を介してつながりました、両方とも宇治平等院形式の庭園です

3月4日

おはようございます 今朝の緒環です 建春門院滋子さんは若紫の系譜なんだなあとつくづく 二十歳まで即位できなかった白河天皇が自分は皇位につけない皇子として源氏物語を読み そうしたなかでの待賢門院璋子さんへの鍾愛は 自分は光源氏なのだからという大義名分意識があったはず 二十歳まで中宮彰子

 

さんはご存命だったから 皇位につけない分暇な時間を彰子さんのもとに通ってじかに紫式部の話など聞いていたと思う だから国宝源氏物語絵巻を待賢門院璋子さんと作ったという説も頷けるし その絵巻を璋子さんの子の後白河天皇が持っていて 後白河天皇も皇位につけない皇子として育ったから白河天皇同様

 

源氏物語に思い入れ深く それで建春門院滋子さんを鍾愛したとき 心の底のどこかに母待賢門院と白河天皇の関係の踏襲意識があって 後白河天皇もまた源氏物語を生きた天皇だった気がします

 

中宮彰子さんから白河天皇にいたる系図です 以前作ったパワポのスライドです 待賢門院璋子さんが白河天皇の孫の鳥羽天皇に入内して後白河天皇が生まれるんですよね この系図の背景に源氏物語があると思うと理解が深まります 後白河天皇と源氏物語ってあまり言われてないけど

 

3月5日

おはようございます 苧環について調べていました 昨日ツイートしたオダマキの変換漢字が違う気がして 苧環が正しいです 日本原種があるなか 私のこれは西洋品種みたい 華やかです 苧環の頁を見ていたらミヤマオダマキという言葉に惹かれて好きになったのを思い出しました ミヤマって語 いいですよね

 

ミヤマってつくと何でも好きになってしまいます ハルノミヤマジ 春の深山路ですが このタイトルで飛鳥井雅有を好きになって 私の鎌倉探訪は雅有が原点 その頃は後に鎌倉の源氏物語をやるなんて 思ってもいませんでしたから不思議なご縁ですね

 

飛鳥井雅有は雅経の孫で鎌倉で活動した二条教定の子だから 幼児期はちょうど源親行たちが鎌倉の源氏物語をしている真っ最中 そんな中で育ったから 後年伏見宮廷で源氏のひじり と呼ばれるようになります つまり 当時は鎌倉が源氏物語研究では優位だったのでした!

 

昨年の今日は仙覚さんが晩年を過ごして『万葉集註釈』を作った比企小川町での講演でした もう一年が経ったのですね この講演でパワポを作っていて仙覚さんと実時の交流の実態が見えてきて あ これでいける!(小説のこと)と思ったのでした それで書き出しているのが目下の「華鏡はなかがみ」です

 

講演は仙覚さんの万葉集顕彰碑がある山の麓の小川町立図書館にて 毎年この時期に「おがわ仙覚万葉展」をされていて その一端の講演会でした とても熱心に仙覚さんの普及活動をされています 写真二枚目三枚目は東武東上線で小川町駅が近づいたときの車窓 遠くの街並みが小川町 三枚目はたぶん槻川

 

槻川のほとりに仙覚さんが庵をたてて住んだ伝承があるらしいのですが 私はまだその出典も場所も未確認 それより別の見解を持っています 仙覚さんの出自が明らかでないから 仙覚という孤独の学僧のイメージで庵説になった気がします と以上のツイートをしながら 昨年が懐かしい

 

RTの趣味の園芸 今こそ花を…… これ 今の私の苧環のこと と思ってしまいました(戦時中は園芸などできなかったから ひっそりと隠れてしていた人たちが趣味の園芸の先生方で 今こそ花をと)

 

「華鏡 はなかがみ」 仙覚さんの小説を書くと決めたのはある意味義侠心にかられてでした 伝記的には書く材料が揃ったから でも書き出しても自分でさっぱり面白くない だから進みませんでした 考えあぐねて なんとなくそこに文学が欠けていると感じていたからエーコを読みシルヴィにたどりついて「鏡」

 

のスタイルに定着 縛られることなく書けるようになって目下思い切り楽しんで書いています 義侠心的に仙覚さんと同じく光行さんも小説にして残さなければと思っていたことが 鏡のスタイルにしたら光行さんも入れられるようになり で 今 源氏物語について書いています 源氏物語はやはり気持ちが優雅に

 

運慶の大日如来像のある奈良円成寺は浄土式庭園で驚くのだけれど それを造った寛遍僧正が祖母が道長の娘で宇治平等院は祖母の兄弟が造った寺院と知って納得 その寛遍僧正が後白河天皇の護持僧になって 冷泉帝と夜居の僧みたいに夜中に親密な会話をしたとしたら 僧正から天皇に宇治平等院の素晴らしさが

 

伝えられたとしておかしくない 後白河天皇の心に宇治平等院が刻まれ それで建春門院滋子さんに寺院をプレゼントしようと思った時 平等院のようにしようと思ったとしたら 最勝光院が平等院を模したというきっかけは寛遍僧正にあった というような展開を ついさっき思いつきました 真夜中の談話が平等院

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2020.3.4 ツイッターから転載…日々雑感、無理に書こうとしても時宜という天の思し召しがあるんですね&やっと原稿が動き出しました

3月1日

おはようございます 玉川上水べりの水仙がこんなに満開 TLで欧州在住の方が 日本の春はピンクだけど欧州では黄色 と呟いてられるのを読んではっとしました 日本だけにいると一斉に桜色に染まる春だけど そういうことで見失っている感性があるんですね 黄色の水仙 昨日はとても新鮮に映りました

 

水仙の隣に これも黄色の花 名前を知らないし 去年はなかった気がする たぶんTLでのはっとした衝撃がなかったら眼にとめなかった 気づき って感性の覚醒なんだなあとしみじみ感じました

 

水仙と名前を知らない黄色い花の咲いている様子を対岸から撮るとこんな感じ

 

何年も書く書くと言って書けないでいたから やっと書き進んでいると嬉しくて早く仕上げて今までの狼少年イメージを払拭したいと思うのだけれど 今度は深まってそう簡単に進まない そういうところにこのご時勢 夏頃には発表できると思った当初を大幅に越えて多分来年 このご時勢ではその方がいいですね

 

焦っても 頑張っても 時宜という天の思し召しがあるなあとは いつも思います その時宜に至るまで痛い目にあったり苦しまされたり 当初は恨んでもそのお陰で時宜を得るところに至る 振り返ってみればその方々に感謝していると気づきます そうでなかったら生半可なまま突っ走ってたでしょうから

 

何日か前に撮ったミモザです これも黄色 今のようなご時勢ではTLに花をという心配りも素敵です 中止した会の方からのお返事には みんなで無事に乗り切りましょうねと

 

時宜のツイート 恨むというような語は今まで使わないようにしてきたのですが なんか もう いいかなって あえて事実だったことを書きました 内心 こういうことは見て下さる方に不愉快を及ぼしてしまうと危惧しながら なのに 今見たら いいねを下さった方々が 意を汲んで下さったのだと涙ぐみました

 

心から ありがとうございます

 

3月2日

おはようございます といっても12時を過ぎてしまいました 珍しく長電話していて 会の中止の件であまり話していなかった方と長電話する仲に 歴史の会の方だから話がはずんで山槐記の面白い記事を教えて頂きました 山槐記 どうも読む必要ありそう こういうお付き合い してなかったなあと

 

写真は、去年撮った菫 また咲いてくれていました

 

なんの奥書かメモしてなくて忘れたけど 玄覚さんの名前 玄覚さんの独白バージョンは玄覚さんがこうした書写活動をして交流関係を残してくれていたから 話変わるけど 朝の長電話で玉葉も吾妻鏡も国会図書館のデジタルコレクションを使えば と教えられた 知ってはいたけど面倒だから広尾まで行ってました

 

PCの最初期の容量オーバーするとすぐ強制終了となった恐怖のトラウマで 未だにダウンロードとかデジタルコレクションとかが怖くてしないまま過ごしていたのですが 朝の長電話の彼女がタブレットをいじりながら国会図書館のデジタルコレクションのページを出して読んでいるので もうやるしかないかと

 

玉葉が家で検索して読めるなんて大きいですよね 私はほんとうにPC初期の人だから 強制終了の文字が出た時の恐怖ったら なのに最近始められた方は強制終了の怖さをご存知無いからサクサクとデジタルコレクションなどいろいろ使いこなされて 私より一歩も二歩も先に進んでいられる不条理笑

 

3月3日

おはようございます 今朝の緒環です 昨夜は深夜ベニスに死すを観賞 初めてで頑張って起きていました 観ていた時より起きた今のほうが余韻深く 最後の頃の消毒の場面が今は現実で切実でした

 

最近 というかシルヴィを読んだ時に気づいたのですが 文学も芸術も今まで男性主体の ある意味上から目線的な男性目線 とても耐えられない気が シルヴィは小説の構造を探ってそれを克服したのですが ベニスに死すもまたそれを感じて 対象が少年だったから美の普遍化になっていて救われました

 

文学でいえば女流作家さんがいるのだけれど なんか まだ 普遍化した文学になっていない とシルヴィの頃からそんなことを考えていたら 源氏物語は違う! となって愕然としました 深い哲学思索がある 紫式部は女流作家ではないんです 私はそういう文学を目指したい

 

あれから吉祥寺に出てなかったのでもう売り切れたかと思っていたのですが あったので買ってきました 緒環 紺色と思っていたけど薄い紫?かも 薄い臙脂もついでに これで三色(ちょうど鉢が三個あって) もう今日は鉢植は諦めて写真だけご紹介

 

やっと原稿が動き出しました せっかく後白河天皇と寛遍僧正の項に入ったのに週末 そして私事の諸々で集中できず 原稿に向かっても理でしか書けなくてストップしていました 写真の小見出しは中野幸一先生の正訳源氏物語 後ろの原稿が理でしか書けずに詰まっていた書き散らし 今やっと切口をつかみました

 

文章として流れるには知識から離れることが重要 調べて知った興奮から書いてもいいものが書けず ずっと醸造することが大事だから 週末とかの集中できない期間を醸造期間と思って諦めているのですが それにしても進行が遅い もっとピッチを上げなければ

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2020.3.2 ツイッターから転載…日々雑感、「鏡」のスタイルだと理解してできたタイトル『華鏡』、気に入っています→玄覚さんの独白バージョン冒頭を公開

2月27日

おはようございます ある会の中止を申し出てゴリ押しと思われ傷ついた件 私は自分からこうした方がいいと指図するようなことが苦手で して頂けませんか と申し出たのですが だから個人的に思われたんですね 結果として中止になって それから中止にするべき状況です と言えば良かったと気がつきました

 

昨日呟きましたが この原稿が完成したら自分が変わると思う 毅然として物事を言い出せるようになると思います 何日か前からそうなってきているのを感じて 上から目線で見られるのは 上から目線で見られても仕方ないレベルの精神状態にあったからだなあ とあくまでも私個人の事情ですが そう思います

 

鏡のスタイルだと理解してできたタイトル「華鏡」 今のところ気にいっています それで打ち出してみることに 玄覚さんの独白バージョンの冒頭です 私的に記念すべき初入力です

 

整った感ができてきましたのでアップしてみました エーコの分析によるシルヴィの三人の話者論 あ これなら行ける! と納得しての玄覚さんの独白バージョンです 2016年にこれを書いた当初のタイトルは「仙覚 ある学僧による手記」でした 今思うとおかしいくらいの薔薇の名前の影響下ですね

 

意を汲んでいただいてありがとうございます。結局この一行のインパクトを超えられる他の書き出しにたどりつかずに玄覚さんの独白バージョンの屹立です。一番いいたかったことが籠っています。その生涯を書くのに、仙覚さんはまだ生まれていません笑

 

2月28日

源氏物語 冷泉帝と夜居の僧都は薄雲巻なんですね そうではないかとの見当で手に取ったらあたりでした 読んだのですが中野幸一先生の正訳だから簡単過ぎてその分わかりやすかったです このシーンを寛遍僧正と後白河天皇に使います どこかの絵巻にこういうシーンがあって イメージもバッチリできています

 

2月29日

おはようございます 種々講演中止のtwを見て そういえば私も5月に鎌倉で万葉集の講座を持つはずだったのだと 令和1周年記念にと依頼された講座 それが仙覚文庫設立になって その時は鎌倉での仙覚さんの普及に幹事さんも燃えてらしての依頼だったから 自然消滅に 今それを控えていたら大変な時期でした

 

仙覚さんの小説の執筆に籠ろうと決める前のご依頼だったから ではその5月の講座を最後に籠ろうと思って覚悟していたのが 消滅になって 私的にはこれは神様がいよいよ執筆に専心しなさいとの思し召しを下さったのだと理解していたのですが 今の状況を思うと 消滅は それ以上に私を救ってくれています

 

あの頃の鎌倉はほんとうに奪い合いでした 仙覚さんをやっていたから 令和になって突然その波の真っ只中に投げ込まれて裏切りにも合いましたが人の誠意も知りました 何より鎌倉ペンクラブの方々が守って下さったのが救い やはりペンを持つ人は本質で動くのだなあと見ていました そんな荒波の後の今です

 

やはり歴史の会の方々は素敵だなと思いました 会の中止をお願いした責任上 Twitterで流れるコロナ情報をまとめてお送りしたのですが 薄くは感じていたことがやっぱりという感じです お知らせ頂いた事 本当に感謝しています と素敵なお葉書で 吾妻鏡で培った政治を見る目を持った方々です

 

ご高齢の方々なので SNSをされていないから 情勢を見る目が中世を見る目と違っていて 現実を見て知って頂きたいと思い お送りさせて頂きました

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