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2020.7.21 ツイッターから転載…日々雑感、白河天皇のこと、11歳で上東門院彰子さんを訪問した段を書き直しに・・・

7月18日

まさかの訃報。ファンでした。花の蹴鞠で主人公の飛鳥井雅経役をイメージして書いてたのに・・・ 三浦春馬さん・・・

 

夜に入ってふと机上に挿した絵葉書が目にとまり手にとったら 二枚重なっていたその二枚目が先日コロナが心配でお便りを下さった方の去年のお年賀状 小説頑張って下さい。あなたならきっといいものが書けると思います。 嬉しかったから絵葉書で隠して飾っていたのでした 大変な一日だったけど頑張ります

 

陽明文庫王朝和歌集影に載っているご論考を拝読していて 禖子内親王が読めず PCなら手書入力して読む方法があるけど タブレットではできず ウィキでご論考中にあった言葉を検索し そこにある禖子内親王をタップしてウィキへ など四苦八苦してたら 家族に漢和辞典のオンラインを使うよう勧められました

 

便利そう!

 

陽明文庫王朝和歌集影から 山本啓介氏「歌合の作法」を拝読しました 歌合のようすが昨日の赤澤氏とこちらとで随分具体的にイメージできるようになりました 奇跡のよう これまで二条天皇と万葉集の段は題詞の高い低いなど 国文学の論文ふうにしか書けないと思ってました

 

あ それから 昨日注に見て読みたいけど図書館に行かれないから諦めたご論考 国会図書館の遠隔複写で申し込みました

 

まだ白河天皇と後拾遺和歌集の段が終わってないのに…… 白河天皇と後拾遺和歌集ー白河天皇の万葉集と摂関家ー後白河天皇と二条天皇の確執ー二条天皇と万葉集 と 思いつくままにメモしたけど ふうっ 先は遠い! (ここのところ涼しいから家の片付けもの優先にしてました 明日から身を入れて書きます)

 

7月19日

おはようございます 涼しかったから家の片付けなどしていてこの図録が ラファエル前派展 去年の今頃 行ったのでした 夢を見ました 真っ白な高峰の連山 ヒマラヤの夢を見るときは気持ちが整った証 以前見ていたときは恩師がパリに滞在されていた時で 夢の後パリからお便りが届きました 亡くなられてもう

 

それは叶わないけど 昨夜励まして下さる方のお葉書をみつけて パリからのお便りが思い出されたのかも

 

夢のようだった涼しかった数日が過ぎ 快晴の今日は湿度がもわっとしてもう・・・ 振り返っても返らない夢のようだったコロナ以前の世界 写真は去年の今頃 ラファエル前派展会場の三菱一号館美術館から撮った光景だけれど いつかまた行く日もあるでしょう それまでとにかく籠って原稿に頑張ります

 

去年は二月に原稿に専念するために鎌倉での活動に終止符を打ち 封印していた自分の趣味・自分のセンスのための自由な精神活動に移って 最初に行ったのが汐留のモロー展でした 考えてみるとこれがコロナ前の夢のような一時期になるんですね 私にはつかの間だったけど 夢のような半年でした

 

そうした折々に何気なく撮った数々の写真 もっときちんと撮りたいなあなど当時は不服だった写真たちが コロナ以前の楽しかった日々の記録に 昨夜ラファエル前派展のカタログを発掘したときから そうっか もう戻らない日々の何気ない思いが籠った貴重な写真なんだ~との思いが湧いています

 

深夜の入力用に買った小さなPCが 一昨日強制終了してもシャットダウンしなくて電源を抜いて終了させたのですが 壊れたのかなあと怖くて それで涼しいのをいいことに家の片付けものをしてたのですが もう深夜は手書での覚悟で古い原稿用紙をもって上がってきて 恐る恐るつけたら PCは壊れてなくてホッ

 

今日は無事にシャットダウンできました 掃除していたのは原稿に詰まっていたのがあって そこにシャットダウン事件が重なったのですが 再開するのに通しで読み直したら前に書いていた能信の部分が不十分で そこを書き直すことからしなければならないと判明 それはもう昼のPCに移した分だから明日します

 

7月20日

とっても古い写真だけれど おはようございます 大雪の井の頭公園 森は生きているの気分満喫で撮りました スマホだったから今度降ったら一眼レフでと思っていたのに 木が剪定されたり降っても工事中だったりで 写真は撮ったその時のが大切 と思ったショット コロナ以前の世界はもうないのならもっと大切

 

昨日から時間という思考が入ってきて感じ入っています 時間がテーマの小説を書いていたはずなのに忘れていました 単にコロナが終息したらと思っていた時はコロナを挟んで時間は一つの平面でした でも違うんですね 質が変わってしまっているんです それがどういうことなのか それをどう書けるかです

 

そういえばと思い出しました 比企の乱は比企氏にとってまさに今のコロナだし 絶対に乱以前の世界に帰れない その悲惨さを書くのに対照的にそれ以前の優雅だった日々をたっぷり書いておかなくてはと 京の宮廷の雅な方たちを意識して書き始めたのでした なんか嵌ってその危機感から遠のいていました

 

だんだんというかやっと気持ちが定まってきています 11歳の白河天皇が上東門院彰子さんを訪ねた段がコンパクトにまとまっているので崩したくなく その後に能信の件が出てほんとうはその段に入れればいいのだけれどするのが嫌で すっかり白河天皇に嵌まって原稿を進めていました でも掃除とかで中断

 

して再開した今日 原稿を読み返していたらやはり能信は11歳の段に入れるべきと というのも原稿はすでに待賢門院璋子さんの法金剛院を書き終わっているからで それは白河院崩御で建立を思い立ったわけだから その後に白河天皇と能信を書いていても無理がありました 11歳の段をこれから読み返して

 

能信を入れますが 結局あんなに熱く後拾遺和歌集とか白河院関係をやったのに たぶん 後拾遺和歌集も不要に そして できている法金剛院の段の続きに二条天皇を書いて 急遽 万葉集が書けることになりそうです 白河天皇に嵌まりすぎてブレーキをかけられたのかも 数日の涼しい掃除は

 

そうっか あんなに後拾遺和歌集をやって それで入れないのはなんか~ と思ってたけど やったから白河天皇の11歳問題に辿りついたし 能信が祖父だってことも見えてきた 無駄ではなかったんですね

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