2020.7.18 ツイッターから転載…日々雑感、『陽明文庫王朝和歌集影』から赤澤真理氏「歌合の場―女房の座を視点として」を拝読しました
7月15日
おはようございます カサブランカの二輪目が開きました ひとつの茎に蕾が二個つきます 昨年は球根を掘りあげなかったので茎が細く 花がつきそうもなかったのに 咲いたらこんなに立派 カサブランカは強いです こんなに美しいのに と見習わなくちゃ
今年一月末鎌倉の帰りの湘南ライン車内で 再来年の大河が鎌倉が舞台の義時主役と知り その時は青ざめました 私の書こうとしている仙覚さんの小説と時代も登場人物も全く重なるから このままでは亜流か二番煎じか悪くしたら剽窃になりかねない と奮起しても遅筆はどうしようもない そこにコロナの自粛
鎌倉の予定も全部キャンセルして家に籠り 小説の土台から考え直して構成を整えて 今の華鏡になりました そのままだったら普通の時代小説だったのが コロナの自粛で自分を取り戻しての自分の文学の把握です 強くなったなと思います 強くなければ本物は書けない これが今の心境です
雨に濡れるカサブランカ 伐らずに庭に残した蕾も開きました 綺麗です
昨日まで蕾だったカサブランカが咲いているのを見て勢いよくカーテンを開けたら 音に驚いてひらひらひらっとオハグロトンボが飛び立ちました 黒い羽根に翡翠色が光って 雨の庭のしっとりした風情のなかの信じられないあでやかさ それを撮れたらいいのですが止まったまま動かずになってしまいました
TLに山百合の写真が流れてきて 私の忘れられない山百合の写真をご紹介 2012年の撮影 鎌倉に というより六浦によく行っていた時の写真です 鎌倉駅から金沢八景行のバスに乗ると 途中 朝比奈峠を越えます 歩く人用に朝比奈切通がありますが バスは峠越え その崖に山百合が咲いていました
私の研究の原点は金沢文庫だから 金沢文庫の周辺を必死になって歩きました 勤めているときは毎週末に 結局それで体を壊したり……笑 なので金沢八景-鎌倉駅のバスに何度乗ったか 朝比奈峠を越えるときの緊張感とか 思い出しても楽しいです 六浦は鎌倉とは峠をはさんで金沢八景側です
7月16日
おはようございます 今 TLを見ていてあるツイートをタップしたらいきなり入力が始まって送信されてしまいました 自動入力です なんか音声も出たような それで最初のツイートや送信されたツイートを探しても無し ロックされた画面についてのツイートでした 皆様もお気をつけ下さい でも何だろうと心配
なにかにひっかかって もし私のアカウントがロックされたら Facebookでご報告します でも 無理にFacebookは使いたくないので余程のご報告がなければ 原稿に籠ります
改めておはようございます 白河天皇と後拾遺和歌集の段は書き始めるところにきているし 朝の事件でしばらくTwitterを止めようかと思ったのですが 私のTwitterは思考過程の記録でブログへの転載用なので止められないことを思い出しました 写真は昨夜の続きで朝比奈峠から見たバスの車窓の六浦の海
鎌倉駅ー金沢八景のバスで朝比奈峠をとおると バスの曲がり具合でほんの一瞬 六浦の海が見えます ほんの一瞬で気をつけていても見逃すほど なのにこの写真 こんなによく撮れていてほんとうに六浦かなあと心配なのですが 六浦路の帰りの撮影で鎌倉側の海が見えるはずがないので六浦と思います
金沢八景駅から見た六浦湾です この一帯 中世では観光地として栄えていて料亭がたくさんありました 今はわずかに千代本さんが残るだけ 私はここで中世の旦那衆みたいに湾の月を眺めながら酒宴を などという夢を持っていて Facebookで以前呟いたら 企画したら参加しますよ という方がいらした笑
7月17日
おはようございます 何気なく見ていた書棚にこの『陽明文庫王朝和歌集影』があって 後拾遺和歌集はあるかしらなど軽い気持ちで開いたら目次に赤澤真理氏「歌合の場ー女房の座を視点として」があって 二条天皇の内裏歌合の場での二条院讃岐の立位置が知りたかったので絶妙のタイミング 拝読します
『陽明文庫王朝和歌集影』から赤澤真理氏「歌合の場ー女房の座を視点として」を拝読しました 源氏物語絵合巻に参照されたのが村上天皇内裏歌合 その後廃れて後冷泉朝に再び活発化と 女房が歌人として参加する場合もあり そうではなく出衣の華やかさを添えるためにも 興味深いご論考でした
注に参照したい本があるのにコロナで図書館に行きたくないから密林で買おうとして検索 見たら数千円以上もするので諦めました 大変な世の中になっていますね うっかり外に出たくないです
比企尼の長女で頼朝と乳姉弟の丹後内侍が二条天皇に女房として出仕していて それで丹後内侍なのですが そこで二条院讃岐と懇意になっています そんなことで内裏歌合での女房のありようを知りたかったのでした 丹後内侍も歌人だったらしいです 歌人としてでなくても出衣の役で参加したかもですね
7月18日
おはようございます 昨夜はあまりに『陽明文庫和歌集影』の赤澤真理氏ご論考のインパクトがあったからか なんか 夢のなかで歌合っぽいことに翻弄されてました笑 持っているだけで嬉しくて買った本が 今になってこんなに役立つなんて 今日は山本啓介氏「歌合の作法」を拝読します 当分この書に浸りそう
TLに見た もうコロナ以前の世界はない の言葉がずっと胸に重くひかかっていて それは薄々察してはいても終息を願っていたし 終息すればもとのように動けると思っていました だから少なくとも年内我慢 延びても来年くらいは我慢 とどこか気楽に構えていたのだけれど 終息後の世界が以前と全く違う迄は
ちらほらと 終息後の世界は というテーマの本や講演会の案内が見受けられてきて 今後どうなっていくのだろう とか それに対しての身の振り方 とか きちんと考えておかなくてはと 思い始めていました だからそんな矢先の もう元の世界はない の断言は身に響きました
思い出したのだけれど 山百合は母の実家の田舎の家の玄関脇にあって 母が仕事を持っていたのと野で遊ばせたい父の意向とで私と妹は毎年夏休み中預けられていました 行くと毎年株が増えて山のような山百合の花 そんな思い出が山百合→カサブランカ好きになったのかも 祖母がなくなった今はありません
だから毎年カサブランカが咲いた日が私の一年のハイライト なんか それまでが私のコロナ前の世界だったかのようで写真を見ても楽しい それが終わって これからコロナ後の世界をきちんと考えて過ごすんですね

