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2020.7.2 ツイッターから転載…日々雑感、白河天皇の摂関家大好き! みたいな感じが見えてきました

7月1日

おはようございます 七月ですね 華鏡は道長から書き直し始めて二日目 能信が結構面白いです 昨夜は道長妻で能信母の明子さんを検索 父親の源高明は光源氏のモデルともいわれた人物ですよね そういう人を妻にして道長っていう人も面白いですね ここから後三条天皇の即位になり白河天皇にまでいく

 

光源氏のモデル論は追及したことがなかったので 深く知らないのですが 高明の大宰府左遷とかそういうモデル的人生を紫式部は知っていて源氏物語を書きはじめていたわけで それから道長に重用されたのだけれど 現実的になった明子さんの存在を式部さんはどんなふうに思っていたのでしょう

 

写真は過去の 2009年撮影です 七月でどんな写真があったかなと見たらこの玉川上水の山百合と甘草がありました 気のせいかもしれないけど 最近より昔のほうが玉川上水べりの植栽が生き生きしていた気がします

 

あのまま書いていたら大江匡房を書いていたと思う それを考えると玄覚さんバージョンで迂回したことが熱に浮かれた気分を冷ましたことになって 再開したら賢子さんの浮上 不思議です

 

後三条天皇と白河天皇を巡っては 大江匡房や六条藤家の人達がいて 調べている間面白くて早くこれを書きたいと燃えまくっていたのだけれど すべて同次元でなのに関わる人が違う 道長で書き直し始めてどれをとるか悩むなあと思っていたのですが 筆が ふっと賢子さんに入っていって あ これは とびっくり

 

賢子さんのことはそんなに重視してなくて 玄覚さんバージョンで始める直前ころに何気なく見た程度 その時はまだ大江匡房か六条藤家が重要と思っていました でも 賢子さん 思っている以上に重要だって 筆が入っていって認識させられました ここには心がある 大江匡房や六条藤家を書くのに心は…です 

 

賢子さんの入内で師実から贈られたのが白河の地 そこに法勝寺を建てたのでした 賢子さんから書き始めるのは法勝寺への布石 と今気が付きました

 

長く離れていると主題が見えなくなっていたり・・・ 法勝寺に戻れてよかった

 

悲観的に考えないようにしているのだけれど 今日はやはり考えてしまう 香港のこと都の感染者数のこと三味線のこと鎌倉のお能のこと 夕食時コロナ前よく行っていた吉祥寺のスーパーが今月で閉店との話を聞く コロナで行かなくなったのは何もそこだけでなく必要最小限の買物しかしなくなったからだけれど

 

このスーパーだけでなく Twitterでも今度ロックダウンしたら持たないと呟かれる店長さん 生協のチラシでも商品の載らない白い空白が沢山あった たぶん卸せなくなった企業が出たのでしょう この先どうなるのかと思う 廃墟となっていく吉祥寺はまだ浮かばないけど 砂上の楼閣のような危うさを感じます

 

Twitterで とにかく生きて下さい 生きていて下さい 生き延びて下さい との呟きを眼にした すべての人にそう思います

 

RTさせて頂いた 胸の暗いざわめき 私だけの思い過ごしでなかったんだなあと (先ほどのツイートのことです)

 

だんだんわかってきました といっても推測ですが 賢子さんの入内のこと 後三条天皇や祖母陽明門院が嫌う摂関家からの賢子さんの入内をなぜ白河天皇がしたのだろうと ずっと謎でした 能信ですね 源氏物語を愛する白河天皇は道長息の能信に特別な思いを抱いていた 史実では大夫殿と呼んで父後三条天皇が

 

受けた恩を忘れなかったといわれますが それよりも道長の子ということへの憧れと尊敬だったのでは? 以前少年白河天皇が中宮彰子を訪ねたとき 赤染衛門の曾孫の大江匡房が同伴したのだろうと推測しましたが それより能信だった方が可能性高い 何しろ彰子さんとは異母兄弟ですものね 白河天皇はそうして

 

少年時代から摂関家に馴染んでいたから師実とも縁ができていたのでしょうし それで賢子さんの入内にもなった 父後三条天皇とは摂関家に対する思いが違うんです だから父帝の思惑を裏切ってでも賢子さんの子を即位させたかった とそんなふうに読むと全部辻褄が合います

 

11歳の少年白河天皇が中宮彰子さんを訪ねたとして 能信は白河天皇が13歳のときに亡くなっているから それまで十分彰子さんのもとに連れて行くなどできたでしょう 面白いですね 三者の対談を想像するのは

 

7月2日

おはようございます 今朝思いついたこと 能信は紫式部を見てますね たぶん仲が悪い異母姉に仕える女房だから親しくはなかっただろうけど 後年自分が擁する少年白河天皇の源氏物語志向に接して もっと深く付き合っておくのだったと後悔してたりして それでも知っている限りの範囲で語ってあげたでしょう

 

紫式部が仕えた側の道長妻倫子さんは日記にも登場するから身近だけど 明子さんは永井路子さんの小説で読んだだけ 能信という子息がいて 後三条天皇の即位に倫子さん側の子供たちと争って など 今回白河天皇の源氏物語で調べなければ想像だにしなかった世界 物事はほんと 多角的に見るべきですね

 

私が忘れているだけで 永井路子さんの小説に書いてあったりして笑

 

紫式部については研究史も辿ったし 一般書もほぼ眼を通してるし なのに全く知らない視点でじかに彼女を知ってる人がいたという 驚き以外のなにものでもないです 研究もそうだけど 論文で詰まっていても 一人投入すると一挙に開けることがよくある 人の交流って そういうこと

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