2020.11.27 ツイッターから転載…日々雑感 華鏡は、醍醐天皇の古今和歌集から書き直しています
11月25日
おはようございます 徽子女王を書いていて心地よかったのですが 昨夜なぜか停滞して心の底でこれでいいのかなあ という疑念が湧いて中断 なぜかわからないから無理に書いて進めることをしないで寝ました 起きたら そうだ醍醐天皇の大井川行幸だ!と これを書き入れなければならなかったのでした
増鏡とか栄花物語を読むと 内野の雪 など風流な章ごとのタイトル 華鏡もそうしなければと考えるのですが 私は詩を書いていたときも漢字二文字だけの固いタイトルにこだわっていたくらいで 風情から程遠いタイトルしか浮かびません泣
醍醐天皇の大井川行幸を調べていて 宇多天皇が小倉山の紅葉を見に大井川御幸をとあり 大井川といえば嵐山なのに小倉山ってどこ? 小倉山は定家の山荘で歩いたことあるけど 大井川との関係は知らなかったと検索 大井川を挟んで嵐山の対岸にあるのが小倉山なのでした 私が歩いたのはこの中〜 など開眼
京都地元人でないから 例えば定家の山荘を訪ねるといえば研究書か観光案内を見て 京都駅からピンポイントでそこに向かいます 結構ピンポイント的にはかなりマイナーな所でも行っていますが こういう俯瞰的視野って 身につくのが難しいです 大井川行幸でも大堰川と大井川って違うの? とか苦労しました
醍醐天皇の大井川行幸が 延喜七年と延長四年説があって 古今和歌集仮名序の撰者拝命が延喜五年 この延喜五年拝命説にも奏上説もあり 勝手に決めることは許されないから四苦八苦しているのですが いずれにしても醍醐天皇の大井川行幸は古今和歌集院宣以降になります 正確な年次は書けないけど 後 になら
仙覚さんの万葉集の原点を遡っていったら古今和歌集に行きつきました それで古今和歌集から書き始めて最初の章を終えました 華鏡第一章「よろづの言の葉」 紀貫之は醍醐天皇よりも早く宇多天皇から仕えているんですね 宇多法皇に召されて大井川行幸仮名序を書いていて それがとてもいいです
宇多法皇がまず大井川行幸を好み 醍醐天皇を誘って それが白河天皇の大井川行幸に 華鏡を書いていて白河天皇から遡ったから 宇多法皇に行き着いた今日はやっと原点に辿り着いた! の思い 第一章がやっと充実して納得です 村上天皇は醍醐天皇の皇子 徽子女王の登場は第二章になりました
早めに寝ようとしたのに眠れなくて 起きて小さなPCに向かっていました 徽子女王の斎宮時代 母寛子さんが亡くなって任を解かれて帰京するまでの章 琴の音 のタイトルにしました 徽子女王といったら琴の音の歌ですものね 明日印字して推敲しつつ膨らませます サフランは今は細い松葉のような葉だけです
あまりに淡々と書いているので心が籠っていないのではないか心配なくらい でも主題と方向性を掴んだら もう模索でぐるぐる書きあぐねなくても書くべきことだけ書けばいい気になって 長大な時間のかかる大作になるかと思っていたのが 案外コンパクトにまとまるかも の気がしています 掴むって凄い
11月26日
やっと午前の仕事が終わってPCに これから印字して徽子女王の段の推敲を 醍醐天皇の段は紅葉の大井川のタイトルにしました 華鏡はずっと哲学的断章みたいな断章でいくと決めていたのですが やはりそうなりました 主題ごとに段ができて主人公がいる その連なりの先に仙覚さんの万葉集があります

