2020.11.23 ツイッターから転載…日々雑感 華鏡は構成を考えて最初から書き直そうかと
11月20日
華鏡 徽子女王の入内を書いたら荘子女王が浮かんで気持ちがそれていました そこに大河の配役発表があって離れていて今夜久しぶりに徽子女王に戻ったら琴の件が浮上 入内前のこととして書いておくべきだったと気づきました 暫くの停滞が軌道修正になりました 荘子女王はまだ先
徽子女王が琴の名手で村上天皇もそうだったから二人で奏であったとあって 琴はどんな琴だったろうとウィキで検索しました 当時琴は皇室ゆかりの方しか携われない貴重な楽器だったそう それで源氏物語若菜下巻の女楽で検索したら やはり琴は皇室ゆかりの女三宮 紫の上は和琴です 徽子女王も皇室ゆかりの
人だから琴なんですね 女楽 楽器にしてすでに紫の上は女三宮に気圧されています 辛いです こんなYouTubeがあって聴いていました Singer Songwriter IKUMI MATSUDA 女楽の再現です
女楽で明石君は琵琶だけど 明石君も琴を持っています それは光源氏が明石を去る際に明石君に与えたもの 明石君はそれを松風巻で弾いています 皇室ゆかりの人でないのに琴を持っている明石君 何気に紫式部さんは明石君を徽子女王になぞらえて高貴に書いてますね
11月21日
雑木林の紅葉@井の頭公園
雑木林の紅葉をもう一枚@井の頭公園
今年も咲きました 駐車場の片隅に植えられた菊 去年みつけて 吾妻鏡の比企尼の記事を思いだし そこから比企尼が解明されていった 早くそれを書きたいのにまだまだ当分たどり着けそうにありません 急ぎたいけど 華鏡の構成が確定したここからは 丁寧に書いていくことを心がけます
昨日から 構成を整えるためにいっそ最初から書き直そうかと思い始め 従来の鏡はどうなのかの参考に増鏡を読んでいました いっそ最初から書き直したほうが勢いがつくし でも今取りかかっている徽子女王を中途半端にして離れたくないしと一日考えていて 今結論が 道子女御まで書いて最初から書き直します
書き直したら徽子女王から道子女御への繋がりを忘れそうと気づいたからです 道子女御あっての徽子女王だったのに 徽子女王に入れ込んでしまい 道子女御を忘れてました 書き直したらきっとそうなります 道子さんへの思い 再燃しました 一日考え込んでいた収穫です 書き直そうかという迷いには文体の件も
あったのですが 鎌倉殿次第では無駄になるかもしれないと迷いながら書いていたから 自分の文体という充実感がありませんでした もうその束縛から離れたのだから 自由に書いていいわけですよね そこのところに目下思念が終始しています
さっき決意したみたいな呟きをした後 また気が変わって最初から書き直そうかと それで最初からの原稿を見直していたのですが 天皇だけをとっても年代順が入り乱れて錯綜甚だしい で 最も古い時代の天皇は? と考えた時 それは宇多天皇で新撰万葉集からでした だとなると宇多天皇から始めればいいんだ!
と思った時 玄覚さんの独白バリエーションの冒頭の呪縛から突然解き放たれました 宇多天皇ー醍醐天皇ー村上天皇ー白河天皇ー後白河天皇ー二条天皇 と並べればいいんですよね 新撰万葉集ー古今和歌集ー梨壺の五人の万葉集ーといったふうに残された知的文化遺産の繋がりでと そう思ったらテーマが明確に
知的文化遺産の系譜 それがテーマです その系譜のなかで生きた人々 それを書きます 徽子女王も村上天皇の御代に入れられるし 語り手は? 最後に「私は○○です」 と 誰に言わせようかしら
前にも呟いたことありますが 私はカフカの「橋」という掌編に感化されていて それは淡々と事象が語られた最後に話者が橋だったことが明かされ 「私は橋です」で終わる それで私は「私は歌です」という相聞歌の短編を書いたことがありました それがさっき甦って 最後に締めくくる話者を何にしようかと
それが決まったら 冒頭が書けます 今浮かんでいるのは この国には万葉集と源氏物語という…… という始まりの文章 書誌学とも違う いってみれば写本文化? ならば 私は筆ですとか笑

