2020.11.19 ツイッターから転載…日々雑感 再来年の大河ドラマのキャスティングが発表されています
11月16日
かの御形見の琴を掻き鳴らす。をりのいみじう忍びがたければ、人離れたる方にうちとけてすこし弾くに、松風はしたなく響きあひたり(源氏物語松風巻)→明石君ですが ここ 徽子女王の琴の音にのお歌が下敷きにありますよね もう言われていることかもしれませんが 明石君って深い処で徽子女王と響き
合ってます 以前から衣配りの際の白い装束とか どこか崇高さが与えられていると感じていたのですが 徽子女王だったなんて 野宮関連で大井川が思念に浮かび 松風 が響きあったとき 人格も踏襲されたのかも 娘が一人 というのも同じだし(勝手な 野宮→嵯峨野→大井川→明石君 の連鎖です)
それにしても 嵯峨野の写真 探してもどこにも松が写っていない 河原に松林とかあったかしら など考えるのですが
11月17日
おはようございます TLにノートルダムドパリの写真が流れてくると必ずRTするのは ユゴーが小説のそこに思いを込めて書いたと知ってから 宿命の文字が壁に刻まれているのを見て閃いて書いたと その精神は私の仙覚さんの小説に繋がるものなので 忘れないための大切にしているからのRTです
と 突然こんなことを呟いたのは 今徽子女王を書いていたり白河天皇にこだわったり の迂回がずっと続いていて やっと私らしい主題に巡り合った気がしているのですが ユゴーのその文字って何だったろうと昨日から思い出そうとしていたら 今データを整理してたら突然出てきたからです
紫式部だって源氏物語に物語論を書いているし まだ私は小説だから小説らしくしなければいけない みたいな呪縛から解放されていないから書けないけど いつかそういう文章を堂々と入れられたらいい と思っています
山中裕先生の準拠論を拝読していたら 紫式部は伊勢斎宮の竹河を三回書いているけど全部ほぼ同じ文章 行幸は三回ともバリエーションがあって それは紫式部が実際に見た光景だからで 竹河は行ってないのを読んで書いたからと そんなふうに分析されると行ってなくて書いている私としては辛いですね笑
と ここのところ伊勢斎宮に行って実際に地形を見て空気を感じて徽子女御や道子女御さん方が暮らしてらした光景を見たくてたまらないから コロナが終わったら行くけど 原稿には間に合わなそう
玄関を開けて出るとサフランの花がいっぱい目に入って嬉しい どうしてこんなにサフランが好きかと考えて やはり吉岡実さんの『サフラン摘み』があるからでしょうね 詩集はもう手放したけど持っていた時の質感重み楽しみは記憶が薄らぐことなくとどまっている 可愛らしい薄紫の花です
11月18日
おはようございます 一昨日から再来年の鎌倉を舞台にした大河のキャスティングが毎日四人ずつ発表されています 華鏡に重要な比企の乱で滅ぼされる比企能員も発表されました この小説は構想四年 梗概はできているのに書こうとしてどうしても書けないでいました 今思うとこの大河が先に控えていた
からなんですね 再来年の大河とまったく被るから無駄になるよ という天の神様が阻止して下さっていた そう思います なぜ書けないかは 比企の乱の歴史が知られていないから そういった武士の歴史をこなして書かなければならなかったからでした それは私の筆に合わないから書けるはずがなかった
キャスティングの発表でその武士の歴史を書かなくていいことを把握しました それは大河がすべてやって下さる 大河が決まったニュースに私はそれを予感して方針を変え 自分なりの小説を探し そして行き着いたのが華鏡です 書かなくていい部分 それが見えてきましたので すっきりしました
今日はこのままTLを下に遡らないで推敲にかかります 原稿が徽子女王に乗ってきました(まさか大河は徽子女王とは被らないでしょう笑)
昨日の発表で衝撃だったことをツイート 畠山重忠は仙覚さんの故郷比企の武蔵嵐山に館を構えた人で 永福寺造園の際に水際の石を持ち上げて運んだという力持ち その配役がなんと中川大志さん 比企能員は重忠も含めた13人の評定衆に殺されるわけだから 当然美しい大志さんが重忠なら能員は逆になり
ますよね 美男ばかりのドラマなんて絵にならないから TLで比企氏派の方と不満を述べあいました笑 武蔵嵐山は東武東上線で仙覚さんの故郷小川町の少し手前です 菅谷館跡といって史跡になっています 武蔵嵐山は都幾川の流れる風景が大井川の流れる嵐山に似ているからとつけられたそうです
今朝のサフラン サフランって一つの球根に花が一つ ではないようです 一茎に二つ咲くし 一つの球根から幾つも茎が延びるし 華やかです 華鏡の徽子女王の項 今まで村上天皇後宮の同じ立場の荘子女王はただ活字だけの人でしたが 具平親王の母と書いたら突然動きだしました 源氏物語夕顔まで書くかもです
吉祥寺に出たついでに思い出してシステム手帳の年間カレンダーを購入 自粛が続きそうで要らない気もしていたのだけれど一応と 帰って嵌めようとしたら自粛に入る直前の状態のままでした 行こうと思っていてクルーズ船の横浜を通るから不安で行かなかった会のチケットがそのままはさまっていたりして
まだ一年経っていないのにと不思議な感覚 あの時はたしかにあったのに今はもうない 過去だからというのでなく あれから世の中も自分も変わった そしてもうもとに戻らない こんな一年を過ごしたんですね 写真は鎌倉の鶴岡八幡宮源平池 右端に見える白い建物も 今はもうない 建て替えられました

