2020.11.4 ツイッターから転載…日々雑感 村上天皇後宮の女御と歌合のことなど
11月1日
天徳内裏歌合が女房主催なら 広幡御息所や徽子女王も参加されてたのかしらと田原加奈子氏「村上朝の後宮と歌合」を拝読したのですがわからず そうだ と思いついてもう読まないと決めて片付けた山中智恵子さんの『斎宮女御徽子女王』を見たらありました 「左方人は宰相(広幡御息所か?)」と 彼女は
宰相中将更衣と呼ばれていたようです そして徽子女王については「記載はないが、簾中に在って、この晴儀に臨んでいたことと思われる」← 前にこの歌合を書いた時には徽子女王も広幡御息所も村上天皇後宮にいられることを知らなかったから それで筆が進まなかったんですね やっと実態が見えてきました
西本願寺本三十六人集の道子さんが斎宮女御だったことから斎宮女御徽子女王に行って そうしたら徽子女王が村上天皇の女御だったことを知り それなら天徳内裏歌合に参加されてただろうと考えたらやはり! いろいろ複合的に見てきてやっと繋がりました
11月2日
おはようございます 山中智恵子さんの『斎宮女御徽子女王』 やはりよかった 徽子女王が琴の音にのお歌のとおりの人として捉え直せて嬉しい ふつうなら人がどう言おうと歌の読み方に惑わされないのですが 斎宮女御の歴史に関しては全くの未分野だったからつい影響されてしまいました 今日から新たに
RTさせて頂いた若紫 報道の写真で見ていた時には気づかなかったのですが TVの画面に映し出されたのを見た時 一瞬違和感を覚えました すぐ内容に引き込まれて忘れましたが 今思うとそれだったのですね 長方形の尾州家本に馴染んでいるから尾州家本みたい! と思ったのでした
田原加奈子氏「村上朝の後宮と歌合」より 醍醐天皇の後宮は中宮の他に十六人の女御更衣がいた 村上天皇後宮はそれに次ぐ多さで 皇后安子 女御は徽子女王の他三人と更衣計子(広幡御息所)他四人 朱雀天皇が女御二人 冷泉天皇は中宮の他女御三人 円融天皇は中宮の他女御三人更衣二人に比して圧倒的に多い
後宮の賑わいが 女御主催の歌合の多さなど 村上天皇の後撰和歌集編纂や梨壺の五人の万葉集訓点作業などの文化政策と連動している
11月3日
おはようございます 原稿に戻ったのでまた経子さんのテーマの Gluck-Sgambati: Melodie (Sergey Rachmaninov, piano) を聴いています まだ徽子女王を書く段階ですがその先に道子さん そして底流に経子さんがいます 今日は文化の日 亡き父の誕生日なので我家では毎年ケーキで祝う楽しみな日です
写真の紅葉は2011年12月 嵯峨嵐山を散策したときの天龍寺付近にて 白河天皇の大井川行幸を書き始めたときに写真を探したら たまたま大井川行幸と同じ紅葉の季節 その時に使った写真がこちらです 一二か月前はまだ白河天皇期がこんなに深まると思わずに書いていたんですね
去年みつけた駐車場の片隅に植えられた菊 今年も咲きそう この菊を見て吾妻鏡の重陽の節句の条を思い出して読み 比企尼の真実に辿り着いたのでした 勇んでそれを書こうとして なのに今はまだ平安時代 鎌倉時代の比企尼までいつになったら辿り着くのでしょう
菊は駐車場を借りている車の主が造園師さんだからのよう 勝手に車の脇に植えているといった感じ
石蕗が咲きました やっと自分の方向性が見えてきた気がします というか掴めたと 仙覚さんの小説を書こうとして 「仙覚ー存在を消して生きた男」のタイトルで書こうとして書けなくて三年もの間書けなかった 「華鏡」にしてなんか書けてきそうになり ここにきてやっと
「仙覚ー存在を消して生きた男」のタイトルの時は鎌倉に通っていて 鎌倉の方々に応えようとして自分を枠にはめてしまっていた気がする コロナの自粛で家に籠っている状況が続いて 少しずつ純粋に自分だけの思考に育ってきました それは結果として男性視点の時代小説から女性視点の女房小説風 みたいな変化です
とらわれている自分から抜ける って 時間がかかりますね!

