2020.11.14 ツイッターから転載…日々雑感 村上朝における徽子女王の存在が把握できて原稿に戻りました
11月13日
おはようございます サフランの花がひとつ咲きそう 今年は何も植えないと決意して チューリップも諦めたのに サフランの球根を見たら これだけ許そう! と買ってしまいました 庭いっぱいにサフランにしてパエリアを なんて無理ですが 夢は楽しく
年譜にしたら見えてきました 徽子女王入内の三年後に後撰和歌集院宣 その後 女御三人それぞれの歌合(四人いた女御の一人は早逝しています) その後に後撰和歌集奏覧があって二年後くらいに紫式部も源氏物語に引用した天徳内裏歌合 徽子女王も簾越しにご覧になっていたそうです この年に内裏火災があり
ここから村上朝は前期の華麗な文化期が終わってドロドロした後期に(登子さんの登場など) 徽子女王も出産した皇子が即日亡くなったりで鬱状態の里居がち ここに梨壺の五人の万葉集訓点作業が入ります ここから見えてくるのは 徽子女王が関係したのは後撰和歌集で万葉集訓点は無関係 また女御三人の
歌合は女御たちの自発的主催ではなく村上天皇が仕掛けたんですね 天徳内裏歌合は女房主催だから いずれそれを開くための準備として 徽子女王はその他にも前栽歌合を催すなど積極的です 華鏡は徽子女王の後撰和歌集時代と 広幡御息所の万葉集訓点時代の 二期に分けて梨壺の五人を書くことにします
サフランの花 咲いていました! 五個球根を植えたのに他はまだ蕾もなく ようやく葉が出るみたいです
源氏物語が村上朝を準拠として書かれたなら 準拠論で先程の歌合事情などどう書かれているかしらと 山中裕先生『歴史物語成立序説』を出してみました もう相当な昔に夢中になって拝読したご本です 村上朝とは明記されてなかったけど 男踏歌の件で天暦四年の「李部王記」にと 天暦は村上朝期 李部王は
徽子女王の父重明親王の唐名です と 山中智恵子さん『斎宮女御徽子女王』を拝読した直後だから考えなくてもよくわかりました 結局歌合との関係は書かれてなかったけど 最近の研究は進んでいるのでしょうか コロナだし どこかのご論考を探して見る余裕ないからもう私見で書きますが
ここまで見てきて思うのですが 後世において歌合の範とされた天徳四年の内裏歌合 これが女房主催だということがなにか不思議だったのですが 徽子女王が入内して天皇が伊勢斎宮での女性たちだけで歌合をしたなど文化を嗜んでいた話を聞いていただろうことが原点ですね 天皇は女性の力を知ってらしたと
妹の力 徽子女王が村上天皇に与えた影響力 というものが浮かび上がってきました まさか こんなことになるなんて!
相変わらずラフマニノフのメロディが頭の中にたゆたうように流れているのだけれど いつか見た動画のニンフの踊りのような足取りで徽子女王の声が降りてくるのを待ってます あともう少し……
一品足りない時は山芋のステーキ 味付けは手抜きで焼肉のタレです
書くほうに意識がいくと 料理が手抜きの素材集みたいになります笑
風俗博物館展示の「天徳内裏歌合」をツイートして下さった方々の写真をRTさせて頂きましたが その華麗さ盛大さにおいて後世の歌合の規範になり 紫式部も源氏物語に引用した村上天皇後宮の女房たちが主催した歌合です この歌合に至るまでに斎宮女御徽子女王の存在があり 歌合にも簾越しに女王は見てらしたと
11月14日
おはようございます 気持ちがすっかり原稿に入りました このままもう調べたりの迂回で逆戻りすることなく進みたい 二条天皇の題詞が高い万葉集がなぜできたかを探ろうとして村上天皇まで遡ってしまいました笑 久々に使った小さなPCが可愛いです これからは前屈みにのめり込むようにして打つ生活に
天皇の系譜…村上天皇ー冷泉天皇ー円融天皇ー花山天皇ー一条天皇ー三条天皇ー後一条天皇ー後朱雀天皇ー後冷泉天皇ー後三条天皇ー白河天皇ー堀河天皇ー鳥羽天皇ー崇徳天皇ー後白河天皇ー二条天皇
二条天皇の万葉集の秘密の背後に 白河天皇の古今和歌集信奉があって その白河天皇の古今和歌集信奉の背後にあったのが村上天皇の天徳内裏歌合だった という展開です

