« 2021.12.8 ツイッターから転載…梅原猛『水底の歌―柿本人麿論―』に着想を頂き、華鏡は『華鏡―仙覚論―』になりました | Main | 2021.12.26 Twitterから転載…捨象ということ! 仙覚を書くということについての根本に突き当たりました »

2121.12.25 Twitterから転載…大浜厳比古氏『万葉幻視考』と出逢い、仙覚がなぜそこまで『万葉集』にこだわって生涯をかけたかがわかりました

前回の梅原猛氏『水底の歌』でひらけた仙覚さんの小説の続きです。私が『水底の歌』に震えるほどの触発を得て仙覚さんの小説の展開を見たと思ったら、Twitterで、それをツイートした私の思いを受け止めて大浜厳比古氏『万葉幻視考』を教えて下さった方がいらして、古書で購入して拝読しました。そうしたら『水底の歌』で見えたと思った仙覚さんの『万葉集』にかける思いがまだそれは表面的で、もっと深く、仙覚さんは生涯を書けて『万葉集』に取り組む運命だったのだということがわかって震撼としています。

これがわからないから、ただ表面的に、仙覚は学問として『万葉集』に取り組んで完成させたとしか思えていなかったのでした。大浜氏のご論は、『万葉集』には「非業の死を遂げた人々の怨念が歌と歌の行間に隠されている」と。

これは、まさに、滅ぼされた比企一族の残党である仙覚さんの思いです。行間に隠された思いを歌を読み解くことで鎮魂になる、というその『万葉集』。仙覚さんは「鎮魂」の思いを持って生涯を『万葉集』にかけたのでした。

以下、長くなりますが、『水底の歌』以降からの展開をTwitterから転載します。

**************************************

12月21日

おはようございます 最初に従来の万葉集の見方に違うものがあることを教えて頂いたご本 『狂歌絵師 北斎とよむ古事記・万葉集』です 驚いて長屋王を知るべく里中満智子さんの長屋王残照記を読んだり そこに本当に偶然と思うのですが必然のように水底の歌が 北斎を読んでいなかったら無理だったかも

結局は鎌倉ペンクラブ公開講座で比企一族にさせて頂いたことに始まるのですが そこに岡林様がいらして下さって そのために北斎を事前に読んで そうしたら受講後のツイートで比企の乱と長屋王の乱が相似形と教えて下さって そこに水底の歌が重なってきた そして『万葉幻視考』が発送されたとメールがきました

昨夜 こういうことを打ち明けた知人に それにしてもなんでそこに気づくまでそんなに時間がかかったの? と呆れられましたが 万葉集研究を見渡しても従来の説に席巻されている現状ではひとりで探していても目に入らなかったということなんですね 仙覚さんの小説 動き出すのに五年かかりました

小川靖彦先生『仙覚と源氏物語』拝読しました 国会図書館遠隔複写で関西館から届いて なんかとても懐かしい感じで拝読 小川先生の『萬葉学史の研究』が私の原点で そこから派生しての実時との関係とかでした そこに紫式部が加わって 最後の三行は紫式部の本領を余すところなく書かれて凄絶で思わず感嘆

実は 仙覚さんの小説を書き始めた最初の時から 仙覚の母親たる人を源氏物語のファンという設定で書いていました 源氏物語を読んでいる人は人生の大変さを知っているから どんな状況でも適格な判断ができる として その判断が比企の乱勃発の時 即座に鎌倉を脱出させたから仙覚を生むことができたと それを聞いて育ったから 仙覚はお母さんを思う時 背後に源氏物語があって それで万葉集の研究とは別に源氏物語を読んでいた と そう書こうと思っていたのですが ご論考を拝読して無理でない設定と思いました

眠くてたまらないのだけれど忘れないためにツイート TLのある方のブログで大浜厳比古という方の『万葉幻視考』を知り もしかしてこれこそ求めていた本 の気がして古書で注文しました 待ちきれない思いで検索して別の方のブログを拝読していたら『万葉集』は非業の死を遂げた人たちへの鎮魂の歌集ではないかと 衝撃を受けて まさに これだ! と思ったのでした 仙覚さんが『万葉集』に惹かれた意味は これは昨夜呟いたなぜ比企氏が滅ぼされなければならなかったかの次元を超えてはるかに深いです 仙覚さんは一族も含めての非業の死を遂げたものへの鎮魂として『万葉集』を見ていたのだと

12月22日

まだ大浜厳比古『万葉幻視考』を開けていないのですが 予習のためと思って探した何方かのブログに 大浜氏は万葉集巻頭の二首が雄略天皇と舒明天皇で始まる意味として その二人の天皇の間にたくさんの非業の死を遂げた皇子がいると

美 の問題なんだなあ とかすかにそんな気がしてきました 夕刻 遠くに綺麗な夕景を見て 美 はふつうに生活のなかにある でも気がつかないとないのと同じ それくらい 美 が大切なものなら仙覚は万葉集にその美を受け取ったのではないかと 非業の死を遂げた人の歌がどうしてこれほど美しいのか 自身が非業の死を遂げた身内の只中にいるから その胸中と相容れないはずの 美 その胸中のうつうつとしたどす黒いものを乗り越える意味が万葉集にあり それが 美 ではないかと まが幻視のご本を拝読できていないから その前にふっと湧いた私論を呟いておきます

おじいさまあ この人って殺された人でしょ 自分が死ぬというのにどうしてこんなに美しい歌を詠めるんですか? と 少年仙覚が育ててくれている刑部に質問する そんな会話が浮かんだりしています

やっと 大浜厳比古氏『万葉幻視考』を開きました 梅原猛氏序を終わってこれだけでもう甲斐あったといいたいくらい本質をついてられます(哲学者梅原猛ですものね)  今まで私は権威に対して疑うことなく敬服していたから漠然と抱いていた違和感があっても見過ごしていた感情を明確にされて目から鱗です

「氏は天成の詩人であったと私は思う。遺稿となったこの著書を読んでも、ところどころにすばらしい美しい言葉がある。それは、全体の意味を離れて、言葉が透明に、大浜流の表現を借りれば、清明に光り輝いているのである。こういう言葉に学術論文でお目にかかれるのは、稀というより皆無であろう」

梅原猛氏序では大浜厳比古氏を詩人の想像力ある人として書き進められてましたが 坂本信幸氏解説を拝読したら 大浜氏は詩人を志した人で 詩人になるか学者になるか悩んだほど 坂本氏が詩作品を挙げてられて拝読したら 震えました 大浜氏ご自身が好きでいらしたという関門海峡 ああ 私ももう好きです!

なんか 牧野虚太郎の詩が浮かんで ほんとうに好きだった詩 関門海峡がなんか似ている気が こういう詩から離れて幾久しくなっていた と なんか 離れていた日々を悔恨

12月23日

おはようございます 『牧野虚太郎詩集』 本棚の奥から出しました 開いてもう心震えました ランプをあつめればの「復讐」 生涯で一番好きな詩はと聞かれたらこれです 詩篇を引用していいかわからないので慎みますが この詩に浸って過ごしたかつての日々 でも不思議なのですが これ 仙覚さんに通じます

解説の鮎川信夫「虚太郎考」を見たらブルーのインクで傍線や書き込みがいっぱい 今は読んだら本を差上げるのを前提で読むから書き込み自粛してますが 当時は何も考えずひたすら読んで反芻して浸っていたのですね でも この本は絶対に手放しません

次のページの「神の歌」 水の悔恨がたえまない とか それより前のページの「鞭のうた 」 ひっそりとそれさへも など 私の文章の繰り出しかたはここに原点がありました そんな気がする

仙覚は大浜氏と同じ透視をして万葉集を見ていたのだと思う なかに三谷栄一氏の文章が引かれていたけど 「この種の文学は、文字に表現されないところに、その姿があるのであるから、二十世紀の今日に於いては理解することさえ不可能な領域である。古代文学の研究は、分析力により、想像力によって、その内容が深まる」 これですね! 古代の感覚で『万葉集』を見たのが仙覚 仙覚には直観でありありと『万葉集』の背後にうごめく非業の死を遂げた人々が見えたのであり なのにそれらの人たちの詳細を書かずにひたすら清明な歌の集であることの鎮魂を感じとって打たれた 仙覚がなぜ『万葉集』に生涯をかけたかの謎が解けて 私はやっと「仙覚ー存在を消して生きた男」の原稿に心置きなく戻れます

12月24日

おはようございます 今日から仙覚の原稿に戻りますが 牧野虚太郎「復讐」から 誰もゐないと言葉だけが美しい をエピグラフにしようと考えています 仙覚さんの万葉集が見えてきました

大浜厳比古氏『万葉幻視考』から引用させて頂きます:『記紀』に史実として記されたわが古代の生々しさは、『万葉集』では捨象された。しかしそれは決して単なる捨象ではなかった。敏感で、繊細で、優しいわが万葉びとは、悲涙と慟哭のかわりに、『記紀』にさらし者にされているそれら怨霊たちを、『万葉』の世界にいたわりかくまった。そういう捨象であったのだ…… 歌と歌との空白は、実はカタリの世界であった。人々はカタルであろう。ウタのいわれを。カタラれるたびに霊は偲ばれ慰められる。散文のはいる余地などさらさらなかったのである。歌々はその間の空白に怨霊たちをかくまっている。その歌が、鎮魂の歌でなくてなんであろう。

|

« 2021.12.8 ツイッターから転載…梅原猛『水底の歌―柿本人麿論―』に着想を頂き、華鏡は『華鏡―仙覚論―』になりました | Main | 2021.12.26 Twitterから転載…捨象ということ! 仙覚を書くということについての根本に突き当たりました »