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2025.1.10 Twitter(X)から転載…今年は新年早々「華鏡」の原稿に没頭していました。大河「光る君へ」が終わり、もうなんにも影響されることなく書いていけると、ほっと笑

2025年1月1日

あけましておめでとうございます 穏やかな年明けでしたが能登の方々には一年目のお正月 生きていると辛いことが多いですがでも前を見て進みたく思います 一昨年鎌倉の生涯学習センターで講演させて頂いた幹事の方から 受講された方は仙覚に興味を持った方が多かったとお年賀状に 小説の完成をお待

 

ちしていますと書いて頂いて 本当は昨年のうちにお届けでできると思っていたのにできなくて でもこうして待っていて下さる方がいることが嬉しいです 実を言うと年末の片付けで出てきた数多の古い原稿 それは自動筆記的に書いていたから意識の流れに沿っていて それをなんだかいじくり回してやたら

 

削除しまくったのが昨年取りかかっていた華鏡 大晦日の夜 みんなが寝静まってから削除した部分をチェックして 元旦の朝の今日 華鏡に復活させました 意識の流れに沿ったからスムーズに 気持ち的にはたぶん第一部は近々完成しそうになっています

 

こうしてプリントした原稿に日付を記すたびに西暦の数字のもとに戻らない絶対をいつも思う 年末になってくるほど 2024というこの数字を記す日はもう無くなるのだと 絶対に無くなる そしてもう2025 と記しました また一年 今度はこの数字に親しんでいくのでしょう なんか受け止めがたい現実です

 

1月2日

華鏡の原稿は6.平清盛の新都造営・福原京まで進みました 1.心の闇・比企の乱 2.岩代の・万葉集 3.頼朝の岳父・北条時政 4.比企尼の献身・蒲冠者範頼 5.二条天皇と清輔・二条院御本 という並びです 白河天皇のような入れたくても入れたら話が脱線するのは苦渋の決断で無視しつつ復活させたものも

 

1月3日

おはようございます ブログに華鏡「比企尼と蒲冠者」をアップしました 世の中の事象は身分も含めて人間関係で成り立っています 史実的に論証できないものも人間関係を追っていると見えてくることがあります 仙覚自体未だに詳細が不明ですが蒲冠者範頼もです 私が論文でなく小説にこだわる理由です

 

写真は 1,2枚目が埼玉県比企郡吉見町にある範頼館跡の息障院 吉見は比企尼の領地でしたから比企尼が与えたものと思います 3,4枚目が範頼が稚児として入っていた吉見観音 息障院とは地続きです 2010年に訪れました

 

もう六時 原稿を見直していたら朝になってしまいました 添付の画像は過去にもツイートしたユゴーのノートルダムドパリ ユゴーは大聖堂の壁に刻まれた宿命の文字に触発されて小説を書いたそう 寝ようとしたら ふと フランドルへの道を読み返したくなってのツイート 軍馬の雨の描写が浮かんで

 

1月4日

おはようございます 未明にフランドルへの道がなぜ浮かんだかというと これを読んだ時はまだ鎌倉の源氏物語に出逢ってなく 純粋に文学に触れていた時なんですよね それから出逢って慣れない歴史の世界を手探りで進み 鎌倉にも源氏物語のあったことをご存知ない一般市民の方へ普及活動を始めたら

 

学者という方々からの非難めいた視線にさらされすっかり怖気づいて今日まであったのでした 抜けたと思ってもまたぶり返し 華鏡を書いていてもまたいつどう上から目線で指摘されるか気になって 途中から文学を知らない学者さん方のご発言は無視していいと決めたのだけれど これ トラウマですよね

 

歴史家の方はほんとうに文学を知らない 国文の方も古典を扱われるから文学の方かと思っていたけど文学者とは違う だから私は鎌倉ペンクラブに行くと安らぐのだけれど 学者 という方々と知り合ってなかった原点のフランドルへの道はトラウマから抜けたい私の最後のあがきかも

 

華鏡の原稿が順調に進むようになったからの感慨でしょうね 今迄ほんとうに進まなかった

 

1月5日

おはようございます スマホに六年前を振り返るとあって見たら筑波山 コロナ禍直線のお正月でした あれから六年 籠って書いてようやくまとまり始めた華鏡の原稿 長かったけど着実感が充実してきました

 

1月6日

お正月だから過去写真で富士山 河口湖からの眺望です 朝から集中して原稿を見直していました どうしてこんなに気持ちよくできるのだろうと考えて 光る君へが終わったからなんですね 一年間毎週見て感情で引きずられて 月火曜日は皆様の感想ツイートに そんなだったから華鏡が進みませんでした

 

1月7日

発掘して頂いた過去ツイート といってもまだつい先ほどの年末でした 光る君へロスはないと思っていたけれど やはり毎週こうした美しい映像世界を見ていられたのは至福以外のなにものでもありませんでした 終わって世の中的には落ち着いてよかったと思う反面物足りない その分集中できていますが

 

お年賀状にも源氏物語のことだからと光る君へについて何か書いて下さった方がたくさんいらして こういう年はもうないですね 私は鎌倉殿の13人からはじまって光る君へまで 時代が重なるものだから書いていても追われる気持ちでいっぱいのここ数年でした やっとそのしがらみから解き放たれました笑

 

1月8日

おはようございます 写真は鎌倉 四代将軍頼経の邸だった宇都宮辻幕府址 日常が戻ってきました 光る君へのあいだ毎日皆様のコメントを拝見するのが楽しいし勉強になるからTLはお薦めを見ていました なのに今朝眺めていて全然面白くない と考えたら光る君へ関連のツイートが皆無 これではお薦め

 

を見る意味ないしとフォローしている方々のTLに戻したら ああ これが日常だったのだと それで添付も目下書いている華鏡の原稿関連に 仙覚は頼経の命で万葉集に取り組みますが 今はその頼経が二歳で下向して政子に育てられる辺りを書いています なので仙覚に辿り着くまでまだまだ程遠い でも

 

こうして日常が戻ってきたから 気分も鎌倉に戻します 頼経の辺り 書きたいこといっぱいなんですよね

 

1月9日

井の頭公園の春は水仙から・・・

 

井の頭公園はまだ寒々しいけど 煌めく水面が春を感じさせていました

 

予約していたお惣菜を受け取りに暗くなった公園を通ったら 空気が澄んで星空が綺麗でした 針葉樹の森の上に輝く月と星 思わずここはノルウェイ?と 針葉樹の森の上を走るオーロラの写真が流れてくると身慄いするほど嬉しくて魅入ってしまうのですが 針葉樹の森が好きみたい 森は生きている ですね

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2025.1.9 ツイッター(X)から転載…大河「光る君へ」の最終回でのめぐりあひての歌の解釈に触発されて、『紫式部集からの挑発』を読むことに

12月20日

疲れが溜まってなかなか進展ができないのですが 光る君へのめぐりあひての歌の解釈 放送を見ていないのでTLのコメントで知ったのですが従来の女友達宛ではなく道長へと それで私も腑に落ちて 今迄そんな少女じみた歌かなあと思いつつ深く考えたことがなかったので衝撃でした こういう説もあったの

 

でしょうか 明日図書館に行って評釈を借りて来ようと思います でも これ 想う人を失っての歌という解釈は凄い(ほんと 私が知らなかっただけ?) もしこれが和歌指導の高野晴代先生の新説なら 光る君へに登場した歌に関するだけの高野先生のご本を読みたいです

 

めぐりあひての歌 図書館の評釈を待つ前にとネットで検索 新古今集に詞書があり 幼馴染みの女友達と会って別れた時の歌だそう 紫式部自身がそう書いてるのなら道長のような想い人相手ではなくなる 百人一首では詞書がないから相手をどのようにも読み手次第で解釈が可能と

 

12月24日

光る君への集大成 そして丁度自分へのクリスマスプレゼント 今日届きました 『紫式部集からの挑発』 光る君への最終回でめぐりあひての歌の解釈に身慄いして そうだ 私は紫式部集を読んでいなかったと気づきました それで検索してこのご著書を選択 しばらく紫式部に浸って過ごそうと思います

 

12月25日

やっとこちらに集中できるようになりました 『紫式部集からの挑発』 このご本は紫式部集という歌の内容でなく写本のお話で私にはとても既視感ある内容 万葉集で田中大士先生が何本もの論文で逐一解明されて仙覚の寛元四年本万葉集はこれだ! という写本を特定された 紫式部集の写本もそんなふうに

 

解明されていくらしい 実践女子大で紫式部集が研究されているらしいのは知っていましたが『紫式部集大成』としてもうとっくに出ていたのですね 『挑発』は大成を成し遂げられた三人の方々による後日談みたいな本で 大成は近隣の図書館にはないし Amazonで見たら12000円も 見たくても見られないし

 

そこにこの『挑発』を出して頂いて良かった 巻末にお三方の鼎談が載っていて それから読み始めているのですが ほんと 写本の研究はミステリーさながらで楽しいです 考えてみると仙覚も多数の写本を見比べて二条院御本に辿り着いた 紫式部集での写本のお話にはからずも仙覚を思い出させられました

 

12月26日

おはようございます 朝から寸暇を惜しんで『紫式部集からの挑発』を拝読しているのですが 鼎談の中に 公任は紫式部の歌の師かもしれない の文言があって ドキッとしました これは歌の表現法からの推測でいられますが 系図的に私はありうると思って

 

公任が紫式部の歌の師だったかもしれない件 公任と具平親王は二歳違いの従兄弟同士 具平親王は紫式部より九歳上だけど式部の初恋の人かもとされる ならば公任も紫式部より七歳上だから式部の初恋の人かもしれないと考えるのはあり得る? 千種殿のサロンで式部は二人に会っていたはず

 

光る君へで言ったら まひろとF4の一人の公任 道長もF4の一人だから年齢的におかしくはないんですね

 

今迄公任は最初に調べた時のウィキに載っている古風な絵の年配の人物のイメージしかなく 光る君へで町田啓太さんが演じられても あれはドラマだから みたいに信じてなくウィキのイメージのままだったから 突然浮上した恋愛対象の可能性にまだ違和感しきりです

 

12月31日

華鏡 とても長い間書き散らしているから忘れて葬り去っている原稿が多々 年末の片付けで こんなのがあった と驚くこと数多 で 目下書き進めている華鏡に照らし合わせるとこの華鏡がそういうのを全部削ぎ捨ててストイックになっているのがわかりました いつから なぜ そうなってしまったのか

 

考えても思い出せないのだけれど 書いたことは記憶にあるから光る君へを見ていてもその奥の諸々のことが察せられて深かった 削ぎ落としたこれらをまた復活させるか 今から考えます 写真は2011年の原稿 今から13年前 こんなに華鏡に取り組んでいるのですね 他の方ならとっくに上梓されている

 

でも やっと そういうのの全てが整ってまとまっていく気配がします

 

スッキリわかりやすくしなければ みたいな現代風文章の規約に縛られてストイックになっていることは確か 紫式部の原文は時代が違うとはいえスッキリわかりやすい文章ではないから私はそれが好きで追っているのだけれど と悩む いっそわかりにくくなっても白河天皇を入れてしまうとか……

 

こう見ると 文化ってほんと蓄積なんですよね 全部繫がっている 鎌倉の人には(武士文化では)それがわからない でも仙覚にはわかっていたと思う 白河天皇は六条藤家に繋がる路線 やはり書くしかない? 入れようかな

 

北国の方々に申し訳ないくらいに穏やかな大晦日 買物ついでに公園を一周してきました 涸れていたお茶の水に湧水が復活していたり 赤い椿が咲いていたり 多忙だったここ数日の気分もすっきり 今年はとても沢山の方にXもブログも見て頂きありがとうございました よいお年をお迎え下さいますよう

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