2011.6.2 ツイッターへの呟き・・・今年も孔雀の写真を撮りに行かれませんでしたので、孔雀の写真を!
これはずっと以前に撮った孔雀。不慣れと技術不足とでポシャッていたコマですが、最近少しフォトレタッチに慣れてきましたので、加工してみました。
この孔雀、ほんとうはコンクリートの建物の屋根の上という殺伐としたところで、しかも日蔭の薄暗いところで羽根を広げているんです。なので、以前は「こんなの使えないなあ」とあきらめていました。
でも、ふと、ん?、フォトショップで加工してみようかなって気がついて、やってみました。簡単にざっとしただけですが、一応、なんとなく夢幻の孔雀っぽくはなりましたでしょ(o^-^o)
孔雀を撮りに行くには繁殖期の五月が最適。それで今年こそはと奮起していたのですが、震災の余波もあり、公私ともに忙しくて、気がつくと六月。とうとう今年も撮れなかったとの思いで以前撮った写真を引っ張り出しました!
昨日、一昨日と、ツイッターに呟いたことを転載します。
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●5月31日
odayuriko
詩人の清水昶先生が亡くなられた。twで拝見して思わず走馬灯のように思い出が駆け巡る。詩塾を運営されていて、私はそこで現代詩を学んだ。空海の「生まれ生まれ生まれ生まれて生の始めに暗く」を最初に教えて頂いたのも先生。詩人というより哲人という方でした。先生、安らかにお休みください。
odayuriko
昨日『密教美術と歴史文化』に載せて頂いている「北条実時と『西本願寺本万葉集』」の抜刷をお願いしに飯田橋の印刷所を訪ねた。駅をおりると印刷博物館のポスターがあり「空海からのおくりもの」展と。余裕がなくて行かれないとあきらめていた展示。同じ飯田橋なら受取のついでに回れると嬉しかった。
odayuriko
六月に入りました。八月の学会発表まで二ヶ月。そのまた更に二ヶ月後の十月には講演。気持ちが収斂してきました。抜刷もできるし、いろいろ集約していきます。昨日から連載中の「花の蹴鞠」の原稿にかかり、比企の乱を書きます。それが済んだら発表と講演の準備に心して全力投球していきます。
●6月1日
odayuriko
今日は心を鬼にして(笑)PCを開かず読書に終始。比企の乱の背景を追っていた。久しぶりに歴史に浸って3月の震災以来心がこういう時間をとれないでいたことに気づく。連載の小説も番外編で震災について書いたし。原発の事情は変わっていないけれど、やっと通常の連載に戻る気になったことを実感。
odayuriko
八月に研究発表させて頂く学会の機関誌が届きプログラムが載っていた。国文学出身でない私がこんな展開になるなんてと通常ならあり得ない。でも国文学のご専門の方が見逃されてきたことだから私がするしかないと開き直っている。支援して下さる方々は「光行様が導いて下さっているのよ!」と。
odayuriko
鎌倉で起きた比企の乱は第二代将軍頼家を殺し実朝の将軍就任を招いた乱。それは京都が『新古今和歌集』撰集に燃えていた時期。京文化のうち頼家は蹴鞠に熱中し実朝は和歌。それらは京都との人脈と表裏一体。比企の乱の年、俊成の九十賀があり翌年亡くなる。鎌倉と京都を重ねて展望すると面白い。