2011.4.7 ツイッターからの情報です・・・【賀茂街道から2——折々のよもやま話——】『源氏物語大成』の背景と資料(1)

http://genjiito.blog.eonet.jp/default/2011/04/post-d404.html

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2009.9.6 実践女子大学公開講座【「源氏物語」へのアプローチ】のお知らせ

179 吉祥寺の紀伊国屋書店で雑誌を買ったら、入れていただいたショッパーに挟み込まれていたチラシが実践女子大学の『源氏物語』のシンポジウムの内容でしたので、お知らせさせていただきます。

■「源氏物語」へのアプローチ■

●講演会
10月31日(土) 13:30~15:00
講師:池田三枝子氏
演題:「源氏物語と万葉集―誘う女・追う女―」
場所:実践女子大学・本館4階AVホール

●シンポジウム「源氏物語の古筆切」
11月21日(土) 13:30~17:00
パネラー:今西祐一郎氏・田中登氏・池田和臣氏・別府節子氏
司会:横井孝氏
場所:実践女子大学・本館4階AVホール

●「源氏物語の雅楽」
11月28日(土) 13:30開場 14:00開演 15:30終演
講師:田中英機氏
演奏と舞:芝祐靖氏・怜楽舎
演目:「男踏歌」「源氏物語の女楽」ほか
場所:実践女子大学・香雪記念資料館1階大教室

*聴講無料・当日受付、だそうです。
*実践女子大学はJR中央線日野駅下車。 042-585-8880

■国文学研究資料館で実践女子大所蔵の古筆切の展示をされるそうです。
11月9日(月)~23日(日) 立川からモノレールで高松駅下車。

*写真は、小野の髄心院で撮った胡蝶の舞の屏風です。

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2009.5.12 実践女子大学ホームページの【空蝉】の動画

039 昨年源氏物語千年紀のイベントで行われた十二単衣の着付けが、【空蝉】の演出で動画アップされているのを拝見しました。

 貴重な映像・・・、でもほんとうに十二単衣って独特です。私はこの独特な王朝文化(装束とか料紙など・・・)が好きなので、その色合い・香りの感じられるものが王朝文化なのだと・・・

 出崎監督のアニメ【Genji】についての最終的な感想のまとめを書けないでいるのが気になっているのですが、映像が最後の回になるほど王朝文化から離れていて、観ているときはセリフに引き込まれて感嘆していたのですが、さて振り返って感想をまとめようとすると、なんだか『源氏物語』ではないので困っていますdespair

 実践女子大学ホームページの動画へは、国文学科へいくと見られます。

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2009.5.2 私の論文「『源氏物語』二大写本に秘めた慰藉―『平家物語』との関係をめぐって―」(『駒澤国文』所収)について・・・

087  今年3月刊行の『駒澤国文』に載せていただきました論文、「『源氏物語』二大写本に秘めた慰藉―『平家物語』との関係をめぐって―」について書かせていただきます。

 これは、『源氏物語』の二大写本といわれる『青表紙本源氏物語』の校訂者である藤原定家と、『河内本源氏物語』の校訂者の源光行の二人が、如何にどっぷり平家文化に浸って育ったか・・・、そして、それが如何に深く二人の文学的感性に影響を及ぼしたかを明かし、それが『源氏物語』写本という偉大な業績につながった、ということを論理立てた内容です。

 『源氏物語』は紫式部が書きました。けれど、紫式部が書いた原典は残っていません。現在、私たちが読むことができるのは、昔の人が書き残してくれた写本があるからです。

 室町時代中期まで、写本のなかでも源光行校訂の『河内本源氏物語』が主流でした。藤原定家の歌人としての価値が高まると同時に、定家校訂の『青表紙本源氏物語』が主流になり、『河内本源氏物語』は忘れられていきます。現在、私たちが読んでいる活字化された『源氏物語』はみな『青表紙本源氏物語』です。

 定家と光行は1歳違いの同世代人です。その二人が、後世「二大写本」といわれる写本を成し遂げたわけですから、当然、そこには何らかの関係があったことは誰しも思います。が、そこのあたりはまだ深く研究されてなくて、定家は公卿、光行は下級武士、といった身分も違うことなどから、二人の関係はあまりなかった・・・、あったとしても仲がよかったとは思えない・・・、さらに、ライバル・・・、みたいなぎくしゃくした見方がなされてきました。「光行の『源氏物語』研究の深まりに焦った定家が、歌の家としての権威を保つために焦って『青表紙本源氏物語』をはじめた」というような。

 最初にこの説を拝見したときに、まず私はこれに対して違和感を覚えました。これは、違う・・・と。私は学者ではありませんから、いわゆる国文学世界の常識的見方に染まっていません。代わりに、小説を書いたり、写真を撮ったりと、自由に時空をさまよい歩いてきましたから、どこかに人間関係についての機微を熟知しているようなところがあります。

 最初、定家を知ったのは、小説で新人賞を頂いて、そのときの審査員でいらした福島泰樹先生に短歌結社「月光の会」のお誘いをいただき、入会してから。短歌についての俄か勉強のなかで塚本邦雄氏の新古今美学に目もくらむような衝撃を受け、そこから『新古今和歌集』について、それらの歌人について、網羅して本を読みました。なので、私の定家研究は作品から入っています。そのときの疑問が、「定家はそんなに恋愛に耽溺したわけでもなさそうなのに、どうしてこんなに妖艶な歌が作れるのだろう・・・」ということでした。

 光行に興味をもつことになったのは、新人賞受賞のあと、プレッシャーから第二作が書けなくて文学に挫折し、その苦しみから救われるためにカルチャーの仏教の講座を受講したことに端を発します。それは密教の「空海の哲学」という講座でしたが、その講師でいらした真鍋俊照先生が、金沢文庫の学芸員でいらして(のちに文庫長になられますが)、それで中世史料の宝庫とわれる金沢文庫の展示を度々拝見していました。

 その展示になかに、金沢文庫の創設者北条実時書写の『源氏物語』があって、そのときの疑問が、「実時は鎌倉幕府の重鎮という武人なのに、どうして『源氏物語』のような雅な業績があるのだろう」ということでした。実時書写の『源氏物語』こそ、光行がはじめて子息の親行が完成させた『河内本源氏物語』なのでした。そして、それは現在『尾州家河内本源氏物語』と呼ばれて重要文化財にまでなっています。

 その後、遺跡発掘調査の仕事について歴史に視点がいったりと、いろいろあったあと、真鍋先生がご還暦記念論文集『仏教美術と歴史文化』に書く機会をくださって、そして書いたのが「北条実時と『異本紫明抄』」です。ここで、実時が如何に深く『源氏物語』に造詣を深めていたかを明かしました。『異本紫明抄』というのは『源氏物語』の注釈書で、そんなものを成すほど実時の源氏熱は高かったのです。この研究のなかで、光行にかかわる重大な文言の書かれた『原中最秘抄』と出会いました。

 『原中最秘抄』には、光行が、後徳大寺実定・後京極良経・藤原俊成・源通親息の久我通光の四人から『源氏物語』について協力があったと書かれています。が、ここでも光行は侮られていて、光行のような下っ端役人にこんな凄いブレーンがいるはずがないという、胡散臭い見方までありました。ここでも私は直感で「違う。これは事実だ」と思いました。文献に縛られないで、文学とか写真といった時空のなかで生きていると、おのずと、人の感情の流れが読めているらしいのです。

 でも、それらはあくまでも私の直感にしか過ぎませんでしたし、打ちだされている立派な学者さんの説に反論する力は、もとより私にはありませんでした。それでそういうことを書いて本にして、自費出版で世に訴えよう・・ととりかかったのが、ずっと、これまでこのブログでご紹介させていただいている、『紫文幻想―『源氏物語』写本に生きた人々―』です。そんなことできっと、私の「時空」は飽和状態になっていたのでしょうね。昨年の夏、源氏物語千年紀にかけて、私は写真展を開きました。それが、【写真展「写真でたどる源氏物語の歴史―鎌倉で『河内本源氏物語』ができるまで―」】です。

 この時点での私の視点は、真鍋先生の論文集に載せていただいた「北条実時と『異本紫明抄』」がメインでした。「鎌倉にもれっきとした『源氏物語』文化があった」ということを知っていただこうと・・・

 その目的で、藤原道長の邸宅跡「京都御所の一画」から、平家文化の時代・頼朝の鎌倉から、実時の称名寺・・・と、時代順に、そのときそのときの人の動きに合わせて、40枚の写真を並べていったのです。

 ただたんたんと、時空に合わせて、選んだ写真を時系列に並べただけでした。特別ななんの意図もなく、ただそれまで撮り溜めていた記録としての写真を、京都から鎌倉へと順に並べただけなのです。

 が、並べたとき、圧倒的な迫力で迫ってきたのが「平家文化」でした。それは、定家と光行が生きた20歳までの「時代」でした。「こんなにも二人は平家文化に染まって育ったんだ・・・」という驚きは衝撃でした。なにしろ、定家は「紅旗征戎吾が事にあらず」なんて『明月記』に書き込んだりしたものですから、定家は平家とは無関係・・・みたいな印象が強いのです。

 なにかおかしい、二人が平家文化と無関係なはずはない・・・と、写真展会場で、圧倒的な迫力をもって迫って来る平家文化の写真に押し倒されそうな思いで、これをなんとかして明かしたい思いに駆られました。

 そんなとき、ちょうど写真展が終わった直後でした・・・、三年間大学院ゼミを聴講させていただいていた高橋文二先生から、「今度の『駒澤国文』はぼくの退官記念号なので、何か書いてみませんか」というお電話を頂戴したのです。即座に、「あれを書きたい」と思い、その旨をお伝えさせていただきました。高橋先生には写真展にもいらしていただいてますので、意味はすぐ了解していただけました。

 そして、できたのが「『源氏物語』二大写本に秘めた慰藉―『平家物語』との関係をめぐって―」です。『河内本源氏物語』の光行の叔父季貞が清盛の側近だったことなどから、光行が平家一門内での育ちだったこと、そして、定家はずっと平家歌壇の一員として経盛りや経正・資盛らと親しかったこと、などを羅列して、定家が平家と無関係どころか、それらの人々が壇ノ浦で果てたときに、どんなに悲痛だったかを明かしました。そして、光行と定家が俊成のもとで、兄弟のようにして『源氏物語』を学んだだろうことも。

 そういう二人が成した『源氏物語』写本です。定家の歌の妖艶さの原点は平家文化だったのです。「かきやりしその黒髪の筋毎に打ち伏すほどに面影ぞたつ」と歌ったとき、定家の脳裏には見知った平家の女人の誰彼が面影として浮かんでいたはずです。『源氏物語』の妖艶さは、王朝文化の再来といわれた平家文化に通じます。二人が成した『源氏物語』写本には、親しかった平家の方々への追悼の思いが込められていた・・・というのが私の論旨です。

 思いが溢れて、どう書いても舌足らずな思いしか残らずもどかしいのですが、とにかく私のなかでは、「二大写本を成さなければならなかったほどの悲痛」を抱えた二人(定家・光行)への思いが溢れています。一応、論文にまとめて気持の整理はついていますが、ただそれだけでは目的の半分も達成していません。私の目的は、二人の思いを普遍的に日本国民全体に浸透すること。なのに、一個人の主張なんて、誰もとりあげてくれません。でも、私は、日本文化の基層ともいうべきこれらの事情を、「常識」として、皆様に知って欲しいと心から願っています。(ずっと、一人で戦って書いてきましたので、つい、これについて語ると激してしまうんです。ごめんなさい。)

 読んでみたい、少し知ってみたいと思われる方がいらしたら、抜刷をコピーして送らせていただきます。メールをいただけましたなら、嬉しく存じます。

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2009.3.9 源氏物語千年紀情報・・・横浜そごう美術館【源氏物語千年紀 石山寺の美―観音・紫式部・源氏物語】展がすでにはじまっています!

398  横浜そごう美術館の【源氏物語千年紀 石山寺の美―観音・紫式部・源氏物語】展は、3月7日からすでにはじまっています。3月29日までです。

 7日の初日、午後に横浜市歴史博物館に用があったので、先にこの展示を見てからまわろうと、午前のうちに家を出たのですが、横浜についたら何だか無理な気がして、そのまま市営地下鉄に乗って博物館にまわりました。「石山寺の美」展はゆっくり観たかったので・・・

 でも、あきらめて正解でした。同じ横浜でも、横浜駅からセンター北駅までの区間て、かなりあるんですね。観てからにしていたら間に合わないところでした。「石山寺の美」展を楽しみにしていたのでちょっとがっかりしています。近々、ゆっくり行くことにします。

 石山寺へは一度しか行っていませんが、紫式部が執筆した部屋というのがあって、十二単衣姿の紫式部のお人形が飾ってありますよね。でも、本殿は鬱蒼とした樹木に取り囲まれていて、そこから琵琶湖はたしか見えない・・・

 絵巻などで紫式部が「須磨」巻を思い立ったという石山寺での場面が描かれているのを見ると、すぐ間近に琵琶湖の湖面が迫っています。本殿内部を参観して如意輪観音様に対面するために、とにかく奥に奥に、暗いところへ暗いところへ入って行った感覚と、絵巻の眼前に広々と湖面の広がる空間の明るさとが、わたしのなかではまだ折り合いがついていません。

 石山寺について書かれた本では、思文閣出版の鷲尾遍隆監修・綾村宏編集『石山寺の信仰と歴史』がとてもわかりやすく詳細です。2008年(去年)3月の刊行で、昨年開いた写真展の「石山寺」につけるキャプションのために本を探していたとき、たまたま夏のブックフェアで思文閣出版のブースの前を通ったらこの本が目に入って、狂喜して買い求めてしまいました。鷲尾遍隆様は石山寺第五十二世座主でいられます。由緒正しい石山寺の本・・・ということになりますね。執筆者には観音信仰については頼富本宏氏、伽藍建築を山岸常人氏・・・といった方々がいられます。

横浜そごう美術館のサイトです。
http://www2.sogo-gogo.com/common/museum/archives/09/0307_genji/index.html

写真は世界のラン展にて。

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2009.1.15 源氏物語千年紀情報・・・連続テレビアニメーション、出崎統監督の「Genji」今夜放送開始!!

250d  源氏物語千年紀の記念企画、出崎統監督の「Genji」が今夜放送開始です。「毎週木曜日深夜0:45 フジテレビ」という事だそうですが、地域によって時間が違うのでサイトを参照して下さい。30分毎で全11話。光源氏が明石上と出会うまでが描かれるているそうです。
http://genji-anime.com/

 この企画があるのは知っていて楽しみにしていました。なのに忙しさに埋没していたら、すっかり放映日のチェックを忘れていました。友人から「昨日の夕刊見た?」とメールを頂いて今日とわかりました。危うく見逃すところ・・・、助かりました! 昨日の読売新聞の夕刊に両面見開きで出崎監督とこのアニメが紹介されているんです。綺麗だし、詳しく紹介されているので是非ご覧になってください。

 出崎監督は、改めて私などの説明など必要ないでしょうけれど、「あしたのジョー」「ベルサイユのばら」「エースをねらえ」を手がけられた監督。その方の光源氏って、どうなるのでしょうね。当初は大和和紀さんの「あさきゆめみし」のアニメ化だったのを、途中からオリジナルでやりたいと思うようになられたとか・・・。インタビューで「葵の上がいい」って答えていらして、珍しいなあって思ってしまいました。

 読売新聞によると、出崎監督の手法はアニメとはいいながら実写のような見事さ。「陰影の強調」「入射光・透過光」などが駆使されていてドラマの雰囲気を綺麗に醸しだしています。カメラマン的手法ですね。映像は「創りあげる」と美しいです。もちろんリアリズム写真を否定するものではありませんが、目下のところの正直な気持ちです。

 去年一年、源氏物語千年紀に気持ちが終始したら、現実世界での源氏物語イメージを撮る難しさという壁にもろにぶつかってしまいました。アニメなら大和和紀さんに限らず、いくらでも色の再現、イメージのデフォルメ化が自由です。写真家でスタートした身なので、当初はそれでもなんとか源氏物語風に写真を撮りたいと頑張ったのですが、私自身が思い描くイメージとおりの再現なんて、たぶん、京都に住んでいても無理とあきらめました。

 それで、最近Photoshopによる画像加工に活路を見出して、これで作品ができるかな? ってやっています。冒頭の写真はその一枚。源氏物語ミュージアムで撮らせていただいた一枚をPhotoshopで変形処理したものです。まだどんなことができるか試している段階です。

織田百合子のHP http://www.odayuriko.com/

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2008.12.2 源氏物語千年紀情報・・・学習院大学「源氏物語千年紀 記念シンポジウム」

Gagaku  会期が迫っている12月10日(水)のシンポジウムです。 

◆学習院大学史料館主催「源氏物語千年紀 記念シンポジウム」
日程: 12月10日(水) 16:00~19:45
場所: 学習院創立百周年記念会館1階正堂
詳細: 以下の通り
 第一部 16:00~17:00【雅楽講演】
       いちひめ雅楽会/管弦 「越天楽」・舞楽 「青海波」「陵王」
 第二部 17:30~19:45【シンポジウム】
       三田村雅子氏・佐野みどり氏
入場無料・事前予約不要

 聴講に通っている大学院の廊下に貼ってあったポスターがとても艶やかで、暗い廊下で目を引きました。源氏物語千年紀なのに関東でそれに匹敵するシンポジウムの企画がないと悲しく思ってきましたが、ここにきてようやくみつけました! ポスターの図柄は学習院大学史料館で検索するとご覧になれます。

 写真は京都の小野随身院。小野小町ゆかりの寺院です。中は襖絵や衝立など色彩ゆたかな大和絵で埋め尽くされた感の室礼ですが、写真撮影可なんです。たいていのところが「禁止」の中でこのおおらかさは!と感動。私も主人も撮りまくらせて頂きました。最近思うのですが、日本人はいつからか「絵に描いたよう」がリアリズムの反対語のようになってさも悪い事のように避けていますね。でも、リアリズムなんてたった近代になっての手法。リアリズム重視になってどんなに感覚や感性がちっぽけになったか。前にも書きましたが、朱塗りの寺院を成金趣味の代表のように忌避する風潮と合わせて、「絵に描いたよう」を忌避する習慣は間違っていると思います。

 というのも、源氏物語千年紀にかけてこのブログを編集していて気付いたのですが、王朝文化の雅さは自然の中にはほとんどないんです。雅楽の写真を掲載したくても、雅楽を鑑賞する機会はあっても、たいてい撮影禁止。しかも、現代の舞台とか、宮内庁の講演ならその一室でとか・・・、『源氏物語』「紅葉賀」に描写されるような自然と一体化した「生きた雅楽」など撮れません。撮れるのは桜とか紅葉とか、川の流れとかの自然ばかり。でなければ、行事。でも、それでは生きた王朝文化の再現にはならないのです。ここ一年、源氏物語世界を撮るのは難しいと痛感してきました。

 そこへ行くと創作の世界は自由です。いくらでも「人間も同化している生きたその世界」に遊べます。宇治の源氏物語ミュージアムの第一室も有難いし、襖絵はとても豪華。随身院の絵はたしか衝立か屏風だったと思います。こんなにゴージャスなんです。王朝世界って。それをリアリズムで・・・なんて叶いませんよね。「描いた絵」のどこが悪いんでしょう。明治時代の近代化の所産のようなリアリズム信奉に辟易している今日この頃です。(何だか激してしまいましたが、小説も短歌も、すべてその弊害が大きいと思っていますので・・・)

 話はとんでもない方向に行ってしまいました。学習院のシンポジウムが楽しみなのは、お話が国文学の三田村雅子先生と、美術史家の佐野みどり先生だから。三田村先生の源氏物語千年紀特集の『芸術新潮』は素晴らしかったし、佐野先生の小学館『じっくりみたい≪源氏物語絵巻≫』は、国宝『源氏物語絵巻』が原寸大ですべて載っている素晴らしいご著書です。しかも購入しやすいお値段で奇跡的です。

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2008.11.7 源氏物語千年紀情報・・・『飯島本源氏物語 全10巻』(笠間書院)が刊行されるんですね!!

 笠間書院さんのブログを拝見していたら、『飯島本源氏物語 全10巻』が刊行されるとの案内があってビックリ。凄いなあとPDFをクリックしてしばし堪能させていただきました。「パンフレットが出来ました」とあり、希望すれば送っていただけるそうですが、セット価格180,000円のものを購入するなどできませんから、パンフレットは欲しいけれどあきらめました。たぶん、PDFと同じ内容です。皆様もどうぞご覧になってみてください。
http://kasamashoin.jp/2008/10/10_10.html

 飯島本については以前記したものがありますので再掲させていただくと、「冷泉為和書写といわれ、室町時代の写本です。54帖すべて揃っているので、『青表紙本源氏物語』や『河内本源氏物語』とは違う、紫式部自身の原本に迫る可能性も・・・」と期待されているそうです。8月3日まで六本木の国立新美術館の第60回毎日書道展特別展示「『春敬の眼』珠玉の飯島春敬コレクション」に出展されていました。

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2008.10.30 国文学研究資料館「源氏物語 千年のかがやき」展に行きました!

Cad7soyr Ca69xr50_2 Cavct4p0  立川に今年移転した国文学研究資料館の源氏物語千年紀記念の特別展「源氏物語 千年のかがやき」展に行きました。

 移転前は品川区の戸越というところにあって、そこは私が幼児期を過ごした懐かしい場所でした。戸越公園という細川家の別邸の大名屋敷が公園になっているところです。思えば回遊式庭園が遊び場だったなんて、贅沢な話ですね。そこに孔雀がいた話は以前書きました。

 国文学研究資料館があったのはその公園と道を隔ててあった三井家の旧別邸。私が遊んだころは廃屋で鬱蒼とした池に覆いかぶさっていて、すさまじい光景のお屋敷でした。それがいつのまにか資料館になって、そして、時々図書を閲覧に通うようになって・・・。その度に子供の頃を思い出して懐かしかったのです。なので、立川に移転と聞いてがっかりしました。

 でも、今日は「千年のかがやき」展もありましたが、第一の目的は調べることがあって図書室を利用させていただきたかったんです。そうしたら、廃屋を再利用した狭くて使いにくい感じの図書室から一変して、超近代的に整って、とても利用させていただきやすくなっていました。近くにもなったし、これから時々伺うことになりそうです。

 「源氏物語 千年のかがやき」展は明日で終了ですがいいですよ。まだの方はどうぞ駆け込んでいらしてみてください。源氏絵の展示も充実していますが、私のような写本に興味を持っている者には貴重な展示です。先週一回行ったのですが、また見てきました。それにしても、源氏物語千年紀のおかげであちこちで写本を大分見ることができました。

 帰り道、モノレールの駅へ向かう途中、原っぱが逆光でかがやいていました。

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2008.10.24 源氏物語千年紀情報・・・大和和紀さんの「源氏物語 あさきゆめみし」原画展

008■大和和紀「源氏物語 あさきゆめみし」原画展
開催期間: 11月26日~12月2日
場所: 大丸東京店美術サロン
概要: 「光源氏と姫君たち」をテーマに、「あさきゆめみし」の原画を展示
    あわせてトーク&サイン会、新刊本の販売
定員・事前申込: 一部要・1000名
料金: 無料
主催者: 株式会社グローバルマーケティング
問い合わせ:株式会社グローバルマーケティング 03-5404-8580

 源氏物語千年紀委員会のHP「イベントカレンダー」にあった情報です。TOPページには、「古典の日11月1日まであと9日」とありました。カウントダウンがはじまっているんですね。写真は源氏物語ミュージアムにて撮影しました第一室は撮影が許可されていて嬉しいですね。牛車を自分のカメラでこんなふうに撮らせていただけるなんて・・・!!

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